宿場町の面影を残す町並み
 

海野宿の歴史
(郷土史)


目 次
 
大正末期の海野宿
 
   

海野宿について

  海野宿のあらまし
  海野宿の成立
  海野宿の規模
  海野宿の街並み
  海野格子と卯建
  海野宿と本陣
  海野宿と御蚕様
  海野宿小唄
   

海野史について

  日本武尊と白鳥神社
  奈良正倉院と海野郷
  大伴氏と中曽根親王塚
  平将門と善淵王
  白鳥河原に挙兵した木曽義仲
  臼田文書と海野庄
  如仲天ァと興善寺
  武田信玄と海野氏
  海野史略年表
   

海野氏について

  海野氏の由来
  海野氏とその子孫
  各地の海野氏
  海野氏と寺院
  海野氏系図
   
   

歴史・郷土史関係のリンク集

   
現在の海野宿
海野宿の東方
海野宿の東方
海野宿の中央
海野宿の中央
海野宿の西方
海野宿の中央
 
 
海野宿の西方
 


 海野宿の地は、遠く1200年前の奈良時代、この付近一帯を海野郷と称し、早くから文化が開け、 この郷土から献上された品が正倉院に残っており、どんな経緯で献上されたか今後の郷土史研究がまたれます。

 この地に居を構えた海野氏を中心に、木曽義仲と白鳥河原で挙兵し、平家討伐の旗印を掲げ京都へ攻め上った。その後鎌倉幕府の御家人として重んじられた。
 戦国末期の天文10年(1541)武田信虎(信玄の父)諏訪頼重・村上義清の連合軍に敗れ滅亡するまで、約600年余りも続いた豪族で、信州と上州にまたがり地域を支配した名族海野氏は、郷土史研究の上で忘れてはならない重要な人物であります。

 江戸時代、この海野宿は佐渡の金運搬や罪人、大名行列の参勤交代や善光寺の参詣客で、大変な賑わいを呈していた。

 海野宿は、養蚕最盛期の明治・大正の時代に建てられた蚕室作りと宿場時代の旅籠屋作りの建物が良く調和して保存状態も良く、「海野宿は宿場町の街並みとして日本一」と折り紙を付けられた。

 海野宿は、昭和61年に「日本の道百選」62年には「重要伝統的建造物群保存地区」の選定を受けるに至り、これまた郷土史上、我々の誇りであります。
 
 

郷土史研究で海野宿に取り組み、海野史研究会で30年間に及ぶ視察・研修をし、その内容を郷土史としてまとめました。
ごゆっくり御覧ください。
 
読みやすい縦書きのPDFタイプ(見本)を 一緒にしたCDROM版を発売しています。ご連絡ください。

 
 

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