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12月の花・西荻

10年ぶりの寒波 西荻氷点下に

19日朝は前日より厳しい冷え込みで杉並はマイナス2度で、今季初の冬日(今年2月27日以来)を記録したそうです。
12月としては10年ぶり(1995年12月27日にマイナス0.6度)の冷え込みだそうです。

真っ昼間さすがの寒さに人っ子一人いませんでした2005年12月19日、13:34:52
小ガモ?も寒そうでした
幼い頃からのボート場は公園の土地を提供した地主の方々のボランティアでしたが・・・
トトロの樹はも葉が少なくなって寒そうでした
ここだけはいつも温かな日だまりです・・・どこだか分かりますか?
空き地の野原に子供の頃は枯れ草の中に小屋を造って遊んだものです

三井住友銀行裏のハゼの樹

2005年12月1日、12:52:30

祝、新掲示板 - 松庵北町 2005/11/12(Sat) 13:01 西荻の風景の写真、楽しみに拝見させてもらっています。四季の移り変わりの写真もいいけど、ある日の駅のホームの写真とかが妙に印象に残るのは私が地元西荻から離れているからかも知れません。また年末帰省したときには町並みがずいぶん変わっているのでしょうね。これからも応援していきます。

善福寺公園の銀杏 2005年12月6日、13:34:18

本橋邸の屋敷森です
銀杏の落ち葉です
陽を浴びると 目の覚めるような黄色です
針葉樹ですが何でしょう?

12月の西荻の花

松にちなんで二首を選んでみました。
「立ち別れ因幡の山の峰に生うる松とし聞かば今かえりこん」
は在原行平(ありわらのゆきひら、818−893業平の兄)の作ですが雅味溢れる古歌で古今集・百人一首にも採られた名歌です。
大意は「須磨を離れ任地の因幡の国へ行くとしても、その因幡の国の峰に生えている松のように、じっと私を待っていると言われたならばすぐに須磨に帰って来ます。」
この句は、因幡=往なば(行っても)、松=待つの二つの掛詞がで知られていて大学受験に頻出します。更に「とし」は「年」と掛詞になっているとの解釈も成り立ちます。通常「し」は強調です。
38歳で須磨の国(神戸市須磨区)から因幡(鳥取市)の国司に赴任したときの句ですが、観阿弥はこのストーリーを猿楽に取り入れ世阿弥が完成した能が「松風」ですが、「熊野・松風に米の飯」と言い伝えられるほどの名作です。須磨の浦(製塩が盛んでそのために藻に塩水を掛け焼いた)に流罪になり、海女(製塩のための汐汲み女)の松風、村雨という姉妹に馴れ染めた物語です。勿論、世阿弥の多くの作品と同様「夢幻能」で霊界の話。
この「松風」から取材し1811年江戸市村座で3世板東三津五郎により初演されたのが歌舞伎・長唄の舞踊の傑作定番「汐汲み」で、華麗な七変化所作事の人気作ですが、勿論こちらは現世の話。

もう1首は

邑山(むらやま)の松の木(こ)むらに、日はあたり ひそけきかもよ。 旅びとの墓は民俗学者・国文学者折口信夫(1887−1953 歌人としては釈超空)が大正9年の夏に民俗学採集のため信州・遠州・三河の山奥に入って、苦しい旅を続けたときの歌です。「ひそけき」は「かそけさ」とともに折口学独特の精粋・言葉遣いです。 14.1.1西荻南4−12  13.12.30撮影

三色すみれ13.12.30西荻南2−10 三色すみれ13.12.30西荻南2−10 シクラメン13.12.30西荻南2−10
キャベツ13.12.30南荻窪2−15 スイセン13.12.30南荻窪2−21 夏みかん13.12.30西荻南4−12
枯れ野原13.12.30南荻窪2−34 竹13.12.30西荻南4−12

