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相変わらずだ、と思った。 一体何に使うのか見当もつかない薬草や丸薬。薬といった薬が所狭しと並べられた、お世辞にも広いとは言えない店内。専用に設置された止まり木の上では大きな黒い鳥が何とも気持ち良さそうに船を漕いでいる。 そして。 店内に入ってきた自分に背を向けたまま手にした試験管を傾け、怪しげな色をした液体同士を混ぜている最中の柔らかそうな金髪をした男が一人。 背を向けたままだが、自分が訪ねて来た事はまず気がついているだろうから、フェリルは相手が話しかけて来るまで黙っている事にした。フェリルにとって、あまり積極的に話をしたい人物では無い。 イスライアに着いたのは、昨日の夜だった。 宿に落ち着き、夜が明けてすぐにここへとやって来たのだ。この店は、イスライアの街から少々外れた場所にある為、街中からだと少しばかり時間が掛かるのである。 男は試験管の中身を混ぜ終え、光に透かしたり揺らしたりしながらその何とも言えない色合いを確かめたりしていたが、唐突に口を開いた。 「久しぶりですね、フェリル」 何処か緊張感の無い、間延びした声だった。それもまた、相変わらずだ、とフェリルは胸の中で呟き、「まぁな」と素っ気無く返す。 「ああ、お帰りなさいって言うべきでしたか?」 手に持ったままだった試験管を試験管立てに並べ、男はにこにこと微笑みを浮かべながら言う。年の頃は二十代後半から三十の間だろうか。柔らかな金髪に彩られた柔和な笑みが良く似合う。男の言葉に反応したのか、うとうとと船を漕いでいた黒い鳥も「オカエリー」と棒読みな口調で挨拶をした。 「……別に、帰ってきたわけじゃない。聞きたい事があったから、寄っただけだ」 少し、躊躇する。 「そうですか。まぁ、私の頼みごとはちょっとやそっとじゃ見つかるようなものでもありませんし。ここを離れられない私に代わって探してくれているのですから、いつでも歓迎しますよ」 言うと、店の奥へとフェリルを招き入れる。別に内部は案内されるまでもなく分かっているのだが、何となくついていってしまう自分に気がつき、フェリルは少し苦笑した。昔からのクセってやつは治らないモンだな、などと思いながら。 「それで。一体何が聞きたいんです?」 先程までいた店内と変わらないほど沢山の薬類の置かれた部屋に落ち着き、男――バティーラ=ドゥエインは言った。小さな丸眼鏡の奥から、淡い群青色の瞳でフェリルを見ている。その視線に引き摺られるように、フェリルはソファに腰を下ろした。 「……ケイン=フェスウィンターという男を知ってるか?」 ぼそりと言ったフェリルの言葉に。 「ホントにいきなり本題ですかぁ〜。普通、久しぶりに家に帰ってきたら、積もる話なんかあるもんじゃないんですかね?」 等と、あからさまに傷ついた演技をしてみせる。わざとらしく、目頭なんぞ擦ったりもしながら。 「だから。帰ってきたんじゃねぇって最初に言っただろ。聞きたい事があるから寄っただけだ、と。……で? 知ってるのか?」 「知らないって言ったら、すぐに行っちゃいますよねぇ。じゃあ、うん、知ってますよ」 にこにことした笑みを浮かべて、あっさりとそんな事を言う。もしこれを他の人間がやったなら、フェリルは一発ぐらい殴っていたかもしれない。だが、どうにもこの男には、昔から人を煽りたがるクセのようなものがあるのをフェリルは身をもって知っていた。それに、この男のほわっとした笑顔には解毒作用でもあるのか、見ていると妙に毒気を削がれてしまうので「で?」と先を促すだけですんだ。要するに、この男の要点以外の言葉は気にするだけ無駄だ、とフェリルの頭の中には対処マニュアルがインプットされているのだろう。 「イスライア・アカデミーで紋章魔法の研究をしていた人ですよ。紋章にかけては、右に出る人はいなかったんじゃないですかねぇ」 それで、あんなに紋章魔法に詳しかったのだ、と納得しながら、バティの次の台詞を待つ。 が。 「……それだけ、か?」 「銀の十字結社って、知ってますか?」 「……? 何だよ、唐突に」 内心、ぎくりとする。 何故、この男の口から、現在進行形で追いかけている組織の名前が出てきたりするのか。 「その結社のお使いさんとやらがね、この間、私の所へ来たんですよ。