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きらめき。 深い色の瞳。 繰り返して呼ばれた名前。 そして、その声の、響き。 眠る前に抱き寄せられた、けれど、まどろみはじめたころ、そっと離されたことを覚えている。 それは何も今に始まったことではなく、その方がゆっくり眠れるからだ。………もちろん例外はあるが、その場合は意識が飛んでいるので何とも言えない。 けれど、目が覚めて、最初に感じたのは、閉じ込めるようにかかえこむ腕の感触だった。窮屈なほどではないけれど、腰に置かれた腕の重みと、背を抱いた腕から逃れる術はほとんどない。 何でこんな状態に。 と混乱しかかった頭は、気付いたら目の前にあった顔を見た瞬間に真っ白になった。 カーテンの隙間から入ってくる光は、明るいというほどではないけれど、無理なく見える程度になっている。おりた長い睫毛、美しい稜線を描く眉、まっすぐにとおった鼻梁、微妙な陰翳を描く白い膚。 けれど、なによりも美しいのは、わずかにほころんだ唇と、それが作り出す、滅多に見れない淡い微笑みと、緊張が緩んだ一瞬に見せるような、ほっと緩んだ表情だった。 それはまっすぐに自分だけに向けられていて、意識するだけで鼓動が速くなる。 昨夜。 キスや抱擁は多くはなかった、と、思う。 確かめるように肩や髪に触れる手や、顔を見つめる瞳、何度も何度も繰り返して名前を呼んだ、声。 そのほうがずっと記憶に刻み込まれたように残っている。 「麻衣」 と呼ぶ声に滲む、いつもとは違う響きに、ずっと気付いていた。 最初のうちは、感情を極限まで抑制した声で。 そしてゆっくりと解けて、安堵がにじみ、感情が溢れて。 名前を呼ばれただけで、涙が溢れそうなほど、やわらかいその声は麻衣に切なかった。 たとえ何一つ言葉にしなくても。 どれほど強く求めていたか、その声だけで染み込むように伝わるから。 どんな想いで、彼が自分を呼んだのか、わかってしまった。 触れたくて、声を聞きたくて、そのぬくもりが欲しくて。 眠れない夜を重ねたのは自分だけじゃない、と、そう思うだけで涙が滲むほど心が揺れる。 どうしてアンドリューが出てきたかは分からないけれど、あの、カンのいい夫婦は、ナルの内面を透かし見たのだろう。そうして、誰よりも頭がよく優れているのに、誰よりも不器用な彼のために、助けの手を差し出してくれたのだろう。 カーテンの隙間から差し込む光が照らし出す秀麗な顔は、滅多に見れないほどのやすらぎをたたえていて。 麻衣は自分の左手を一瞬陽にかざしてきらめく輝きを確かめて。 そうして、もう一度。 優しいぬくもりの中に戻って、ゆっくりと目を伏せた。 ぎゅっと握りしめたままの手を、陽にかざす。ゆっくりと開くと、可憐な花がきらきら輝く。 ベッドの上に座ったまま、同じ動作を繰り返している麻衣に、ナルが呆れたような視線を向けた。 「いつまでやってる気だ?そろそろ朝食が届くぞ」 セミスイートだから、リビングスペースに入ってきても、見ようと思わなければ奥のベッドまでは見えない。 モーニングコールを兼ねて、朝食の場所を尋ねたフロントに、ナルは部屋へ持ってくるように言ったのだ。指定した時間はもうすぐ、着替えている暇はない。 「だってきれいなんだもん。飽きない」 ふわりと微笑んだ麻衣は、すこし首を傾げた。 「今から着替えてたら間に合わないよね」 「十分で着替えられるなら着替えろ」 「着替えだけならとにかく、顔洗って、髪なんとかしてやってたら十分じゃ絶対に足りないよ。セッティングにちょっと時間かかるでしょ、あたしこっちのシャワールームで顔洗って髪やってくる」 いくら二人きりでも、起き抜けばさばさの頭というのは年頃の女の子として有り得ない。 「わかった」 溜息混じりに言ったナルは、とうに隙なく身支度を整えていて───英国紳士としては、着崩すなどというのは言語道断らしい───ベッドから飛び降りた麻衣を見た。 ひらりと身体を翻しかけた彼女は慌てて戻ってきて、そっと手から指輪を抜き、大切そうに、慎重にベッドサイドにそれをおいて、それからぱたぱたとシャワールームに駆け込んでいった。バスルームは別にあるけれど、簡単なシャワールームが寝室にあったから、洗顔程度ならそれで充分だろう。 大切そうに置いた、指輪。 飽かず眺めていた眼差しを思い出して、漆黒の瞳が和む。 うれしい、という言葉よりもなによりも、彼女の行動が、ひとつひとつの動作が、彼女の心をはっきりと表わしていて、心の底から温かいものに包まれる。彼女の存在だけで、乾ききっていた何かが満たされる。 動けなかった、あのときが、まるで嘘のように。 彼を、潤していく。 朝食を運んできた二人のベルマンは、手際よく、節度の取れた無関心をもって、リビングのテーブルに朝食をセットした。 数種類のパンとバター、三種類のジャム、大きなポットに入れられた紅茶と、つぎ足し用のお湯を入れた銀製のジャグ。たっぷりのミルクと砂糖を入れたポットも銀製だ。ガラスのジャグふたつには、氷の入った水と、オレンジジュースが入っている。 スープとスクランブルドエッグ銀製のフードカバーがかけられ、フルーツと、それにはちみつのボトルがセッティングされ、最後に二組の銀のナイフとフォーク、それに取り皿とガラスのコップ、ティーカップをセットした。 「デイヴィスさま、他にお要り用のものはございませんか」 「充分だ。ありがとう」 「では、失礼いたします。本日のチェックアウトとうかがっておりますが、よろしいでしょうか?」 「かまわない」 「それでは、食器類などはそのままにしてくだされば結構です。それでは、失礼いたします」 会釈したベルマンにそれぞれチップの紙幣を渡し、ナルは溜息をつく。 ルエラが張り切っても確かにこんなところなのだが(本当はこれにベーコンかソーセージ、それにシリアルだのヨーグルトだのが加わる)ソファセットのセンターテーブルが溢れそうになっている。 朝からこれか、とは思ったが、あの、凄絶なまでの焦燥にかられた時のように、食事を見て吐き気を感じたりはしなかった。むしろ、これを見た麻衣の反応が楽しみでさえある。 きっと、驚いて、歓声をあげるだろうから。 ベッドサイドに歩み寄って、麻衣がおいていった花のリングをとりあげる。 麻衣がしていたように陽にかざすと、きらきらときらめいて、生きているように光のかけらが踊る。 「麻衣、お茶とスープが冷めるぞ」 呼ぶには小さい、けれどよく通る声が響いて、奥のドアが慌てて開いた。 「もうちょっと、あとリボン結ぶだけっ」 きらきらした少女の声が、光のかけらと一緒に、一瞬のきらめきになって飛び散った。 |
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突貫書き下ろし。 婚約指輪渡した翌朝っ。………ただし突貫。 ついでに麻衣ちゃんのお誕生日もおめでとうっ!
2007.7.3 HP初掲載
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