くずかご(老いの風景シリーズ)

 小豆相場でできた穴を消費者金融で安易に埋めたのが間違いだった。損を取り返そうとして借金がかさみ、

「なにが待ってくれや、借りたカネ帰すんは当たり前やろう!近いうち職場へ乗り込んで、きっちり話しつけたるさかい覚悟しとけや」

 債権を買い取ったといういかがわしい業者から脅迫まがいの電話を受けた久行は、やりきれない気分で勤務先の清掃会社に向かった。

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 いつものように福祉現場の担当者による退屈な研修会を終えた秀明は、

「事例検討もいいけど、仲間内の検討会ではどうしても遠慮があって、みんな辛らつな意見は差し控える。おれが発表しているあいだ、会場の後ろで寝てるやつがいたぞ。そろそろ研修方法を変えて、きちんとした講師を招いた講習会を開催した方がいいんじゃないのか?」

 勢いよく研修資料を事務所のくずかごに投げ込みながらつぶやいた。

「と言っても講師を招く予算がない・・・か」

 どこの現場も、サービスの質を高めよ、職場研修を実施せよとやかましいくせに、予算も時間も与えられない実状は変わらない。

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 いつもは機械的に収拾するゴミ袋なのに、その日に限って袋の中身に目が止まった。ビニール袋にはりつくように一枚の紙片が見える。紙片には、ある世帯の住所や家族構成だけでなく、構成員の学歴や性格やお互いの感情的な確執までが、電話番号と共に記載してあった。右上の担当者という欄に「木村秀明」と書いてある。

「おい久行、何やってんだ、お前?」

「い、いや、ちょっと百円玉の音がしたんだが、気のせいだった」

 久行は慌てて紙片をポケットにしまい込んだ。

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「秀明さん、電話回します」

 翌日、事務所で知らない男から電話を受けた秀明は、受話器を持ったまま、たちまち口中が乾いて行く不安を味わった。

「あんたのゴミ、秘密漏洩だよ。預かってる書類、三百万で売ってやろうと思ってな」