ロボフィッシュ

平成28年08月27日(土)

 何年かに一度、無性に生きものが飼いたいという衝動に駆られる時があります。生きものならば妻が居るではないかと言われそうですが、ものを言う生きものではだめなのです。かといって植物ではもの足りません。意思があるけれどものを言わず、犬やネコほどの感情は持ち合わせず、与えられた環境の中で精一杯生きる生きもの…。そして精一杯生きている健気さが常にこちらから確認できる生きもの…。しかもそのいのちは私の手中に委ねられていなければなりません。となると、鳥か、昆虫か、爬虫類か、魚ということになりますが、鳥は本来大空を飛ぶ生きものを小さな籠に幽閉しているという罪悪感が拭えません。昆虫には感情移入ができません。爬虫類には生きものにイメージする敏捷さがありません。こうして衝動は結局魚を飼うという行為に落ち着くのです。


 私は以前、熱帯魚を飼って失敗しています。冬はヒーターで水を適温に保てばよいのですが、夏は家を留守にしている間に水温の上昇に耐えられなくて、魚たちは次々と白い腹を上にして浮くのです。ペットショップで水槽用のクーラーの存在を知りましたが、電気代の節約のために人間がタイマーを二時間にセットして熱帯夜を耐えているというのに、魚ごときにクーラーをつけっ放しにするのは抵抗がありました。朝、餌に群がる元気な魚たちの様子を眺めて仕事に出かけた私は、帰宅すると、浮いた魚を小さな網ですくい取らなくてはなりませんでした。目玉が白く濁り、体も色褪せて、生きもののしなやかさをすっかり失ってしまった小さな死骸をティッシュにくるんでゴミ箱に捨てる時の空しさがやりきれなくて、最後の一匹が浮いたのを機に魚の飼育関連の道具一切を処分しました。あれから二十年あまり…。二度と生きものは飼わないという誓いを守って来た私の決意が久しぶりに揺らぎました。ネットで偶然見つけた動画の中で、ボタン電池で動くロボフィッシュという魚が、本物そっくりの動きで水槽の中を泳ぎ回っていたのです。ロボットの魚なら水温の上昇で死ぬ心配はありません。


 私は早速ネットショップで、クマノミの形をした可愛いロボフィッシュを二匹購入しました。手ごろな大きさの半円柱タイプの水槽も注文しました。水槽には濾過装置が付いて来ましたが、ロボフィッシュに濾過装置は不要でした。水を張った水槽にロボフィッシュを入れると、二匹は勢いよく泳ぎ始めました。尻尾がランダムに動くように設計されているために、泳ぎは不規則で、水槽の中を浮いたり沈んだり、まるで生きているように泳ぎます。ところが問題が二つありました。プラスチック製の魚は水槽にぶつかる度にコツンという硬質な音を立てて、これが生きものらしくないのです。もう一つは、運悪く半円柱の水槽の隅にはまると、身動きが取れなくなってしまうのです。解決策はただ一つです。私はネットで球の形をした水槽を探しました。水槽が球体であれば、ロボフィッシュは、ガラス面をたどって円運動を繰り返し、コツンという音どころか、隅にはまることもないはずです。少し大き目の球体の水槽が見つかりました。ついでに色とりどりのビー玉も大量に取り寄せて、水槽の底に敷きました。予想通り二匹のロボフィッシュは、なみなみと水を張った水槽のガラス面に沿って、なめらかに泳ぎ続けました。球体の水はレンズの機能を果たし、反対側を泳ぐロボフィッシュを巨大に見せるという思いがけない効果もありました。二時間の連続使用で電池が消耗する点は商品としては致命的ですが、そもそも長時間眺めるというよりは、食事の時に傍で泳いでいてくれればいいという程度の使用目的でしたから、生きものを飼いたいという私の衝動は、ロボフィッシュという代替物でそれなりに満足をしたのでした。