西荻の12月の花

水仙

暖冬ですね。我が家のベランダに咲いた八重の水仙ももう、かなりしぼんでいます。
学名「Narcissus」はギリシャ語「narkissos=水仙」から来たものですが、これはギリシャ語[narke」(英→narcosisi しびれ麻酔 narcotin麻酔薬)が語源で、強い香りが感覚をしびれさせるからという説と、narcissine(ナルシシン)という有毒なアルカロイドが含まれているからという2説があります。ちなみに漢方では吐剤としてつかいます。
有名なギリシャ神話でNarcissusという美少年が水に映る自分の姿に見とれて水仙になった・・・・この神話から1921年にフロイト(S.Freud)が精神分析用語としてNaracissismナルシシズム(自己陶酔)という造語を作ったようです。
牧野富太郎博士の植物辞典には地中海原産とあります。
また、−issos(Narcissus)のを語尾に持つ言語は地中海のクレタ島発生との説もあります。
平凡社の東洋文庫に「酉陽雑俎」(ゆうようざっそ)という唐代の文人、段成式が860年頃に完成した、百科全書的な随筆集が全5巻出ています。南方熊楠や岡本綺堂などが随分、愛読していた古典中の古典のようです。
その書の中では「捺祇・・・払林国に産出する・・・子を結ばない。その花をとって圧搾して油を作る。身に塗って風気を除く。貴族は皆これを使用している」との記述があります。
李時珍(16世紀明末の本草学者)はその書「本草綱目」で、酉陽雑俎に出てくる「捺祇」は水仙であると推測しています。
また、稀代の中国通で博物学者ベルトルト・ラウファーは・・・「捺祇」は中国語音→nai-k'i、唐代漢字音→nai-gi、中世ペルシャ語→nargi、新ペルシャ語→nargis、アラビア語→narjis、アラム語→narkim、アルメニア語→narges「ないぎ・naiji」でありこれらはいずれも水仙(Narcissusu)を意味する。ペルシャでは薬種として利用されている。・・・・として言語学上から「捺祇」をNarcissusuと断定しています。
ベルトルト・ラウファーは酉陽雑俎の植物名から、いわゆる払林国でおこなわれた言語がアラム語(Aramaicとは、紀元前 300 年頃から、紀元 650 年ころまで、シリア、メソポタミア、パレスチナ等の地域で使用されていた言語、キリストやマリアが話していた言語で、現代アラビア語やヘブライ語同様セム語の一種) であったらしいと推定しています。このことからも捺祇がシリアの植物でありnargi等の音訳であったと推定しています。
払林国とはフランク王国(Francs)のことで、5世紀から9世紀の西ヨーロッパを支配した国家で、フランスの名の由来でもありますが、上記のラウファーの研究では酉陽雑俎の記載植物はアラム語であり、シリアなどで使われた言語で、シリアをさすのでしょう。
酉陽雑俎の翻訳者、今村与志雄氏によれば・・・「払林」とはどこをさすか、それは時代によって違う、隋・唐代では東ローマ帝国とそれに所属するアジア諸国のことであり、中心はコンスタンチノープルからシリアであった・・・としています。(以上 平凡社の東洋文庫「酉陽雑俎」巻3による

水仙とは、ここから推測するに地中海クレタ島→フランク王国→東ローマ帝国→シリア→シルクロード→中国.唐→日本.平安と大変な旅をしてきた植物なんでしょうか。
「・・・子を結ばず」というのは、彼岸花科であって9月の花で説明した彼岸花と同様、3倍体で種が出来ないことをいっているのでしょう。
漢名「水仙」の由来は不明です。
2004.12.26  2005.1.12追加

daikon. senryou nanten
大根13.12.3南荻窪2−15 千両13.12.3南荻窪2−33 南天13.12.3西荻南4−12
エニシダ あかまんま
せいたかあわだちそう せいたかあわだちそう 緋色竜胆もどき

散歩をしていたらこんなきれいな花にぶつかりました。
名前がわからないので「エニシダ」としておきますが豆科の黄色がさえています。

ビルの谷間の巨大「赤まんま」の群落。
タデ科なんでしょうがこれも正式名称は調べておりません。
どなたかご教示ください。画像をクリックすると大きな画面でみられるようにしておきました。
西荻に、こんな風景も見られるんですね。さてどこに生えているんでしょう・・・善福寺川に近いのですが、当ててみてください。12.10.19

「背高泡立ち草」という戦後派の有名な外来植物も、戦後55年も経ってしまうと、空き地にピッタリ

「緋色竜胆もどき?」は四季の草花で有名な喫茶店の店先 12.10.28

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