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春 時 雨
        〜presented by まあさ。



 夕方から降り出した雨は、だんだん強くなっていった。

 ざあざあという雨の当たる音と、ピチャピチャという歩く音が不調和に聞こえた。
 湿気を含んだ空気は重くて、どことなく動きにくくなる。髪もまた同じで、水分を補給して重い。
 アスファルトに、雨が融ける匂い。
「寒いね」
「……ああ」
 少し前、もくもくと歩くナルに声をかけてはみるが、返事はそっけないもので、楽しくない。ただし、いつものことなので慣れてはいるけれど。
 あたしの、傘の柄を持つ手はとうに冷えきっていた。感覚が麻痺してる。……だのに雨がやむ気配はなくて、それどころか強さを増すばかり。恨み言を言いかけて、自然現象に言ってもラチがあかないので、止める。いつもならともかく、この雨の中歩いて行くのに無駄なところで力を使いたくない。
 半歩先にいる人は、この雨にも苛立たず、歩いてる。真っ黒な服で、傘まで大きい黒で、当たり前のように、いつもと変わらないように。
 沈黙が流れる。雨の音がうるさくて、妙にイライラした。この沈黙が、音がイヤで、でも話しかける気力もないくらいに水は自分に注がれる。
 雨って面倒だ。嫌い。
 ここ最近降ってなかったから、そんなことも忘れていた。
 でも、ただ歩くには暇すぎる。
 で、仕方がないのであたしは彼を観察してみたり。
 見つめる、のだ。
 いつもあたしに映る顔も綺麗だけど、こうやって後ろから見た立ち姿も綺麗で、歩き方も綺麗で、全部綺麗過ぎてる。歩く度に撥ねる水さえ麗しいような気がするのは、何故だろう。傘が揺れて零れる水さえ美しいのは、何故だろう。
 ……ここまで綺麗過ぎるとムカつく。むかしから知ってるけど、やっぱ。
 でも、こんな後ろ姿を見るのは嫌いではないので、あたしは黙ってついていく。ピチャピチャ、パチャパチャ、合唱音。バタバタ、傘に落ちる水滴。
 少しだけ揺れながら歩く、黒い人。肩は、大きな傘で見えない。後ろ姿が、見える。雨で少し霞んでるが鮮明にあたしの目に映る、それ。思わず、巧く動かない手が、柄を握り締めた。
 ちょっとだけ、密かに笑んでみる。
 普段、人の後ろ姿をまじまじと見ることなんて少ない。
 目を見て、顔を見て、話しをすることが多いから。
 ……なんとなく得した気分。
 だから、何ってワケでもないけどさ。
 なーんて、思いながら進んでいると、何の前触れもなくその“観察していた人”が止まった。ぶつからないように、あたしも止まる。
 危ないなア、何よ。
 ナルが半分だけ、身体を振り返らせてこちらを見下す。あたしも目を合わせるために、顔を隠す傘を肩に軽く乗せて、向かう。
「何?」
 あたしは頭を傾けて、笑んで聞く。
「……いや、いつもなら鬱陶しいくらいに話すのに、喋らないから」
 静かに、平坦に、返す。それにあたしは口を尖らせる。
「いつもはうるさくて申し訳ありませんっ」
 いつだって、あたしが喋らなきゃ、あんた一言も口きかないでしょーが。
「……疲れた?」
「へ?」
 一瞬逡巡して尋ねられた言葉に、気の抜けた単語。
 っていうか、あたしは皮肉のお返しがもう一発くらいくるかな、とか思ってて応戦モード入ってたんだけど……。
 ──黙ってたことがよっぽど珍しかったのか、奇妙に思ったのか。
 そのへんのことはわかんないけど、あたしは多分気にかけてくれたんじゃないのかなー?と勝手に自惚れておいて、構えることを止めて微笑んで見せる。
 たくさんの水と、アスファルトと混じるその匂いと、うるさいBGMの中で。
「大丈夫だよ。あ、でも寒い。最近暖かかったから、薄着してて……失敗した」
「──そう」
 そっけなく言って、前を向いてしまう。またあの後ろ姿。
「そうそう」
 歩きだしながら、あたしは再度肯定する。
 また黙ってしまうのも、なんなので、喋る。口、動かす。すると白い息が吐き出される。気温の低さを、それが示した。
「もーちょっとで着くし。着いたら、まず、温かい紅茶飲みたいなー」
 少し先、絶対に叶うだろう未来をあたしは希んだ。
「………」
「ねえ、たまにはナルがいれてよ?」
「断る」
「……ケチ。いいもーん、ナルの分いれてあげない」
「どうとでも」
 あたしの態度を鼻で笑うみたいに、ナルは言った。あたしがいれないわけない、ってことを完璧に見抜けいてるな、コイツ。…まあ、いれますとも。
「……寒いな」
 ナルが不意に、思いついただけみたいな風にあたしの言葉を、反芻する。
「うん」
 瞬きをしながら、あたしは冷たくなった自分の手を頬に充てる。やっぱ冷たいし。
 そう思って、身震いしながら、でも、とあたしは付け加える。
「さっきよりマシになったよ」
 今だって、肌寒くて……手がかじかんできて傘を落としそうなのは変わらないけど。

「何故?」
「……恥ずかしくて言えないので、内緒」
「ふうん」
 それ以上問い詰めるでもなく、先へ行く。あたしもそれを追う形で、行く。急ぎ足をしたせいで水が大きく撥ねた。いつもなら鬱陶しいと思うけど、今はあまり気にならない。
( あたしってつくづく単純な奴だなあ )
 ……ナルから話しかけて貰えたくらいで、こんなにも気分が浮上してる。
 単純、単純過ぎるぞ、あたし。
 ざあざあと雨の鳴る音。
 パチャパチャと雨の弾む音。
 アスファルに融ける雨の匂い。
 ちょっと前まで不快だと思っていたのに、ナルの気まぐれとも言える行動で、掬われてしまう。
 今なら、雨の音もそんなに悪くないと思う。




まあさ。さまからのコメントv

朔さんの素敵な文にはとても及ばない駄文で申し訳ありません。
朔さんにはお世話になっていますのでもっとよいものを送るべきですね。
「恋愛モノ」って難しい、と書いた当時は噛み締めていた気がします。
実践(現実)での恋愛については…よく分かりません。
これからよく考察していきます(笑)。

管理人の御礼

ああ、麻衣ちゃんが可愛い‥‥‥‥‥vv
ナルと麻衣の距離感がとても絶妙な感じで素敵です♪
タイトル、付けさせていただきましたが、季節指定がなかったのに
勝手に早春にしてすみません(汗)真冬じゃないように感じて‥‥。
イメージ壊してたらごめんなさい(泣)
ともあれ、本当にありがとうございましたvv

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