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西荻の8月の花

カラスウリの花 西荻南4−13
ベランダのおしろいばな ベランダのおしろいばな

昼間はしぼんで
しまうことが
多いようですが、
夜になると、
元気になる花です。
瓜科特有の
柔らかい
甘い香りを
漂わせています

よく見ると
絹のレースみたいな
とても繊細な花です。

秋の終わりに
赤い実を付けます。

本物の天花粉は
カラスウリの根
から採った
デンプンだそうです。
オシロイバナも
夕方になると
花を開いて
上品な香りを
夕闇に漂わせます
メンデルの遺伝の実験等で教科書に載る
花だけあって
ベランダで何年も
手をかけず
自生させていると
交配種の斑入りの花が出来てしまいます。
2005.8.28

西荻の8月の花

宇田川邸のサルスベリ 南荻窪2−33

8月の28日の
日曜日は台風
・猛暑一過、
夏の終わりに
相応しい、
涼しい一日でした。
西荻も10−15分
歩くと森閑とした
樹木に覆われた
地主さんの屋敷森
が見かけられます。
南荻窪2丁目
(神明神社裏)
の宇田川邸は
蝉のシャワー、
まさに蝉時雨
(せみしぐれ)。
百日紅と書い

花期は長いのですが
夏の終わりに
目立ってきます




宇田川邸の大ケヤキ 南荻窪2−33 白サルスベリ 南荻窪3−7

宇田川邸は ケヤキの巨木を
中心に屋敷森は
別世界を作っている












西荻駅から
神明神社直前
右手にある
白サルスベリは見事です
目立ちやすい
場所にあるので秋の訪れを
知らせてくれます。2005.8.28

水引草と大犬蓼

水引草13.8.8西荻南2−16
大犬蓼13.8.8西荻南2-6

夢はいつも帰って行った
山のふもとのさびしい村に
水引草に風が立ち
草ひばり歌ひやまない 静まりかえった昼下がりの林道を・・・

(資料が無いのであやふやです・・・誤りがわかり次第訂正します)
24歳で夭逝した詩人「立原道造」の題名は忘れましたが、素晴らしいソネット(14行詩)の出だしの部分です。
道造は夏を信濃追分の油屋旅館で過ごすのがつねで、堀辰雄などとともに、「軽井沢サナトリュウム派」とよばれましたが、この作品は亡くなる1年前、確か23歳くらいの時の作品です。
天賦の才からつむぎ出すその詩は、モーツアルトのように軽やかでした・・・・

季語?の「水引草」も「草ひばり」も秋。「風が立ち」「歌ひやまない」が「静まりかえった」という動と静の中に夢の中でサイレント映画を見るような「澄み渡った永遠性」=「秋のひそやかなおとずれ」を表現しています・・・・・・が、この水引草の写真を写したのは「秋の訪れ」どころか猛暑の真っ只中、場所はマンションの共同ごみ捨て場で、ごみ捨て場が入らないようにトリミングに苦心しました。
ところで「立原道造記念館」というものが東大工学部の裏門の前にあるのをご存知でしょうか(道造が東大工学部の建築学科を卒業しているからなのでしょう)。上野の不忍池や動物園から2-3分です。

大犬蓼(おおいぬたで)水引草も蓼科、大犬蓼も勿論蓼科という共通性で写真を並べました。
小さい頃はこの背の高い草の下に「秘密の隠れ家」と「秘密の抜け道」をつくって遊んだものです。その頃は西荻にも原っぱがいっぱいあって、夏になると、そこには一面この大犬蓼や、タケニグサ、ヤマゴボウ、あかざなどが密生し格好の遊び場でした。

ばら

バラと言っても「夏の名残のバラ」と言った風情です。
    <Last Rose of Summer>
'Tis the last rose of summer,
Left blooming alone;
All her lovely companions
Are faded and gone;
No flow'r of her kindred,
No rose-bud is nigh,
To reflect back her blushes,
Or give sigh forsigh.
(<夏の最後のバラ>夏の一番最後のバラが一つさびしく咲いている 彼女の可愛い友達はみんな消えてしまった 彼女の恥らんだ顔を照り返し、ため息をもらし合うような仲間のバラはもうない、もうバラのつぼみさえない)
・・・と言うことですが、これはアイルランド民謡ですが、日本では明治17年の「庭の千草」です。
バラと言えば正岡子規の代表作
くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の針やはらかに春雨のふる
が有名です。これは春のバラ(明治33年4月)ですが、さすが「写生の極致」といわれるだけあって、精細で洗練された描写です。西荻南2-7 13.8.15撮影

さるすべり

西荻は、ここもかしこも、桜が咲いたような賑わいです。

漢名は百日紅ですから、桜と違って100日は咲くのでしょう。

宇多川邸の巨木は見事です。

13.8.17
13.7.17 西荻南2-10 13.8.15 南荻窪3−7 白花の巨木
13.8.10 西荻南2-29 しだれ?さるすべり 13.8.8 南荻窪2-33 宇田川邸

