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その人物は、確かに広場にいた。 茶色い犬の耳と尻尾を持った男。 それは確かに、昨日の夜見かけた男と似ているように見える。が、如何せん一瞬だったし暗がりの中だったので、確実にそうだと言い切る事も出来ない。 男は、丁度帰り支度をしているようだった。目の前に広げていた紙やペン等をトランクに仕舞い、尻尾についた土をほろっている。あれだけふさふさしてるとやっぱり手入れも大変なんだろうなぁ、等と、どうでも良い事を考えてしまうリーフだった。 いや、そんな感想を持ちに来たんじゃなくて。 「……あのぅ……。一寸、お聞きしたい事があるんですけど……」 恐る恐る声を掛けてみる。もしこの人が犯人だったりしちゃったりしたらどうしようかと今更ながらに思ってみたり。 「昨日の、事かな?」 「……え?」 問いかけたかった事を先に相手に言われ、何を話して良いのか一瞬分からなくなる。言葉に詰まったリーフに向かい、男はもう一度同じ言葉を噛み砕いて繰り返した。 「昨日宿屋で起こった事について、聞きにきたんだろう?」 「え? ええ、まぁ……」 曖昧に頷き、やっと固まっていた頭を動かして質問を開始……しようと口を開きかけたのだが、また男の言葉がリーフの言葉を遮った。 「私では、ないよ」 しかも、そんな台詞をあっさりと。 そりゃー、何処の世界に自分が犯人だと聞かれもしないのに答える犯人がいるかと思いながらもリーフは質問しようとした言葉を飲み込んだ。彼が聞こうと思っていたのは正にそのものずばり、今、相手に先に答えてしまった質問そのものだったのだから。 つまり。 『貴方は、犯人ですか?』 と。 何を聞こうか迷った挙句、ここはあえてストレートにぶつけて反応を見ようと思ったのだ。相手の出方を見て判断するのも悪くないと思った矢先、先に男の方が質問をぶつける前に否定してしまったのである。だが、男がこの類の質問が来る事を予想していた事の証明にはなるだろう。 「君は昨日、私が部屋から出るところを目撃したんだろう? だから、私のところへ来た。違うかい?」 おまけにずばりと言い当てられて、余計にリーフは言葉を失った。ただでさえ小さな背中が余計に小さくなっているように見える。 「……で、でも。関係ないならどうしてあの部屋に行ったんですか? それも丁度、銃声の聞こえた時間に」 何とか返した彼の台詞に、男はほぅ、と小さく息をついた。 「あれが銃声だと、分かったのか」 「分かりますよ、それぐらい」 拗ねるように言ったリーフの言葉を聞き、普通はそう言い切れないと思うがな、と男は呟き。 「君の名前をまだ聞いていなかったな。私は、ベオルブ・パッカードと言う。時々子供達に話をしたりする事もある。まぁ……気ままな旅生活さ」 ああ。広場にいた理由はそれだったのか。さっきトランクに仕舞いこんでいた紙の束を思い出す。旅をして回りながら、見てきた事を面白おかしく脚色して子供達に聞かせて回る……子供好きの冒険家、と言ったところか。 勝手に納得する。 相手から名乗られてしまったのでは答えないわけにもいくまい。 「お、俺、リーファ・M・ルフランって言います。リーフ、で良いです。……それで、あのベオルブさん」 「ベオ、で良い」 「ベオ、さんは、どうしてあの部屋に行ったんですか? あの部屋で何があったのか、知ってるんじゃないですか?」 ベオルブ、と名乗った男は「ふむ」と小さく頷いた。 「知っていると言えば知っているし、知らないと言えば知らないな」 「……どういう、意味です」 無意識のうちに、少々険の混じった口調になっている。彼は、あまり負の感情を表に出す事は少ないのだが、ベオの一連の受け答えに疑念を感じているのだろう。ベオにもそれが伝わったのか、彼は少しだけ表情を緩めた。 「犯人らしき人物を見たと言えば見たが、それが犯人と断定出来るかどうかまでは分からない。そういう、意味だよ」 少しだけ詳しく言い直す。小首を傾げたリーフに向かって、彼は言葉を続ける。 「私が物音を聞いてあの部屋に入った時には、確かに来客が一人いた。君が聞いた銃声は、私がそれを追い払う為に撃った時のものだよ。そして、血痕はその来客のものだ」 「え……? それじゃ」 それじゃあ。 それじゃあ、俺の部屋の下に倒れていた死体は、一体? 