カーラ村の長老、マレクスの家に案内されて見せられたものは、棺桶だった。
 もちろん、その中身もセットになっているわけだが。
「……あの、それで、この」
 何を伝えたいのかがいまいち分からず、死体から微妙に視線を逸らしつつ、リーフが言う。確かに、あまりまじまじと見つめたいものでは無いだろう。
 すると長老は、死体の首辺りを指差してリーフを手招きする。どうやら、そこを見ろと言いたいようだ。
「これはの、今日の朝に発見されたのじゃよ。貴方様の泊まっていらっしゃる部屋の真下に倒れていたのじゃ」
「あー、なるほど」
 だから宿の主人が聞きに来たというわけだったのか。隣の部屋には血痕も落ちていた事だし。
 一人納得し、リーフは頷く。
「でも、それが何か……? 俺の知ってる人じゃないですよ?」
「うむ。わしらの中にも知っておる人間はいなかった」
「えぇ? じゃあ、誰なんですかこの人」
 全く以ってわけが分からない。自分の知人では無い、村人だって誰も知らない人物の死体をいきなり見せられて一体何をどうしろと言うのだろう。
「それがじゃ。ここからが重要なのじゃが」
 言いながら、リーフの腕を掴んで棺桶の方へと引き寄せる。仕方が無いのでもう一度怖々と棺桶の中を覗き込み、長老が指差している一点を見た。
 死体の首筋に二つ、小さな傷跡が綺麗に並んでついている。
「あのー……もしかして」
 長老が言わんとしている事の予想が何となくつき、ゆっくりと長老の方へ向き直る。長老も棺桶の中を見ているのかと思いきや、横文字の似合わないお爺ちゃんはこれでもかと言うぐらいぎゅうぅッと両目をキツく瞑っていた。
「……」
 じとーっと長老を眺めていると、どうやらその気配を察したらしい。棺桶からふいっと顔を逸らしてから目を開ける。
「そうじゃ。これはきっと、吸血鬼ってやつの仕業じゃ。カッコよく言うなら『ヴぁんぱいあ』ってやつの仕業じゃよ!」
 いや、だから。
 別にカッコ良く言わなくて良いから。
 っていうか。
 思ってたそのものずばりの事を言ってくれちゃったし、この人。
「バケモンが相手となっては、わしら非力な村人ではどうしようも出来んのじゃ! 出来んじゃろ! ……そこでお願いじゃ、どうかわしらの代わりに犯人を捜して退治して下さりませんかのぅ? こう、さいきっかぁの力でちょちょいのちょいと」
 すでに退治、なのねとリーフは胸中でぼやいた。どうやらこのオジイチャンの頭の中では超能力者は神様なんかと同じレベルにまで達しちゃってるんじゃなかろうか。どうにも、何でも出来ちゃう便利屋さんだと思い込まれている節がある。
 確かに。
 便利っちゃあ便利では、あるのだけれど。
「……役に立てるかどうかは分かりませんけど。少し、調べるぐらいなら。でも、その傷跡だけでヴァンパイアの仕業だって決め付けるのは早すぎるような気がすると思います」
 ソフトに自分の意見を言ってみたりする。ついでに言うなら俺、ヴァンパイア退治なんてした事無いし、と付け加えたい気分で一杯のリーフだった。
 大体俺は、ただの学生であって、バケモノ退治屋なんかじゃないわけだし。
 ソフトな意見に長老がソフトに噛み付いてきた。
「それでは、一体何の仕業だとお考えなのじゃ?」
「……それは」
「それは?」
「……調べてみない事には、まだ」
 小さく言ったリーフの言葉に。
「ヴぁんぱいあじゃと、思うんじゃがのぅ〜」
 長老はぽつりと呟いた。


 ヴァンパイアだと言い張る長老を、とにかく調べてみますからと強引に説得し、リーフはマレクスの家を出た。一瞬、思っていたよりも高く上っていた太陽の光が目に入り、思わず目を閉じる。
 でも。
 調べると、言ってもなぁ……。
 そもそも、被害者が誰なのかすら分からない。殺害方法も不明。更に、犯人は人じゃないと言い張られたりして。
 ……これって一体。