はぎ

萩といえば秋。小学校唱歌の「故郷の空」はスコットランド民謡、Comin' thro' the Ryeに宇和島藩士 大和田 建樹(鉄道唱歌も作った)が歌詞を付けたものです。
夕空晴れて  秋風吹き
月かげ落ちて  鈴虫鳴く
思へば遠し  故郷の空
ああわが父母  いかにおはす

すみゆく水に  
秋萩たれ
玉なすつゆは  すすきに満つ
思へばにたり  故郷の野辺
ああわが弟妹(はらから)  たれと遊ぶ
 
万葉集で山上憶良が挙げた秋の七草の筆頭は萩で、「萩、ススキ、葛、ナデシコ、おみなえし、フジバカマ、桔梗」の順です。万葉集の中での植物の出場回数も1位.萩(141首) 2位.梅(119首) 3位.松(80首)だそうです。絵巻や襖絵、屏風、着物、蒔絵などあらゆる処に描かれ、特に琳派といわれる、尾形光琳・酒井抱一・乾山などの作品には頻出します。そう言えば花札にも萩は出てきますね。
萩といえば代表的な名句
一つ家に遊女も寝たり萩と月
芭蕉の奥の細道、市振(新潟県と富山県の県境の新潟県寄りで日本海に面している)での作。「萩」を艶やかなるもの=遊女、「月」を超俗=芭蕉と言う解釈が成り立つわけですが、ここはそのことだけの単純な解釈でなく、観阿弥(観世流の創始者、世阿弥の父)原作の優美な能「江口」を下敷きに考えて欲しいところです。
すなはち、大阪の江口(東淀川区にある淀川の河港)で西行法師(「心無き身にも哀れは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮れ」と詠んだ人)が普賢菩薩(ふげんぼさつ、平安時代には女人信仰を集めたという。菩薩とは悟りを得る前の修行者)の仮の姿である遊女妙(たへ、「江口の君」といわれる)と歌を詠み交わし、一夜の宿(一つ家=仮の宿=浮世)を求め、普賢菩薩が諦観を説くという、華麗で格調高い故事が芭蕉の念頭にあるわけです(山本健吉説)。
「仮の宿(=一つ家)である、人生(=旅=奥の細道)で偶々出会った、巡り合いも、こうこうと照らす、超自然的な満月のもとでは,江口の故事を思い出さずにはいられない」といった解釈でしょう。まさにあたり一面月光に照らされたファンタステッィクな世界で、美女が実は菩薩であると言うシュールな設定は、時空を越えた「夢幻能」そのものの展開です。13.8.11撮影 上荻3-26

キバナコスモス

この猛暑の八月に西荻南中央通の空き地に咲いていました。キバナコスモスという名前のようにコスモスの近縁ですが、秋、10月頃に咲くコスモス(別名「秋桜」)に先駆け7月の終わりくらいから咲き出します。名前の由来は古代ギリシャ語のKOSMOS。
KOSMOSは元来「整頓、装飾、秩序」を意味する言葉です。英語のCOSMETICが化粧品の意であることから推測できるように、女性が服飾や、化粧で装いを凝らした状態や、軍隊や社会の規律や秩序が整っている様子を表現するために使われたのが、後に自然界の秩序だった様相を示すのに転用され、ついには「世界の秩序」、あるいは秩序の貫徹した「世界」、すなわち「宇宙」を意味する言葉へと変貌を遂げていったわけです。
「宇宙」という意味での文献上の使用例は紀元前5世紀のヘラクレイトス(「万物は流転する」と言った人)だそうですが、実際に言い出したのはそれより1世代前のピタゴラスによって、CHAOS(KHAOS、カオス、混沌)に対立する概念として提唱されたのが最初だそうです。ピタゴラスの「宇宙」とは天文学的な「大宇宙」的規模の秩序を表現したものですが、実際のコスモスは無数の小花(=コスモス)の集合体です。このような森羅万象・生きとし行けるもの総てが小宇宙であり、その集合体もまた宇宙であるという宇宙観・自然観は元来東洋的・仏教的なもので、宮沢賢治などが素晴らしい表現をしているのはご存知のとおりですが、「大宇宙」的な概念の支配するヨーロッパで命名されたコスモスが東洋的自然観に沿って命名されたのは面白いことです。13.8.4西荻南2-6

カンナ13.8.30南4-30 もみじ葵13.8.10南4-15
ハゼラン13.830南3-2 あさがお13.8.8南荻窪2-21
夜顔13.8.30南荻窪2-38
おしろいばな13.8.30 やぶからし13.8.30南4-15
カンナ13.9.5善福寺2−27

夏の終わりの西荻

白サルスベリ白サルスベリ

二階家より高いサルスベリの大木
 99.8.21 南荻窪3−7


さるすべり

さるすべり

ピンクのさるすべり

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