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ナマズ先生6(老いの風景シリーズ)
ナマズ先生こと浜津先生はアルコールなら何でも飲むと聞いて、正樹と達也は、今度はワインを提げて出かけて行った。
チャイムを鳴らしても返事がなかった。
玄関の引き戸に手をかけると、ガラガラッと音を立てて開いた。足元に新聞を手にしたナマズ先生が倒れていた。
「先生!」
ワインが割れて赤い液体が飛び散った。
正樹があたふたと救急車を呼んだ。
達也が先生の衣服をくつろげると、
「く・ろ・い、て・ちょ・う」
ナマズ先生の右手が机の方向を指した。
「脳梗塞です。お身内は?」
「い、今、連絡を取っています」
よほど慌てたのだろう。黒い手帳の住所録の最初に記載してある名前の主は、翌朝のほとんど明け方にパジャマ姿で病室に到着し、
「一人息子の和彦です。この度は父が大変お世話になりまして」
ベッドサイドで先生を見守る二人に深々と頭を下げた。点滴に繋がれたナマズ先生は高々といびきをかいている。
「あの、これ…」
達也が手渡した黒い手帳の表紙を開いた和彦の目に、見る見る涙が溢れ出た。
『事実には何の意味もない。人間が意味を与えて生きてゆく。そして、どんな意味を与えるかはそれぞれに任されているのだ』
「父の持論です。小さい頃からこの人の容赦のない厳しさが嫌で、結婚を機に別居をしていましたが、夢中で運転しながら、厳しさの一つ一つが私を育ててくれていたことが解りました。私はこの年になってようやく父の厳しさに肯定的な意味が与えられたのです」
その時、ナマズ先生がうっすらと目を開けて、小さな声で
「カズヒコ…」
と言った。