私の薬の知識……ああ、調合の、ですが……が、どうしても必要なんだってねぇ。丁重にお断りしたんですけど、どうもあちらさんは納得してくれなかったみたいですねぇ」 言って、窓の外に向かってひらひらと手を振った。つられてそちらに目をやると、茂みの中に誰かが隠れているのがフェリルにも分かった。これぐらいの気配、いつもなら言われなくても気がつく。やはり、家に戻ってきたからだろうか。バティの行動を見るまで全く気付かなかった自分に驚く。 「あの辺りには確か、改良中の毒草が生えていると思いましたが……。ああ、あまり揺らしてはいけませんねぇ。刺激すると葉が裏返るんです。あの草の毒は裏側に溜まるので、攻撃されると起こる一種の防御反応なのでしょうねぇ。あまり触ると危険かもしれませんがまぁ、勝手に人の家に入り込んで来たわけですし、そんな事親切に教えてあげる義理はありませんけどね」 何処までがポーズなのか。説明しながらバティはわざわざ茂みに向かって十字を切って見せたりする。 「そんな物騒なモン、植えとくなよ。仮にも、家の庭だろ?」 「でも、フェリルを守る為ですから仕方が無いでしょう。まぁ、もう少し改良を続けないとあの草は仕事には使えません」 のほほんとそう言うと、そうそう、話の途中でしたね、と話を強引に元に戻した。 「ケイン・フェスウィンターでしたね? 私達の同業者でもあったのですけどねぇ」 そこまでは、フェリルも予想済みだ。 だが。 「……あった?」 過去形の言い方だ。今は違うのだろうか。本人は確かに「人を殺せない」と言ってはいたが。 「もう……七、八年前の事になりますか。彼は、足を洗ったと聞いた覚えがあります。かなり筋が良かったんですけどねぇ。勿体無い」 「……」 人を殺す腕が良い。筋が良いと評価される事は、彼にとって決して嬉しい事では無かっただろう。バティには分からないだろうが、少なくともケインにとってはありがたい才能では無かったに違いない。何故この仕事に手を染めたのかは知らないが、少なくともフェリルには、ケインが楽しんでこの仕事をこなしている想像は出来なかった。自身が一度、そのプレッシャーを感じたのにも関わらず、だ。しかし、だからと言って強制されてやっていたとも思えない。あの男ならどんな事情があろうと強請りや脅しの類には屈しないだろう。それだけの実力もある。 結局。 余計に気になっている自分にふと、気付く。ついでに、面白そうな視線を向けて、自分を眺めているバティにも。 「珍しいですねぇ。あなたが、他人に興味を持つなんて」 そう。 同じ暗殺者だったとしても、今、目の前にいるこの男とはきっと違う。 虫も殺せないような穏やかな笑顔を広げたまま、人を殺す事が出来るこの男とは。 それともこれは、ただの思い込みだろうか。 バティに言われた言葉が、少し経った今になって心に届いたような気がした。 確かに。 ――らしくない。 「私に、初めて会った時のような顔をしています」 柔らかな口調で、バティが言う。 「思い出したのですか?」 「……今更」 ぽつりと言ったフェリルの台詞を皆まで聞かず、バティは別の言葉を被せた。 「折角です。今日は、泊まって行きますよね?」 「……そうだな。もう少し、詳しく聞かせてくれるなら」 「ああ、そう来ましたか〜。いや、来るかな〜とは思っていましたけど、やっぱり少しぐらいはゆっくり家で疲れを癒すとかですね……」 「……癒えるもんも癒えねーよ……」 「あ、それ、地味にショックです」 泣くな、うざい、と吐き捨てると、フェリルはソファに身を預けて目を瞑った。 何だか、外が騒がしい。 夜が明け、出発の準備をしていたリーフは、泊まっている二階の部屋の窓から外を覗いてみる。すると、何やら村人達が慌しく一つの家の中に駈け込んで行くのが見えた。 「……何だろ」 あんなに沢山の人が一つの家に入ったらきっとぎゅうぎゅうだろうな、と少々ズレた事を考える。というか、こんなに沢山人が居たんだ、この村。結構失礼な事を考えながらぼけっとその様子を眺めていた。昨日の事もあるし、案外忙しい村だな、とこれまた少しズレた事を考えながら。 「……あのぅ〜」 「ぅわッ!」 暢気に見物していると唐突に後ろから声が掛かった。窓からかなり身を乗り出していたリーフは、大袈裟に驚き、あろう事か外に落っこちてしまう。