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「あれ〜?ナル、本の間から何かメモが落ちたよ?」

8月の風
Moe・Nogami


彼の部屋の本を整理を手伝っていると、ひらりとひらりと、本の間から、メモが舞い落ちた。
拾い上げ見ると、そこには流暢な筆記体が走っていた。
「ナルの字…じゃないよね?」
後ろから覗きこむ彼に、同意を求めるように呟く。
彼が書くより、何と云うか…少し崩れた字だった。
―――It is better to have loved and lost than never to have loved at all.―――
あれ?この字は……確か……
ナルは後ろから覗きこみ、走り書きのメモを彼女の手の中から抜き取る。
そして結論が出る前に思考が霧散する。
「ねーナル?それなぁに?」
「メモ」
もう一度ナルは目を通し、深い溜め息をつき額を抑えると、胸ポケットにしまい込んだ。
「何の?」
「何故?」
珍しくしつこい彼女に心の中で苦笑する。
「だって……」
少し上目遣いで。彼の顔を見上げ……
「だってね?lovedって……意味ありげ過ぎない?」
やはりな。と、心の中だけで苦笑を深くする。
「なんでもない」
嫉妬。
彼女には似合わない気がするが……何故か嬉しく感じる。
「うわぁ。凄く嘘っぽいよ?それ。なんだか余計に怪しいよ。ナル」
小さく溜め息をつき、麻衣の整理していた本棚を見る。
「見して?」
「……あれをまず何とかしろ」
床に積み重ねられた本の小山。
「今見たいの。だめ?何か見せたくない理由あるの?」
小首を傾げて問うてくる彼女から視線を外す。
見せない理由。
彼女の反応が面白いから、純粋に……楽しんでいるだけ。
普段あまり見せない、感情をもう少し味わいたい。
ただそれだけ。
「やる事をまずやれ」
彼女が、英国で生活しだしてもう半年ほど経つ。
だいぶ英語も英語らしくなって、研究室の人間ともたどたどしいながらも、英語で話しているのを、この間聞いた。
そして……
やっと、先ほどの文章の意味がわかったのだろう。
今……理解ったと一瞬表情にでていた。
「ナル……疚しい事でもあるんでしょ?」
彼女も遊んでいる。
「……麻衣」
「結婚前にこういう問題残すの、あたし良くないと思うの。みんなに話す前にすっきりしたいと思わない?ね☆」
満面の笑みで、懐いてくる彼女の頭をぽんぽんと撫でる。
「ん〜。ナルのお嫁さんやめちゃうぞ?いいのぉ?」
「こら」
そんな麻衣の両頬を、うに〜。っと軽くつねる。
「いいもん。いいもん。ルエラに云いつけちゃうもん。ナルが隠し事するって」
くすくす楽しそうに笑いながら、彼の手から逃れ、ぱたぱたと部屋を出ていく麻衣を眺めながら、苦笑する。
そして胸のポケットに手を伸ばし、例のメモにもう一度目を通してみる。
彼女に隠す必要のない内容。
疚しいことなど一つもない。
何故ならそのメモは…………
かちかちと流れない刻などないことを知らせる時計。
時は……流れる。
メモから目を離すと、部屋にある時計が目に入った。
そろそろ、お茶に呼ばれる時間な事を思い出す。
そして、ゆっくり自分のデスクへ近寄り、その上にメモを置く。
いつだっただろうか。このメモを見せられたのは。
ジーンがこのメモを書いた時に、忘れていったボールペンがペン立てに入っているのを見つけた。
それを手に取り、眺めてみる。
あれから何度となく使ったペンは、あの頃に比べ中身がだいぶ減っていた。
そのペンをさっきの上に置き、眺めてみる。
脳裏に蘇る……懐かしい過去。
ふわりふわりと、優しい風がこの部屋を包み……
本を読んでいたナルの傍で……何故かぷりぷり怒りながら書き殴り、目の前に差し出したジーン。
そのメモを見、口を開きかけた。
その時に、風が……少し強めの風が吹き……
開けっぱなしで彼のメモを見ていたナルの本は、ぱらぱらと風によって捲られた。
ジーンに苦情を云おうと再び口を開きかけた所に、今度はお茶に呼ぶルエラの声に遮られた。
ジーンは大笑いしながら、ナルの腕を引っ張っり……そして
「ナル?人はね……」
ふわりとした、いつかに似た風が彼を包み込むように吹く。
我に返ると、珍しく耽っていた自分に苦笑し、開いていた窓を閉めようと窓際による。
そこに、自分の顔がうつった。
閉めた手をそのままに、1秒ほど凝視したところで、窓硝子にうつった自分がにっこりと笑った。
「……ジーン」
『なんだい?ナル?』
どんどん彼の眉間に皺が寄るのに対し、窓硝子の中の彼の笑みが深くなる。
『懐かしいものを見つけたね?ナル』
「・・・あぁ」
苦虫を噛み潰したような顔をした所に、下から麻衣の声が響く。
『ナル?麻衣が呼んでるよ』
行きなよ?と笑い続ける彼に、溜め息をつく。
『結局さ……ナル?人はね……』
カタン……
小さな硝子の音。
ジーンの額辺りを軽く小突く音。
そして……苦笑を漏らし、そのまま背を向けて部屋を出ていく。
彼の笑いは、苦笑に変わり……。
そっと硝子から、姿を消す。
閉めたと思っていた窓硝子に少し隙間があり、
そこから、ふわりと風が中に入りレースのカーテンが翻る。
その風に煽られ、ペンは転がり……紙の横で止まる。
そして、机の上に置いたメモが、一瞬宙に浮き……
また机の上に戻った……
そのメモには
文字が……増えていた。
―――You will be known by the company you keep.
Let me be the first to offer you the warmest Congratulations on your marriage.
May you both enjoy lasting love and happiness
……―――

8月の優しい風に、乗せられて……
賑やかな声が2階に届く。
貴方の大切な貴女の声が。



『ナル?人はね?変わろうと思えば変われるもんだよ。だから勝手に決め付けないで?自分の未来を。ナルにもいるから……ナルだけの……Dearが……』
それは……遠い記憶。
貴方が、貴女に出逢う前のこと……


Fin






野上萌さまからのコメントv

何時も某所では、どうも有難うございます!!
もう…心配かけたりしちゃって ごめんなさいです。
朔お姉ちゃんのような 素敵なナル麻衣を目指してみようと
思ったことが何度も…何度も…何度もありますが…うちのナル。
そんなに素敵になってくれない(涙)
今度。こそっと伝授してください!!
管理人の御礼

8月の風なのに……アップが遅れてごめんなさい(涙)
萌ちゃんの書くお話は穏やかでやわらかいですね、いつも。
そしてナルが優しい……。
うっとりでした、どうもありがとうv
またよろしくお願いしますv(笑)


文中の英文の訳を作ってくださったのでそれを一応掲載しておきます。
(メールから引用)

『It is better to have loved and lost than never to have loved at all.』
は Alfred Tennysonが残した名言で
『恋をした経験が全くないより、恋をして失恋した方がましだよ』
『You will be known by the company you keep.』
これは......諺v
『人は、付き合っている人に影響されて、変わって行くね』
ジーンのからかいですわv
『Let me be the first to offer you the warmest Congratulations on your marriage.』
『あなた達の結婚に対して、誰よりも先に、おめでとうをいわせてね』
まだ ナルも麻衣も誰にも云ってないからね〜v
ジーンが一番乗りですv
で 最後の
『May you both enjoy lasting love and happiness.』
『2人が末永く、愛し合い幸せでありますように』

 
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