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| (4)海野宿の街並み |
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| 宿場の東西端の枡形(ますがた)の石畳は明治初期に撤去されたが、街路の屈曲線は残っている。街道の中央を流れる用水の堰(せぎ)はそのままであり、また宿駅として地割がよく残っている。信越線(現しなの鉄道線)は地割の北側に敷設されたのが幸に、地割の裏側は今も通行できる。用水にかかる60余の石橋も昔のままの位置にあり、用水に沿って柳の並木が趣をそえて、古い宿場の態様が保存されている。 |
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| 街道に沿って95軒の民家が並び、このうち55棟は宿場時代の建物で、そのうち25棟は2階建てで、出桁造りは7棟である。明治以降新築が40棟で、その大部分は明治期のものであって養蚕のために棟に煙抜きの小屋根を設けたものが多いので、宿場の風格を承(う)けついで、江戸期のものとよく調和している。 |
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| 中心地には堂々たる2階建てが多く、出桁造り、隣家との境の防火壁(火まわし叉はうだつと呼ばれている)表構えの上下階の格子張り、また昔は板葺(いたぶ)き石置きであったが瓦葺きに改められている。そしてゆるい傾斜の屋根ほど古く江戸期の旅籠屋(はたごや)風がそのままに残されていて、いずれも家号をもって呼ばれている。本陣は門長屋(もんながや)の一部を残すのみで、脇本陣は一つが改築、一つは撤去されている。 |
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海野宿全景 (東部町誌 自然編 から)
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江戸時代の本うだつを持つ旅籠屋と美しい海野 格子出桁造り
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大正末期頃
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白鳥神社から西方
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松代道辺りから東方
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松代道辺りから西方
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袖卯建と煙抜き小屋根
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海野宿街並み
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