 何処から手をつければ良いのやら。
 超能力者だから、頼まれたのだろうけど。
 俺、物を動かしたり見えてる範囲での転移能力なんかはそこそこ扱えるんだけど、その他の能力ってあまり出来ないんだよね、と心の中でこぼしてみたり。こんな時に、ボールドウィンの屋敷で発揮したぐらいの思念解読テレパス能力を自在に扱えたなら、事件解決は簡単かもしれないなー、等と考えてみたりする。
 でもあの時は。
 俺が察知したんじゃなくて多分、相手の思念が強かったからキャッチしただけなんだろうと、何処かで分かっている自分がいる。首から下げたロケットペンダントを眺めながら、たまたま、能力を持つ自分がその場に居たから受信出来ただけであって、それはつまり、自分のような弱いアンテナでも受信出来てしまうほど、相手の思念が強かったという、それだけの事だ。決して、能力を使いこなせたわけではない。
 ロケットの中の少女と、目が合った。
 彼女は相変わらず、強張った笑みを浮かべている。
『……伝えて、あの子に。御免なさいって』
 ――あの言葉が。
 頭の片隅に引っ掛かっていた。
 あれを聞いてしまった手前、何となくペンダントを持ち歩いている。が、だからと言ってこの少女が見つかるという保証は何処にも無い。それどころか、普通に考えたらまず見つからないだろう。何だか自分、両親を追いかけるだけのつもりが妙に色んな事に首を突っ込む羽目になってるなぁ、と苦笑しながら、とりあえずは宿に戻る事に決めた。現場に戻ってからこれからの事を考えるのも悪くない。


「行方不明?」
 イスライアの宿の一室。朝から暇を持て余していたエリザは、早くから何処かへ出かけ、少し前に帰って来たばかりのケインの言葉を反復した。ケインはベッドに腰掛け、咥えていた煙草に火を点けると一度、煙を吐き出してから頷く。
「ああ。五日前にも一人、いなくなったらしい」
 淡々と言うと、煙草を咥える。そんなケインの様子を見、つまらなさそうに口を尖らせるとエリザもケインの横へと腰を下ろした。
「でもねェ……。そんな事がアタシ達に一体何の関係があるってのサ」
「いや……。一寸、気になっただけだ」
「まァ、確かに、一ヶ月に五人もいなくなるってのはおかしいと思うけどサ」
 だけど、そんな事に首を突っ込んでる余裕はアタシ等には無いんだろう? とケインに問い、彼もまたそれを肯定する。そんなケインをたっぷりと見つめて。
「……ケイン。あんた、一体何の為にこの街にきたのサ」
 ため息混じりの質問。
「あんたは、紋章魔法を調べに来たって言ったね? だけどサ、そんな魔法なんてわざわざ調べなくたってあんたが一番良く知ってる事なんじゃないのかイ?」
 詮索するのはアタシの趣味じゃないんだけどねェ、と苦笑し。
「あんた、何か見つけたんじゃないのかい。その行方不明事件と、あんたが追ってる組織との共通点。紋章魔法なんかを調べる為じゃなく、最初からここで何かしら事が起きると確信して、やって来たんだろう?」
 全く。
 いつもと変わった事をすると、嘘だってバレやすいよォ、とエリザは笑った。
「変だと思ってたんだよ、最初っから。あの子を巻き込んだ時から、ネ」
 隣の部屋に続く壁を見つめながら言ったエリザの言葉に、今度からは気をつけよう、と呟いてケインは苦笑した。
「それで。その、フェリルはどうした?」
「アタシが起きた時にはもういなかったわよォ。……話をはぐらかそうたって、そうはいかないよ?」
 ケインの顔を真正面から覗き込んで言った彼女の表情は、思いの他真剣だった。ほんの数秒だけ彼女の視線を受け止めて、ケインは小さくため息をつくとぽつりと一言。
「……分かったよ」
 全く。
 言い出すと聞かないからな、お前は。
「アラまァ。物分りが随分良くなったのねェ」
 エリザがにこりと笑う。
 短くなった煙草を揉み消し、新しい煙草を火を点けずに指でくるくると弄ぶ。
