くず(老いの風景シリーズ)

 弁護士からどんなに反省を促されても、功一の態度は変わらなかった。それどころか、

「先生だって僕みたいなのがいるから少年事件の専門家でいられるんでしょう?」

 まだあどけなさの残る顔でそう言って、功一は弁護士を驚かせた。

「君が殺したホームレスだって、我々と同じ人間なんだぞ」

「世の中の役に立たないやつはくずだよ。僕はくずを一つ始末しただけです。身元だって解らないんでしょ?結局あいつには悲しむ家族もいないんだ」

「き、君には悲しむ家族がいるだろう!」

 弁護士は立場を忘れて思わず大声を出した。

 同じ頃、昭三は仏壇の前にいた。

 東京の孫の引き起こした事件の背後を追いかけて、マスコミはこんな田舎町に住む年寄りにまでマイクを向けに来る。

「お前は先に逝って幸せだったぞ ・・・」

 昼間から雨戸を立てた仏間で、昭三は五年前に死んだ妻の位牌に手を合わせた。

 人生は最後の最後まで判らない。

 一人息子が一流大学を卒業して大蔵省に入った時には、自分が人生に勝利したことを確信した。孫が有名進学校に合格した時は、これで将来の幸せまで約束されたような気がした。

「世の中の役に立たないやつはくずだ。くずにならないためには勉強するしかないんだぞ」

 そう言い暮らしたことが、優秀で冷酷な人間を育ててしまったことに、昭三は功一の事件で初めて気がついた。

(どうやらわしは一番大切なものを忘れて子育てをしてしまったようだ)

 事件に見合った償いが終わるまで世間は決して功一を許さない・・・。

 昭三は踏み台に上がって欄間に帯を掛けた。まさかこんな形で人生を閉じるとは想像もしなかったが、それが昭三にできる功一への唯一の援助だった。帯を首に回した時、功一の暴行で死んだ見ず知らずのホームレスの無念さが心から理解できた。

 翌朝、新聞各社は一人暮らしの元校長の自殺に大きく紙面を割いた。