しらさぎ3号

平成24年01月27日(金)

 公共交通機関というのは腹が立つことが多いですね。

 その日、金沢の講演会場に行くために、しらさぎ3号の出発を待っていた名古屋駅のプラットホームに、男性駅員の大きな声でアナウンスが響き渡りました。

「富山行き特急しらさぎ3号をお待ちのお客様にご案内申し上げます」

 と、アナウンスはそれだけ言ったっきり、続きを全くしゃべりません。

 こういうときってイライラしますね。

 こちらは全身を耳にして聴く体制を整えているのです。何があったんだろう。事故?自殺?まさか雪で不通になったんじゃないだろうな…。いずれにしても一時間も遅れたら絶対に講演開始時間には間に合いません。心の中で緊張の糸がピーンと張りつめました。しかしアナウンスは途切れたままなのです。

 そういえば吉本新喜劇に同じ種類のギャグがありましたね。

「お前たちに聞いてもらいたい大事な話というのはほかでもないんやけどな、ええっと、何やったかいな、ええっと…ええっと…」

 と言う間隔が次第に長くなって、立ったまま眠ってしまう男の後頭部を、

「途中で寝るな、あほんだら!」

 バシッとスリッパで叩くやりとりです。

「途中でやめるな、あほんだら!」

 同じ種類の怒りが喉元まで付きあがったとき、ようやくアナウンスが再会されました。「富山行き特急しらさぎ3号をお待ちのお客様にご案内申し上げます。ただいま東海道線登り列車の到着が遅れております。その関係でしらさぎ3号の発車にも遅れが発生する見込みです。お急ぎのところ列車遅れまして誠にご迷惑をおかけしますが、しばらくそのまま4番線でお待ち下さい」

 こんなアナウンスで納得ができますか?

 なぜ遅れてるんだろう?どれくらい遅れるんだろう?間に合わないようなら、金沢の主催者に連絡を入れなくてはならないぞ…。

 プラットホームを見渡すと、柱の側に黒いコートを着た駅員がマイクを持って立っています。中途半端なアナウンスはあの駅員の仕業なのです。

「済みません、ちょっといいですか?」

「はい?」

「どうして遅れているのですか?」

「岐阜、一宮間の信号の点検のために遅れが発生しています」

「どれくらい遅れますか?」

「そうですね…七、八分ってとこでしょうか」

「そうですか、その程度なら安心しました」

 早速、携帯電話を取り出して主催者にメールを打ち始める私の姿に、駅員は再びマイクのスイッチを入れて、

「しらさぎ3号をお待ちのお客様、ただいま岐阜、一宮間において信号の点検のため、東海道線登り列車の到着が遅れております。その影響でしらさぎ3号の出発にも七、八分の遅れが発生する見込みです。お急ぎのところ誠に恐れ入りますが、そのまましばらくお待ち下さい」

 待たされる側が必要とする情報にようやく気がついたのですね。ところが、待ちに待った列車が到着してほっとしたのもつかの間、再び驚きのアナウンスが流れました。

「列車遅れましてご迷惑をおかけしました。お急ぎのところ申し訳ありませんが、しらさぎ3号はただ今から車内の清掃を致しますので、清掃終了までしばらくホームでお待ち下さい」

 この上、まだ待たせるつもりなのです。

 迷惑をかけただの、申し訳ないだのと言うのであれば、一分、一秒でも早く出発するのが誠意ってものでしょう。乗客にはそれぞれ乗り継ぎや待ち合わせの都合があるのです。清掃会社とどんな契約を交わしているのかは知りませんが、乗るに耐えないほど車内が汚れているとは思えません。臨機応変、ここは優先順位の問題ではありませんか。

(寝坊して大事な約束に遅れたときは、おれは玄関で靴なんか磨かないぞ…)

 苦々しい思いの乗客をしりめに、青い作業衣の清掃員たちが車両に乗り込みました。こういう状況で待たされる数分間はずいぶん長く感じるものですね。やがて清掃員たちが降りて、入れ替わりに乗客たちが乗り込み始めたのですが、今度はその列がなぜか途中で止まったまま一向に進みません。

「おい、何やってるんだ!」

 たまりかねた乗客の一人が私より先に大声を上げました。みんなイライラしているのです。伸び上がって車両の中を見ると、数人の団体が通路をふさいで、網棚に荷物を乗せたりコートを脱いだりしています。それが妨げになって後ろの乗客が進めないのです。

 少しは周囲に気を配れ、バカたれが…と声にならない怒りの視線を向けながら通る通路の両側からは、喧嘩を売っているような勢いの中国語が盛んに飛び交っていました。

 停車駅が近づく度に、必ず列車の遅れを詫びる車内放送を繰り返しながら、しらさぎ3号は北陸特有の垂れ差がる雲の下を北へ北へ進みましたが、

「次の加賀温泉からの○時○分発普通列車金沢行き及び、金沢からの○時○分発普通列車富山行きは、この列車遅れのため連絡を致しません。本日は列車遅れまして誠にご迷惑をおかけしました。」

 と、いうアナウンスを聞いたとき、名古屋のプラットホームで感じた疑問がまたしてもよみがえりました。車内清掃なんかしないでさっさと出発していれは連絡ができたのではないでしょうか。加賀温泉駅で降りた乗客たちの中には、次の普通列車を寒い駅で待つことになった気の毒な乗客もいることでしょう。

 そんなことにはお構いなく、しらさぎ3号はどんよりした北陸の空の下を次の金沢駅に向かったのでした。