「行方不明になっているのは、皆、イスライア・アカデミーの研究者達ばかりなんだ」
 言っておくがな、そんな事に出くわすと思ってここに来たわけじゃないぞ、と釘を刺す。刺したところで、あまり効果は得られないような気がしたのだが。
「アラアラァ。そりゃア凄い偶然もあったもんねェ」
 これは、一体どちらの言葉に対しての相槌なのか、ケインにも読み切れなかった。彼女の場合、ふざけているのか真面目なのかを判断する事自体が難しいので、どちらとも取れる。
「確かに。俺は紋章魔法を調べにここに来たわけじゃない事は認めよう。ただし、ここで何かが起こると確信を持っていたわけじゃあない。まぁ、言ってみれば、タダの勘、だな」
「……勘、ねェ」
 煙草を弄んでいた指が止まる。そのまま咥えようと口へ運んでいったが、止めた。
「ここは――イスライアは、原点の街だ、という勘だよ」
 自分の原点であり。
 エリザとの原点であり。
 そして――フェリルの原点でもある。
 紋章魔法を追いかけているという事なら、結社にとっても何らかの繋がりがあるに違いない。
 そんな、勘に賭けた。
「アカデミーの古代魔法、紋章魔法に精通した学者ばかりが忽然と姿を消している。荒らされた形跡も無く、ただ本人だけがぽっかりといなくなっているんだ」
「ああ……。そこに紋章魔法が絡んでくるんだね?」
「そういう、事だな」
 今度こそ煙草を咥え、火を点ける。一度大きく煙を吐くと、「ああ」と首を傾げた。
「その他に、もう一人姿を消していたな。学者でもなければそもそも学生ですらない。関係があるのかどうかは分からないが、時期が時期だからな」
 いなくなったのは、五日前。
 丁度同じ日にアカデミーの学者も行方不明になっていたから、あまり大きくは取り上げられていなかったが、と付け加え。
「いなくなったのは、ステファニー・ラルフォンヌ。スラム出身の花屋だそうだ。アカデミーには、知り合いに会いによく出入りしていたらしい」


「……あのぅ……」
「御免なさい、まだ何も分からないです」
「そ、そうですか……」
 宿に戻ってからこんな会話を何度繰り返しただろう。ふと思い立ち、指折り数えてみたら今ので丁度七回目だった。
 それだけ聞かれていれば、皆まで聞かなくても答えられるよね、というもので。
 よくもまぁ飽きもせず、毎度同じ事を聞きにこれるよなぁ、と呆れるを通り越して感心すら感じてきてしまっているリーフだった。
 大体。
 一、二時間で犯人が分かるようだったら自分じゃなくたってとっくに見つけている(と、思う)。
 とっかえひっかえ村人達が訪れる問題の部屋の中で、とりあえずは現場検証のマネゴトをしては、みた。とは言っても、リーフに出来る事などたかが知れているので、検証とは言っても本当に現場をじっくりと見て回った事、ぐらいである。当たり前だが、その程度では昨日落ちていた血痕以外、真新しいものなど見つけられるわけもない。
 あと、見てないところは……。
 ベッドに腰掛け、誰も使っていない殺風景な部屋の中を見回しながら考えてみる。断れなかった手前、仕方が無いからやれる事はやってみようとようやっと腹を括ったのであった。ベッドがぎしりと軋んだ音を立てる。
「……あ」
 ベッドの下、とか。
 ぴょこんとベッドから飛び降りると、扉付近まで離れてからベッドを指差し、無造作にすっと指を横に動かした。たったそれだけの動作で、先程まで彼が腰掛けていた頑丈そうな木製のベッドはふわりと少し浮き上がり、彼の指の動きにシンクロするように同じ距離だけ横に動いて静かに着地する。
 魔法と違い、宝珠もいらなければ力を持った言葉を口にする必要も無い。精神を集中させる、ただそれだけでこの程度の事なら彼には容易く出来てしまう。それが、彼が生まれながらに授かった能力なのだ。本来ならば、動作も別にいらないのだが、自分が今何をしようとしているのか、動作を入れた方が把握しやすいだろうと彼の父が指摘してくれたので、それに従い、力を使う時は簡単な動作を入れるように彼は心掛けている。
