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「よう、兄ちゃん、ちょっと寄ってきなよ!」 「いやいや、こっちの店の方が新鮮だぜぇ?」 両側から声をかけられ、後でまた来ますからと言って、「兄ちゃん」はその場から厄介そうに逃げ出した。 「いや、さすがに港町だ・・・」と呟きながらも、兄ちゃんはしっかりとした足取りで市の間を縫うようにして進んでいる。 ここは、フィルリア大陸にある一国、ピストの首都、港町キール。この大陸以外にも、李球と呼ばれる国からの船もでている、とても大きな港町。 様々なものが売られ、様々な情報が飛び交うためか、この町は活気付き、今では重要な貿易都市に指定されている。 そんな町だから、あちこちで市が開かれ、町自体はとても窮屈な感じがする。 そのため、ここでは売り物の品質より、とにかく目立つことが必要になる。 そんな中で、やはり得なのは、チェックスと言う種族である。 この種族は、まさしく鳥で、チェックス訛りと言われる独特の話し方をするため、こういう混雑するところには向いている。 「へ・・・、へっくし!」 黒い、艶やかな鼻を、人混みで巻き上げられた砂が刺激する。 この兄ちゃんは、イグナーダと言う、人間に犬の鼻と尻尾をつけたような人種である。 イグナーダは、少し背が低く、好戦的と言われているが、いやいや、この人は全然そういう感じはしない。 背が高く、ひょろっとしていて、なによりとても大人しく見える。 やっぱり、埃(ほこり)アレルギーの僕としては、こういうところはだめだ、と呟きながらも、何度もくしゃみをしながら、ある場所を目指していた。 大きな町だからこそ、大きなことをしよう、と言う町長の言葉で、(市にいる人にとっては、店が開けなくなるので、全くもってはた迷惑なのだが)年に一度、南国の風が吹く月の満月の夜に、武具大会なるものが開かれることになった。 ちょうど、20回目のくしゃみをしたときだった、少し目を右にずらしてみると、そこには、今までに見たことがないぐらいの人集りが出来ていた。 何の変哲もない、只の路上販売だったのだが、何分こんなに人が集まっていることはそうないので、兄ちゃんはくしゃみをこらえながらも、好奇心に駆られて向かった。 好奇心とやらも、時には嫌なものと思う。(実際、今はそんな気分だ) 僕はくしゃみを連発しながらも、人混みをかき分けながら、物売りへと向かった。 「へ〜」と言わずにはいられなかった。 売り物は武器。それも、そこらには売っていない、とても珍しいものばかりだった。 それよりも興味を引いたのは、物売りだ。 「どう、そこのお姉さん、こんなのどう!」 「おじさーん。負けることは出来ないな」 ラムリエ。その種族は、イグナーダとはまったく逆で、猫の風貌をしている。 しかも、女の子ときた。 その子は民族衣装の様なものを着ていて、袖をめくっている。 「ねえ、そこの犬のお兄さん」 僕のことだろう、セピア色をした目がそう言っている。 「名前なに?」 「え?」僕は一瞬戸惑ったが、別のにどうでもいいと思い、「レーヴァンス」と答えた。 「お兄さんには、こんなのはどうかな?」 どうやら、人混みの最前列へ来たために、客と間違われたらしい。 「いや、そんなつもりは・・・」で、僕は言葉を切った。 その、華奢で白い腕に、微かに赤みがかった白い刃が乗っていた。 僕は、思わず、その紅色の剣を手に取った。透き通った刃の奥から、まだ暖かい海の光が入ってくる。 「へえ、すごいなあ・・・」そう言わずにはいられない、立派に出来た剣だった。 「どう、買う?」 僕は、すぐにでも欲しかったが、金がなかったので、ごめんと言ってからそれを返し、少女に背を向けた。 「ちょっと、お客さん。まだ売るって言ってないよ!」後ろから、あの少女の、大きくて元気な声が聞こえた。 後ろを振り返ると、僕が持っていたあの紅色の剣が、ハーフエルフの男の手に握られていた。 「何だ、なにか用か?」 男は、レーヴァンスを見下ろすようにして言った。レーヴァンスも背が高かったが、その男は2メートルを越えていた。 「何だじゃない!お客さんには売らないって言ってんの!」ラムリエの少女が割り込んでいった。 「なぜだ?この男には売って、俺には売らないのか?」 男は不満そうに言った。それを逆撫でするように、もちろんと少女も言った。 すると、男は突然剣を構えた。 そして、いきなり少女に向けて、その剣を振った。 「うわ!」と言って後ろに避けたが、急なことだったので、白い右腕から、続々と血が流れてくる。 「・・・!」 突然、レーヴァンスは体に沸き立つものを感じた。それはどんどん大きくなり、そして自分の意識が薄れていくのを感じた。 「・・・分かったよ。