部屋の中の血痕は、犯人と被害者が争った時に流れたものだと当然のように考えていた。隣の部屋で殺され、それから自分の部屋の窓の下に移動させられたものだと思い込んでいた。何故なら、死体発見現場には血痕がほとんど見当たらず、唯一それなりの量の血痕が見つかったのが隣の部屋だけだったからである、 もちろん、矛盾点も沢山あるから、これは一つの仮説でしかない。例えば、死体を何らかの方法で移動させた時には血痕を残していないのにも関わらず、部屋の中の血痕をそのままにしておいたのは何故なのか。これでは、死体を移動させたとしても現場はここですよ、と如実に訴えかけているようなものだろう。血痕の処理をしようと戻ったらベオがいたから逃げた、という事も考えられるが、その場合は一体何処から逃げたのか、が問題になってしまう。 死体を移動させたという事は、現場を誤魔化す為だろうと彼はずっと考えていた。それが一番、しっくりくる理由だから、という曖昧な理由で。 しかし。 今のベオの話からすると、それでは全く説明がつかなくなってしまう。血痕が被害者以外の第三者のものであるとするなら、被害者は一体いつ何処で殺されたのか。まず、そこからやり直しになってしまう。 そして、ベオの言う来客とは一体誰なのか。 一体何の為に、隣の部屋に侵入していたのか。 もちろん、ベオの言っている事を全面的に信じるのなら、という条件付ではあるが、道筋が大きく違ってしまった。 謎がぐるぐると増えていく。 ああ、もう――! 「……一つ、私的見解を述べても良いかな?」 頭を抱えてぶつぶつ呻いているリーフに、ベオがぽつりと声を掛けた。 「何ですか?」 一呼吸置き、ベオは言った。 「私は、狙われたのは君じゃないかと思っているんだが」 「……え?」 あまりにも思いがけない言葉だった。きょとん、としてベオを見たリーフに向かい、イグナーダの男はぼそぼそと話し出す。 「多分、昨日の奴は部屋を間違えたんじゃないかな。それに気がついて退散しようとしたところを私に見つかり、傷を負った。私という計算外がいた為その場はそのまま戻ったが、何らかのメッセージの意を兼ねて君の部屋の下に適当な被害者を選び、放置した」 「……そんな、間違えるって……!」 「心当たりでも?」 「あ、俺……。最初あの部屋を借りたんです。ただ、蝙蝠が気味悪かったから、今の部屋へ変えてもらって……。か、関係、無い、ですよね?」 「……蝙蝠、か」 「それに俺! 誰かに狙われるような覚えも無いですよ! そんな……ッ」 思わずカッとなる。 「だが、部屋を変更したという事は、間違えたかもしれないという見解もなりたつ、という事になるな」 冷静に言われ、言い返す言葉がみつからない。結局、しょぼんと萎んでしまう。 「だけど……間違えるなんて、そんな簡単に」 「誰だって間違いは起こすさ。例えそれが、人間じゃなくても、な」 「……それは、どういう?」 長老の言葉が、頭を過ぎる。 ――真逆。 本当に――? 「……ヴァンパイアだ、なんて言うんじゃないでしょうね?」 思い切り笑い飛ばしてもらいたかったところだが、残念ながらベオは、真剣な顔をして頷いた。 長老といい、この人といい。 全く。 どうか、してる。 「大体、何で俺が、そんな、ヴァンパイアなんかに狙われなきゃならないんですか! お、おかしいですよ……」 言いながら、分かっていた。 この人は。 長老とは、違う。 何故なら。 ベオは、犯人を見ているのだから。 「お、俺はただの学生だし、今こうしてるのだってただ頼まれたからやってるだけであって……」 次々と浮かぶ、言い訳。 そうだ、自分はただ巻き込まれただけだ。 いつも通り、一寸運が悪かっただけなんだ。 そう、思い込みたいが為の、言い訳。 それも、分かっている。 「今のは、あくまでも私の私見だよ。そういう事の考えられる、というだけの話だ」 リーフの言い訳を遮り、落ち着いた声でベオが言う。 「ただ、もしこの読みが正しければ、犯人はまた、君の元へとやってくるだろう。捜すまでもなく、な」 一呼吸置き、リーフを真っ直ぐに見つめて男は言った。 「犯人を捜すのも良いが、その前にもう一度最初から考え直すべきだよ。色々と、ね」 ティル達がカーラ村に着いたのは、丁度リーフとベオルブが広場で話し込んでいた頃だった。