 今までベッドが合った場所には、沢山の埃が溜まっていた。そりゃあ、ベッドなんてそうそう動かすものじゃないし、動かさずに綺麗に掃除するのも難しいだろうし、とどうでも良い感想を口に出す。
「……やっぱり。そう簡単に手がかりなんて見つかるわけないよねー」
 微苦笑を浮かべて、自分が動かしたベッドにまた座り込みながらリーフはぼやく。座ったついでに、そのまま横に転がった。
 ばふっと音がして、細かな綿毛が宙に舞い上がる。
 それは、彼がベッドに倒れこんだ事によって、上向きの空気の流れを作ったから。
 跳ね上げられた綿毛はその流れに従って上って行き、やがて流れが消えると静かに下りてくる。重力に従って。
 逆らおうと思った事は、無いのだろうか。
 ふとそんな事を考え、あるわけが無いと少し笑う。
 思うという事は、考えるという事は、意思のある生き物が出来る行為だ。
 ゆっくりと落ちてきた綿毛の下で、くるくると指を回す。新たに出来た空気の流れに巻かれて、綿毛は同じ様にくるくると踊った。
 もちろん、逆らうものなど、いはしない。
 次々に。
 くるくる――と。
 当たり前の、話だ。
 ふぅっと息をつくと、綿毛はまた、高く舞い上がった。
「……あ」
 唐突にがばっと起き上がる。リーフは慌てて部屋を飛び出すと転げ落ちそうな勢いで階段を下り、その様子を何事かと見つめていた宿の主人へと詰め寄った。忘れていた事が、ある。
「あの、一寸聞きたい事があるんですが!」
「は、はい、何でしょう……?」
 いきなり詰め寄られて少々怯えているようにも見えるが、主人のそんな様子にリーフは気がつく余裕は無さそうだ。
「あ、あのっ、この村にイグナーダの人っています? いいえ、この村の人じゃなくても良いんです。今この村に滞在している人でも良いんですけどッ」
「え? ええ」
 勢いに押されてかくかくと壊れた人形のように頷く主人。それを認めて、リーフは更に詰め寄った。
「い、いるんですか!? それで、何処にいるんです? 村人さんですか?」
「い、いいえ〜、そう、昨日お客さんが蝙蝠の話したでしょ? あの後に、一人お客さんが来たんですがね」
「その人が、イグナーダ?」
「ええ、まぁ」
「間違い、無いですよね?」
「耳と尻尾をつけた人間じゃないってんなら」
「その人は、今何処に?」
 主人の精一杯の皮肉も届かなかったらしい。リーフは矢継ぎ早に質問を飛ばす。
「今……ですか? さぁ……。朝、あの騒ぎでバタバタしてた時に、広場の方へ向かったのを見たような気がしますがね」
「広場ですね! 有難う御座います!」
 顔中ハテナマークで一杯にした主人にぴょこんっと頭を下げるとリーフは宿を飛び出した。そう遠くは無い村の広場に向かって、一気に走り抜ける。
 あの時。
 彼が血痕を見つけた時。
 部屋から出て行ったらしい人影を見た事を、リーフはすっかり忘れていた。朝から今までずっと考えっ放しだったし、そもそも関わり合いになるつもりがなかったのだから、無意識のうちに記憶から消去していたのかもしれない。
 階段を下りていった人影は、犬の耳と尻尾を持っていた。それはすなわち、階段を下りていった人物はイグナーダという種族であるという事を如実に示している。
 あの時間にもしかしたら隣の部屋にいたかもしれない人物。
 心当たりがあるのなら、その人物に当たってみるのが手っ取り早い。
 こんな大事な事を今まですっかり忘れていたなんて、と多少自分に怒りすら覚えながら、でもそれが自分らしいっちゃあらしいのかもと考え微苦笑を浮かべた。


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