三通の手紙(老いの風景シリーズ)

 その日、基地に届けられた三通の手紙を、守男は繰り返し二度読んだ。

『守男、母はどう考えてもお前がイラクに行くことには賛成できません。復興支援だ、国際貢献だとどんなに説明を受けても、よその国の人間が軍服を着、武器を持ってやってくれば、相手は屈辱を感じます。人間は貧困には耐えられても屈辱には耐えられないものです。屈辱はやがて海を越えて日本の国で報復を果たすでしょう。母はお前を大儀のない戦場へ送り出したくはないのです。自衛隊を辞めて帰っていらっしゃい』

『守男、母さんがお前に手紙を書いていたから、父も自分の思いを伝えておこうと思ってペンを取りました。父は、母さんとは考えが違います。先の戦争で焼け野原になった日本は、武器を持った米軍が統治しました。国民が抵抗すればイラクのような状況になっていたでしょう。日本は生活物資を与えられ戦後復興を果たすと同時に、経済も防衛も文化もすっかりアメリカの傘の下に入って東の防波堤になりました。平和憲法を守ってみても、国内に米軍の基地があるのですから、日本の基地から米軍が飛びたてば、日本は当然攻撃の的になるでしょう。国際関係は善悪で動いているのではありません。国民に正義を信じさせながら、利害で動くのです。我々の代表が国益と照らして国会で決めたことです。色々な声に惑わされることなく、誇りを持って任務を果たしなさい』

『守男、イラクでは絶対に死んではいけないよ。お爺ちゃんには戦死した仲間がいるが、立派な死などというものはひとつもなかった。痛くて苦しくて恐ろしいだけです。国家など、そんなにしてまで守らなくてはならないものではありません。生きて帰って来てください』

 守男が手紙をしまった時、廊下を興奮した声が駆け抜けた。

「とうとうイラクに行く日がきまったぞ!」