フィリエラが疲れたと駄々をこねたので渋々立ち寄ったのである。ここで休んでしまっては、今日中に他の何処の街や村にも到着する事は距離的に考えて出来ないのでティルやエルゥは通過してしまいたかったのだ。が、これからどうするかなど、まだ何も話し合っていないに等しい状態だったので、丁度良いからここで一息つきながら落ち着いて話し合いましょう、というリリィの提案を受け入れる形になった。 村に一軒しかない宿屋を見つけ、部屋を取る。ティルとエルゥの部屋に押しかけて落ち着きながらフィリエラは辺りをきょろきょろと見回した。 「ほぅ〜。ホンットに何の変哲も無い部屋じゃな」 不機嫌丸分かりの声で言い、退屈じゃ、と呟いてベッドに寝そべった。どう見てもただの駄々っ子である。こんな安宿の一室に一体何を求めていたのかと、思わず突っ込みを入れたくなるエルゥであった。 「……とにかく。ここを出たら港町キールに向かうとするぞ。そこでも何か面白い事が起こりそうじゃからの」 ベッドに寝転がったまま、ぼそりと言う。面白い事、という言葉とは裏腹に、非常に面白く無さそうな口ぶりだった。ただ単に、眠そうな声、とも聞いて取れる。 「面白い事?」 「そうじゃ。この退屈を吹き飛ばしてくれる、おもしろ〜い事じゃ。……なんじゃお主、そんな事も分からんのか?」 やはり、面白く無さそうな不機嫌な声。 言って、やれやれと大袈裟にため息をつくとフィリエラはベッドの上に身体を起こした。そして、ちょいちょいとティルを手招きする。一瞬、どうしようかと躊躇いの視線をエルゥに向けたが、「そういやリリィちゃん、何しとんのやろ〜」とかわざとらしく呟いていたりしたので、小さく息をつきつつフィリエラの近くへ移動する。 「お主。本ッ当に宝珠を持っておるのか? 持っておるのなら、少しは感じると思うのじゃがのぅ、この嫌な風を」 呆れた声で言い、徐にティルの腰に下げているナイフに手を伸ばす。 「わ、あ、危ないよ!」 うっかり子供扱いになってしまっているティルをじろりと睨むと、フィリエラは左手でナイフを持ち、口の中で小さく何かを唱え始めた。聞き覚えの無い言葉のリズムに合わせるように、右手の人差し指でナイフの刃先にすぅっと何か文字を書き込むような動作をしている。その文字を刃先から刃の付け根まで書き終えた時。一瞬、ふわっと文字が刃に浮かび上がった。文字はすぐに刃に吸い込まれるようにして消えてしまう。 ほれ、と無造作に手渡されたナイフをしげしげと見つめ、ティルは首を傾げた。いつの間にやらエルゥも隣にやってきて興味津々とナイフを突いたりしている。 「ふん、お主があまりにも頼りないのでの。いざという時の為の保険を掛けさせてもらったまでじゃ。お主の不甲斐無さに付き合って、こっちの身が持たなかったら困るからの」 そう、トゲのある声で言い捨てると、フィリエラはまたベッドに倒れこんで眠ってしまった。 そして、夜が来て。 最初にそれを発見したのは、エルゥである。夕食後、ぼーっと窓から外を眺めていた彼は、何やら結構な数の松明が移動しているのが気になった。わざわざこんな夜更けにあんな大勢で何処へ行くのだろうとティルに話しかける。 「なぁなぁ。アレ、一体何やろなぁ」 「えー、何? ってゆか、フィリエラ起きないよ。自分の部屋で寝てくれよー」 ティルはティルで眠り込んでしまったままのフィリエラを起こそうと躍起になっていたところだったのだが、あまりにフィリエラが目覚めない為、やっと、エルゥに言われるままに外を見た。 確かに、沢山の松明の灯りが移動している。 松明が移動しているという事は、当然それを持っている人間も移動しているという事だ。それは皆、村外れへと向かって移動しているように見える。 「何だろう?」 「何やろな?」 同時に呟き、顔を見合わせた。 「……行ってみる?」 「お、わいも丁度そう思ってたところや。流石わいら、気ィ合うなぁ」 にまっと笑ってエルゥが言う。その言葉に頷きつつ、ちらりと幸せそうに熟睡中のフィリエラを見やる。 ……ま、いっか。 リリィにでも話しておけば。 そう考え、ティルは大きく伸びをした。 その場所は、集まった人々の持つ松明の灯りでかなりの明るさになっていた。真ん中で、長老と言い争っているのはリーフである。彼にしては珍しく、頑固に抗議しているようだった。 