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ナマズ先生1(老いの風景シリーズ)
十年ぶりに大学時代のサークル仲間五人が集まって飲んだあと、誰言うともなく、ナマズ先生に会いに行くことになった。
「ナマズのやつ、毎回、授業の始まりに黒板にでっかく書いただろ?」
「人間常に自己表現!表現した通りの評価が与えられる…て、あれだろ?」
「参ったよな、あれ」
「私語すりゃ、私は授業中に私語をする人間ですって表現してることになる」
「眠れば、私はわずか九十分の緊張に耐えられない人間ですって表現してることになる」
「一般教養の大教室なのに心理学概論の時間だけはトイレに立つやついなかったよな」
「そりゃあそうだよ。授業中に先生おしっこなんて、私は幼稚園児と変わりませんって表現してることになる」
「そういえば、遅刻も早退も少なかった…」
「しかし社会に出て見ると、結局あの言葉が一番役に立ってるような気がするなあ」
「おれもだ」
電話番号は、情報通の徹が知っていた。
「はい、浜津ですが…」
退官して既に七十歳に近いはずの、ナマズこと浜津先生は直接電話に出て、
「構わんよ、私は君たちを覚えてはいないが、君たちは私を懐かしがって会いに来るという。まさに教員冥利というものだ。よし、ご馳走するから酒と肴は適当に買って来たまえ」
現役時代と少しも変わらない声で家までの道を教えた。
「ありがとうございます」
と答えたあとで、酒も肴も自分たちで調達するのだと気がついて、四人は大笑いした。
二年前に妻を亡くしたナマズ先生は、
「一人暮らしにはこの家は広すぎてねえ…」
まあ遠慮しないでやりたまえと缶ビールを開け、目の高さまで持ち上げた。
庭でコオロギが鳴いている。