はじめてのプレゼント。


「ナル、誕生日。おめでとう」
 にっこり笑顔で差し出された少女の手には、愛想も素っ気もない、ごく普通の白い袋が乗っていた。
 なんとなく手を伸ばして取り上げて、その意外な重さに眉を寄せる。
 無造作に中身を取り出して、秀麗な眉はかなり危険な角度になった。
「……………嫌味か」
 手を翻した形の良い指先には、スタイリッシュな鏡が輝いている。男性でも持てる名刺サイズのものだ。
 もちろん、これは、本来の役割だけを期待されているわけではない。それを、ふたりとも知っている。
「嫌味ね。あたしじゃ嫌味にならないんじゃないかな?」
 麻衣は肩を竦めた。
 鬼籍に入った片割れと唯一直接交信できる麻衣と、鏡という場を介して交信できるナル自身。
 それ以上に、鏡は彼の飛び抜けて美しい容貌も暗喩する。
 ちなみに、麻衣はこの容貌に動じないことについては、ほとんど呆れるくらいに例外的だ。
「綾子あたりだったら嫌味っぽいけど」
「それならどうしてまた?」
「うーん。毎度借りるのも面倒かなと思っただけ。自分じゃ絶対、何があっても買わないでしょ?」
 必要性が出た時に、ナルはまわりの女性に「鏡」を借りる。それは諸刃の剣となるから、お目付役のリンはそのたびに神経を尖らせる。
「いちいち宣伝して回るのも嫌かなとね。リンさんの胃もかわいそうだし」
「危険性は考えないのか?」
「考えたけど、どうせ借りるんだったら場を固定した方が安定するかなと思っただけ」
「安定?あの馬鹿が何か言ったのか?」
「ううん。見てて思ったの。毎回、シンクロするのに少し時間かかってるでしょ。毎回それだったらもしかしたら私の夢みたいに固定するかもって、単なる素人考えだけど」
 麻衣の琥珀色の瞳は、かなり悪戯っぽくきらめいている。
「分かった。………貰っておく」
「ありがと」
 麻衣はにこりと笑い、ちぐはぐな礼を言って、それから少し首を傾げて、それから続けた。
「ひとつ聞いてもいい?」
「何を」
「うん、はじめて貰った贈り物って何だったの?」
「……どうでもいいんじゃないか?」
「うん、どうでもいいんだけど気になるの。文句はその鏡の向こうに言ってね」
 麻衣は、にっこりと、鮮やかに笑ってみせた。
 またもや、あのどうしようもない片割れは、麻衣相手に下らないことを言っているらしい、と思ってナルは溜息をついた。
「あの馬鹿が何か言ったのか」
「別に何も。……ただ、僕らがはじめて貰った贈り物は、僕らにとって一番最初で、唯一同じものだったんだ、って」
「……………どうしてあの馬鹿はお前にそういうことを言うんだ?」
「あたしに聞かないでよ。ちなみにあたしが何って聞いたら、くれたルエラとマーティンと、僕らだけの秘密って言うんだもん。別にね、過去を共有したいとか思うわけじゃないけど、そういうこと言われたら気になるの、当たり前でしょ」
 ナルは、深く、息をついた。
 どうして、あの馬鹿、こと既に死んで何年も経つ兄が、麻衣に対してこういう張り合いかたをするのかさっぱり理解できなかったが、これは今に始まったことではない。
「…………………外出着と、ペンと、ノート、それに辞書」
「え?」
「はじめての贈り物、だろう。多分それのことだ」
「………外出着と筆記用具?」
「そう。ペンとノートはそれまでも使っていたが、その時にふたり同じペンと分厚いノート、それに辞書を貰った。それまでは、分からない言葉はルエラかマーティンに聞いていた。それから、外出着は………文字通りだな。別に、特にこれといって子どもに外出着はないが、汚してもいい遊び着とそうでない服は分かれている。それまで僕たちは基本的に家の外に出たことがなかったから必要なかったが、外出着というよりは教会用にルエラが誂えた」
「…………何歳?」
「十歳。教育も受けていなければ栄養状態も劣悪だったからな、表に出すにはしばらく時間がかかった。………僕のコントロールの問題もあったし、落ちつくまでは新しいことはさせないつもりだったらしい」
「そっか。………じゃあもう、外に出てもいいし好きなことをしていいってことだったのかな?」
「まあ、教区に息子として披露していいレベルに達した、ということだろうな。………ジーンよりも僕の方が、適応に時間がかかったから」
「仕方ないじゃん。ナルの方が神経質になるのは当たり前でしょ?」
「僕の能力は、RSPK以外の能力はまだ分かっていなかったし、それだけでも十分派手だったからな」
「そっか。………でも、もう大丈夫って、プレゼント貰って、どんな気持ちだった?」
 麻衣の問いかけには、言葉通りよりも強いものが含まれているように聞こえた。
 琥珀色の瞳は澄んで、けれど、確かにその奥に、痛みのようなものが見えた気がした。
「確か、安心した、と思う」
「安心?」
 見つめ返す瞳に、笑みの気配はない。
「そう。辞書やノートやペンは、自分で好きなように、マーティンやルエラがそばにいなくてもいい、という意味だったし、外出着は、ふたりの子どもとして、大丈夫なんだと思った」
「………外に出しても恥ずかしくない?」
「そう。………僕は随分慣れなかったが、それでも、ルエラがそう思ってくれるのは嬉しいと思った」
「そっか」
 麻衣は、そういって、ふわりと笑った。
 所長室のブラインド越しに、急に差し込んできた傾いた陽が、広いデスクに光の筋を描いてふたりの間に橋を渡す。
「麻衣。お茶をいれてくれ」
「あ、はい。こっちに?」
「いや、出る」
 ナルはゆっくりと立ち上がり、扉前で追いついた麻衣の後ろから手を伸ばして扉を開ける。
 驚いた麻衣が仰向いて目を瞬くのを見下ろして、ナルはくすりと笑う。
「どうした?」
「何か変なものでも食べたの?」
「食べさせられるとしたらこれからだろう」
 やや不機嫌なトーンになったのも、仕方がない。自分の誕生日だというのに自分の意見を全く無視されるのでは嫌にもなるが、抵抗はするだけ無駄だ。
「あはは。じゃあ、かわいそうなナルのためにとっておきの紅茶ね。じゃあ、ちょっと待ってて」
 きらきらとした笑い声は、夕陽の中で反射するように響いて聞こえる。
 弾むような足取りで給湯室に消えた麻衣を見送ってから、ナルはソファに座った。







 はっぴーばーすでー。
麻衣サイドからの対もあるんですが書いてるココロのよゆうがどこにも。
これだけじゃ意味がよく分からないような気が……(泣)


2009.9.19 HP初掲載