「ダメですよ! ダメったらダメです! そんな、見張りなんかしなくたって大丈夫ですからッ」 「皆で見張った方が安全じゃと思うがのぅ〜」 「ダメですッ!」 いざという時に足手纏いになるから、と言いかけて、流石にそれは飲み込んだ。それは確かに正論ではあるのだけど、長老様だって何かあったら困ると村の事を心配して皆を集めたのだろうし、と、頑固に拒否しつつもそれ以上の行動に移せないリーフだった。 二人が言い争っている場所。そこには丁度二人に挟まれて(というよりはすでに、人に囲まれて、と言った方が正しい)、真新しい十字架が立っていた。つまりは、埋葬されたばかりの墓である。ここは、今朝発見された被害者の墓なのだ。 「もし、もしも本当に犯人がヴァンパイアで、この被害者の人が生き返ってきたりするような事があったらどうするんですか。俺はともかく、皆さんまでいたんじゃあ危なくてしょうがないですよ」 ヴァンパイアに血を吸われた者は、ヴァンパイアとして甦る。それはどうやらどの世界にも共通の伝説のようで、カーラ村の者達も大半はそれを恐れているのだ。だからこそ、長老の「生き返るかどうか見張るのじゃ!」という呼び掛けに、皆おっかなびっくり集まってきてしまった、というわけである。当然のように、リーフも巻き込まれていた。 「大丈夫じゃ、もし生き返ったら貴方様の超能力でこう、ぱぱっと」 「超能力は万能じゃありませんよ〜」 長老にさらりと返され、リーフは半ば諦めの混じった口調でぼやいた。もうどうにでもなれ、と思ってきたのである。これだけ言ったんだし、ホントに生き返ってきても自分に責任は無いだろうし、と考えたのだ。一言で言うなら、疲れたのである。 ため息をつき、一度空を仰ぐとリーフは彼らから少し離れた場所で見物していたベオの近くへと歩いて行った。その顔には、諦めというよりはむしろ呆れたような表情が浮かんでいる。一方のベオはというと、そんな彼を苦笑混じりの顔で眺めていた。 「大変そうだな」 その言葉に頷きながら、彼の隣へ腰を下ろす。そこから先程の墓を眺めると、一体何をわいわいやっているのか滑稽にすら見えてしまう。否、滑稽だ。 生き返ってくる事なんて、無いんだろうけどね、とリーフは思う。ひんやりとした後ろの地面に両手をついて、また空を見上げた。少しくすんだ満月が、冷たい光を放っているのが目に入る。 あまり綺麗な月じゃない、と彼は思う。 「……俺、やっぱり何も心当たりありませんよ」 「……何がだ?」 「え……? いや、狙われるような心当たり、ですよ。昼間、言ってたじゃないですか」 きょとんとした顔で返されて、一寸拍子抜け気分だった。結構緊張して言ったのに、それは無いんじゃないかとぼやく。ベオは、少しだけ考えるような素振りを見せ、ああ、あれか、と淡々と呟いた。 「あれは、ただの可能性の一つとしてそういう事も有りうる、と言っただけだよ。まぁ、ちゃんと考え直してみるのは良い事だな」 「……」 少々むっとした表情で、リーフはその場に寝っ転がると目を閉じる。周りの草の香りがふわっと広がった。その香りに包まれていると、どうにも眠たくなってしまうから困る。 ……リーフ。 「……?」 誰かに呼ばれた気がして、目を開ける。隣に座るベオの顔を見上げたが、彼も彼で目を閉じてうとうととしているようだった。 ……気の、所為か。 納得して、もう一度目を閉じようとした時。 今度は、はっきりと、聞こえた。 ――リーフ? 聞き覚えのあるその声に、彼は跳ね起きた。ベオがびっくりして目を開けると何事かと彼を見つめている。そんなベオと少々目を合わせ、リーフは立ち上がった。 「……どうした?」 「今……声が聞こえませんでした?」 「……声?」 反復するのは、ベオには覚えが無いからなのだろう。不思議そうな顔をして見つめるベオを置いて、リーフは歩き出した。村とは反対の、林の方へと。 すなわち。 声の、聞こえた方へと。 「おい?」 こっちは放っといて良いのか、と背中に追いかけてくる、ベオの言葉が遠くに聞こえる。だがしかし、リーフはそれを聞こえなかった事にした。どうせ何も起こらない、そう、自身に言い聞かせて。 そんな事よりも。 今のは。 今の、声は。 はっきりと聞こえた、聞き覚えのある声。 何で。 何で、こんな場所にいるのだろう? そんな思いが、ぐるぐる回る。 その思いに突き動かされるように、彼はいつの間にか走り出していた。 |