二〇五〇年の恋

「お客さま、また前回と同じデータを入力されましたね?」

 ミス・ジュンコというネームプレートをつけた総合結婚コンサルタントの美人カウンセラーは、眉をひそめて善之を見た。善之はボサボサの髪をかき上げながら、照れくさそうに答えた。

「これで六回目ですからね。やはり無理なのでしょうか…」

「ですから、初めから無理だと申し上げているでしょう?だいたいあなたの結婚観は、二十世紀の遺物のように、古くてカビが生えていますわ」

「しかし、妻には家にいて子育てをしてもらいたいというささやかな願いは、そんなに突飛なこととも思えないのですが…」

「何をおっしゃってるんですか、お客さま。そうでなくても二十一世紀に入って結婚を希望する男女の人口バランスが崩れ、日本中で何万人という男性が余っているのです。その上、女性の意識も変化して、結婚という契約関係に束縛されて生きるより、仕事を持ち、生涯を独身で過ごす女性が増えて、結婚相手を探す男性の門は益々狭くなっています。因みにこれをご覧下さい」

 ミス・ジュンコが慣れた手付きでボタンを操作すると、目の前の大きなコンピューターの画面に、二〇五〇年現在の適齢期の男女の数や、結婚を望まない女性の数や、未婚の母の人数などが図解入りで映し出された。

「いいですか、この未婚の母の大半は、妻になることを拒否し、母になることを望んだ働く女性たちです。そして、子どもたちを乳児のうちから世話をするベビーケアホテルも年々増え続け、そこでもまた、たくさんの結婚しない女性たちが働いています。つまりですね、お客さま、世の中の結婚に関する考え方は女性を中心にしてすっかり変わってしまったのですよ」

「し、しかし、何度も言うようですが、男と女が愛し合えば、お互いを大切にしながら一緒に暮らしたいと考えるのが自然なことじゃありませんか?そうでなきゃ家族そのものが成り立たない」

「一緒に暮らすことがお互いを大切にすることにつながればいいのですが、たいていは束縛し合う結果に終わることは、これまでのたくさんの夫婦が証明しています。悪いことは言いません。次回の契約からは、家事は半々、共働きで、両親とはもちろん別居、育児はベビーケアホテル…と入力を変更すべきです。要するに、あなたと一緒になる女性は、最大の自由が保障されるということさえアピールすればいいのです」

「いや、せっかくですが…」

 善之は首を横に振った。

「私が望んでいるのは、やはりそういう結婚ではありません。古いと言われようと、カビが生えていると言われようと、私は喜んでお互いを束縛し合うような、そんな女性と巡り会って恋をしたいのです。それに…これは、あなた自身の考えを伺いたいのですが、自由ってそんなに素晴らしいものなのでしょうか?自由ということは孤独で淋しいことのように私には思えるのですが…」

 善之はミス・ジュンコの瞳を真っすぐに見た。

 ミス・ジュンコは驚いたように善之の瞳を見つめ返していたが、やがてうろたえたように目を伏せた。


 善之は条件を変えないまま、さらに三回契約を更新したが、ミス・ジュンコの言うとおり、善之との結婚を希望する女性はついに現れなかった。さすがに十回目の契約はしなかった。結婚をあきらめたわけではなかったが、人間同士の出会いの可能性をお互いの条件で制限してしまう結婚コンサルトのシステムそのものに失望していた。

 半年が過ぎた。

 善之は仕事に没頭することで結婚を忘れた…が、忘れた頃にダイレクトメールが届いた。

『アナタノ ジョウケンニアウ ジョセイガ ミツカリマシタ。12ガツ24ニチ ゴゴ6ジ コンサルトビル8カイ802メンセツシツニ オコシクダサイ ソウゴウケッコンコンサルト』

 何故だろう?善之は首をひねった。

 契約は切れている。何かの間違いなのか、それともコンピューターにデータが残っていたのか…。

 善之は半信半疑で出かけて行った。

 802面接室は懐かしい部屋だった…が、しばらくして現れたミス・ジュンコはもっと懐かしかった。

「やあ、久しぶりですね」

 と挨拶した後で、

「でも、どうしたんですか、その格好は?」

 義之は、ミス・ジュンコがいつもの紺の制服ではなく、明るいピンクのワンピースを着ていることに驚いた。

「私、きょうは仕事ではありません。一人の会員として男性に会いに来たのです」

 ミス・ジュンコはいたずらっぽく笑いながら一枚の紙切れを差し出した。

『アナタノ ジョウケンニアウ ジョセイガ ミツカリマシタ。12ガツ24ニチ ゴゴ6ジ コンサルトビル8カイ802メンセツシツニ オコシクダサイ』

「そ、それじゃ、あなたは…」

 善之はようやく事情が飲み込めた。

 飲み込めたとたん、不覚にも首の辺りまで赤くなった。

「あ、あの…ここではあれですから、とにかくどこかで食事でも…」

 しどろもどろの善之の腕を取り、ミス・ジュンコは、にっこりと微笑んでこう言った。

「自由は孤独、結婚は束縛、乗り越えるのは愛よね」