声を掛けた宿の主人が、慌てて窓の外へと消えそうになる彼の白衣の裾を掴もうと懸命に手を伸ばすが間に合わない。白衣は眼前から消え失せ、落ちるか、フツー、等と心の中でぼやいてみたりしながら窓の外を確認しようと窓枠に手を乗せた。ここは二階出し、落ちたところで最悪死んだりはしないだろう。 ……余程、打ち所が悪かったりしない限りは。 そもそも落ちたりする辺り、トロそうだよな、あの人。 本気で心配になってきて、大丈夫ですかと窓から声を掛けようとした主人の目に飛び込んできたものは、丁度今、ふわりと地面に着地したリーフの姿だった。近くに居た村人が、目を丸くして白衣の少年を凝視している。 何だ、ありゃあ。 空を飛ぶ魔法なんて、聞いた事が無いぞ? 落っこちた当のリーフも居心地が悪いのだろう。遠巻きに見つめてくる村人達にあはは、と無意味な笑いを振りまくと、自分の落ちた部屋を見上げる。 ばちん、と視線が合った。 すいません、すぐ上がります〜と緊張感の欠片も無い間延びした声で言い、相手の返事を待たずにリーフは宿の中へと戻る。彼が上がってくるのを待ちながら主人は、何で落っことした自分の方が謝られてるんだ、と苦笑した。 ……変な人。 「御免なさい。あ、えと、何か用、ですか?」 恥ずかしいからなのか、照れ隠しのような微苦笑を浮かべて言ったその台詞にまた同じ感想を持ちながら「用って程では……」と、少し言葉を濁した。 「いや、ね。昨日の夜、隣の部屋で何があったのか知らないかと思いまして……」 「隣の部屋? ……ああ」 そういや、血が落ちてたなと思いながら。 「うーん、何か音は聞きましたけど、何があったのかまでは。やっぱり、何かあったんですか? また、蝙蝠ですか?」 「いや、蝙蝠は関係ありませんよ。いえ、知らないなら、良いんです」 すいませんね、驚かせてしまって、と言ってそそくさと退室しようとした時。部屋の扉がノックされた。一瞬顔を見合わせ、「どうぞ」とリーフが言う。 扉が開き、そこに立っている人達を見て、リーフは思わず逃げ出したくなる衝動に駆られた。何だって、部屋がパンクしちゃいそうな程の団体様御一行がここに押しかけて来るんだろう? ついでに言えば、知ってる人なんてもちろん居ないし。 あ。 もしかして、ご主人さんに用なのかな。 部外者の自分なんかより、そっちの方が余程しっくりと来る。 うん。 きっと、そうだ。 勝手に納得していると、こほん、と咳払いが聞こえた。ゆるりと顔を動かすと、皆一様にリーフを見つめている。 ……えーと。 もしかして? 「な、何でしょう?」 あからさまに固い声。端的に言って相手の反応を待った。微妙に腰が引けていたりもする。 「貴方様に、折り入って頼みたい事がありましてな」 そう言いながら部屋に入ってきたのは、小柄な老人だった。隣に立っている宿の主人が「長老」と呟く。 「……お、俺に、ですか?」 もしかしちゃったよ、とびくびくしながらリーフは言った。言葉を発する度に一緒にくっついて来たらしい村人達の視線が集まって来て痛い事痛い事。 「先程拝見致しましたが、貴方様はもしや、超能力者、ではないですかの? カッコ良く言うのなら『さいきっかぁ』というやつですじゃ」 いや、別にカッコ良く言わなくても良いんだけど。 心の中で確りと突っ込みを入れた。だって、このお爺ちゃんに横文字って似合わなさ過ぎるんだもの。 それでもまぁ、指摘された事自体は間違っていないので「まぁ、一応……」ともやっとした答えを返した。 すると長老、がしぃぃぃいいッとリーフの手を熱く握っちゃったりなんかしちゃったりして。 「それならばぢゃ! わしらを助けると思って、どうか協力してくださらんか!」 目をうるうる身体をぶるぶる震わせながら感情たっぷりに言ってくれる。勢いに飲まれて、思わず頷いてしまった。 「あ、でも、協力って、一体、何を……」 「それは話すよりも直接見て頂いた方が早いと思うでな。早速だが、ちょいとわしの家に来て下さらんか」 あっさりと涙を引っ込め、長老は言った。 ……真逆。 嘘泣きだったのかな、このオジイチャン。 勢いに押されて思わず頷いてしまった事を今更ながらに後悔しながら、長老さんは中々の演技派なんだなぁとまたもや少々ピントのズレた事を考えているリーフだった。 |