で、お兄さん、いくらで買うの?」 少女は、傷口を押さえながらも、平気そうな声で言った。しかし、かすかに震えているのが、レーヴァンスには分かった。 かく言うレーヴァンス自身、意外な結末になったので、理性が復活してきたところだった。 そして、やっと状況が飲み込めるようになって、ことがどう終わったのか分かった。 あの剣は売られた、しかも破格で。 「いいのか?大事なものじゃないのか?」 「いいの。人様の命には代えられないって、よく親が言ったから」 その顔は平気を装っていたが、脂汗がでていた。 「とりあえず、手当はしないと」 そうしないと、君は危険だと、口には出さなかったが、顔が語っていた。 「私の名前は、イーロォウって言うの」と言うと、少女はそそくさと店を畳んだ。 レーヴァンスは店の物を持ってやって、自分の泊まっていた宿に入った。 二人は、その中で一番立派な部屋に入った。(もちろん、レーヴァンスが泊まっている部屋である) そして、二人は向かい合って座った。レーヴァンスはどこからか白い珠を取り出した。 そして、人差し指と中指をあわせて立て、なにやら呪文のようなものを呟く。 イーロォウは不思議に思いつつも、右腕の痛みに負けぬように、気を引き締めていた。 「・・・・・・?」 イーロォウは、はっとして右腕を見た。血は乾いていて、傷口のところの血を剥がした。 「もう、大丈夫になったろう?」 レーヴァンスの言うとおりに、右腕の傷はすっかり消え失せていた。 「どうやったの?」 何、なんてことないさ、と、イグナーダでは決して出ないような微笑みを浮かべた。 「それじゃあ、僕はちょっと出かけてくるよ」 僕は、イーロォウにそう言うと、静かにドアを閉めた。 彼女は、少しばかり貧血になり、医者が言うには、ここ二、三日は安静にしとくようにと言うことだった。 宿の外に出ると、夕日が眩しく照らしてきた。市はおひらきになって、皆自分の家に帰る。 ・・・のだが、今日は年に一度の祭りと言うことにあって、家には帰らず、その足で会場に向かった。 僕は、みんなと同じ方向に流れていった。 「何をしているんだ?いくら人が少なくなったとはいえ、道端でそんなことはするもんじゃない」 「・・・」 「隠れていても分かる。君はまだ若いだろう。殺気が伝わってくる」 僕がそこまで言うと、気配は何処かへ行ってしまった。よっぽど怖かったのか? 僕は微笑しながらも、気配を追った。 まだ、夜までには時間がある。それまでに、あの剣を取り返さないとな・・・ 正直、僕は焦っていた。 「ずいぶんと豪勢なお出向かいだね?」 レーヴァンスは、尻尾をぱたぱた上下させながら言った。 夕日が、眩しく海を反射させる。 波がこないように作ってある堤防に、容赦なく波が押し寄せる。天気は悪い。 レーヴァンスは勘違いしていた。普通は、下っ端が出てきて、それから中ボスっぽいのが出てきて・・・と言うのではなかった。 初めから、トップが出ていた。 レーヴァンスの前にいるのは二人しかいない。すなわち、殺気の気配の主と、ハーフエルフの男だけである。 と思うと、男は自分の耳を掴むと、耳をはずしてしまった。付け耳だった。 「前置きはいいだろう、レーヴァンス」 そう言うと、男は紅色の剣を構えた。 「ケイン、おまえはあてにならんが、俺についてこい」男がそう呟くと、ケインは静かに頷いた。 ケインという暗殺者は、年は若い、しかし、白衣を着て伊達眼鏡をし、煙草を吸っているところを見ると、どうも30過ぎの医者に見える。 「なあ、僕に剣はないのかい?」レーヴァンスが猫撫で声で聞く。 すると、ケインがレーヴァンスに向けて剣を投げた。その剣はどこにでも売っている、いわばロングソードというやつだった。 空中できらりと刃が光る。それが合図だった。 男は密かにレーヴァンスに近づいていた。そして、レーヴァンスが剣をとった瞬間に振り下ろした。 「おおっと」と惚けた声を出しながら、レーヴァンスを間一髪でそれを避け、第二波に備えた。 次に、ケインが頭上から急降下攻撃を仕掛けてきた。 レーヴァンスは軸をずらし、ケインが降り立った瞬間に、剣の柄で頭を殴った。 ケインはそのまま、地面に崩れた。 「戦い方はまだまだだ、それに、自分から逃げ道を塞いじゃいけない。機会があるなら、また戦ってみよう」 レーヴァンスは、あくまでもイグナーダとは思えない言葉遣いで、気絶しているケインに言った。 男は、その隙に、新たな攻撃に出ようとしていた。もちろん、レーヴァンスはそれを知っていた。 いつも通りに、横か後ろに避ければいいものと思っていた。 「受けてみろ、レーヴァンス!」その声とともに、豪快な横降りが繰り出された。 レーヴァンスは確かにそれをかわした、しかし、持っていた剣が真っ二つに割れ、繰り出された刃は右腕に深々と食い込んだ。 動脈が切れたのだろう、おびただしいほどの血が、ほのかに赤い刃を、確かに赤黒く染めていった。 「剣を、飛ばすとはな・・・」男の手から、剣は消えていた。 「そうだ、レーヴァンス。この技は、見切られればお終いだが、初めの一発はまず外れん」 レーヴァンスは、赤い剣を左手に取り、右手から引き抜いた。 「さて、どうする?おまえはもう何も持っていない。おまえの負けじゃないか・・・」レーヴァンスは、どんどん意識が遠のいていくのを感じた。 貧血とは何か違う、そう、まるでさっきのような、沸き立つような感じだ。 でも、さっきみたいに押しとどめることは出来ない。爆発する火山のようだ・・・! 「だ、だめだ・・・。自分が・・・、き、える・・・・・・」 レーヴァンスは汗ばんでいた。男は異変に気づいたが、逆にこれがチャンスと思い、隠し持っていた剣でとどめを刺そうと、心臓を狙った。 (僕が、消える・・・、僕が・・・・・・) 胸が苦しい。体が焼けるように熱い。誰か助けてくれ・・・ 男が、もう目の前に来ている。たとえこの苦しみが消えたとしても、僕はもう助からないだろう。 ただ不思議なのは、何故か傷が塞がっていることと、この剣が、何か凄く懐かしく感じることだった。 動悸が激しくなる。たった一瞬のことなのに、何回も息を繰り返した気がした。 そして、激しくドキッと鳴ったとき、体がすうっと軽くなり、体中の痛みが消えた。 体が激しく曲がり、突いてきた剣を避けた。僕は何もしていない。 (どういうことだ、僕はどうなっているんだ!)しかし、どんなに叫んでも声にはならなかった。 僕の体は、紅色の剣を右手に持ち替え、びっくりしている男に向かって振った。 刃は触れていない。それどころか、男との距離は5メートルを超えている。なのに、それなのに、男の首が宙を舞った。 それも、一瞬の出来事だった。叫んでから2秒と経っていない。 「雑魚だな。おまえは何を手間取っていたんだ?」僕が僕に向かっていった。 (何を言っているんだ。君は何者なんだ!) 「僕」は、セシールだ、と言った。 あれから、あの人は帰ってこなかった。 宿代は払われていたらしく、2日後に部屋を出るときに、お金を払うことはなかった。 あの夜、私は武具大会に向かった。 あの剣、「セシール・レーヴァンス」を出すつもりだったけど、売っちゃって、しかもあの人はいなくなっ て・・・ あの人はどこに行ったのだろう?なんて呟きながら、次々と出品される品物を、審査員のように眺めていた。 「・・・イーロォウさん?」後ろから、不意にそんな声が聞こえる。 振り返ると、身なりのよく、すらっとした顔立ちのエルフが、何か目を輝かせていた。 「どうしました?」私は、不思議がった。全然訳が分からない。相手は必ず何かを期待している。 「おめでとうございます。あなたの出品された剣が、見事優勝されました!」 エルフは、何か詰まったものを吐き出したように言った。 エルフは私の腕を掴むと、強引に会場の真ん中に連れて行った。まだ貧血が治っていなかったので、時々意識が遠くなった。 私は、無理矢理舞台の上に投げ出された。すると、一斉に拍手がわき上がった。 私は何がなんだか分からず、辺りをきょろきょろと見回していた。 「みなさん、この若き商人に、惜しみない拍手を!」観衆は、さらに強く手を叩いた。 舞台の袖の方を見ると、そこには、あの、透き通るような、赤い刀身を持った剣が置かれていた。 「この剣、誰が持ってきたんですか?」私は、舞台から降りて、真っ先に司会に変わったエルフに聞いた。 「さあ、名前は聞きませんでしたが、イグナーダにしては、背が高く、おっとりとしていました」 私は、「レーヴァンス」を手に取り、じっと、水晶な、それでいてほのかに赤い刀身を見つめた。 しかし、いい加減頭がくらくらしてくるので、私はすぐにその場から立ち去り、誰もいない道を通った。 昼はいつもにぎわっている海岸沿いの道は何もなく、代わりにアベックがうろついている。 「そうだ、今日は満月の日だったんだっけ・・・」何気なく月を見上げ、私はそう呟いた。月はまん丸で、雲一つなく、神々しく輝いていた。 「へ・・・、へっくし!」 突然、静寂を破って、何処かで聞いたことのあるような声が聞こえた。 「やっぱり、誰もいなくても埃はあるかあ・・・。へっくし!」 あの声、少し鼻声混じりで、イグナーダとは思えない風貌の、あの人。 「レーヴァンス?」私は声のする方を向いた。そっちは、キールの町の入り口だった。 しかし、そこには何もなく、ただ、私の右手に握られた刃が、ほのかな紅い光を発するだけだった。 あたりは再び静寂に包まれ、私は、レーヴァンスに言われたかのように、宿に戻っていった。 「・・・・・・、さようなら、イーロォウ」真っ黒な鼻に、熱いものが伝った。 |