ものまね勘九郎
作成時期不明
床屋さんの店先に、勘九郎という名前の、真っ黒な九官鳥が一羽、カゴに入れて飼ってありました。
「勘九郎は、本当に利口な鳥だなァ…」
お店にやって来るお客さんたちは、みんなそう言って勘九郎をほめました。だって、勘九郎はびっくりするくらいものまねがうまいのです。
まず、お客さんがやって来ると、
「イラッシャイマセ、イラッシャイマセ」
と大声を張り上げます。
これはお父さんが教えました。
そして、お客さんが一人済むと、
「ツギノカタドウゾ」
と、得意そうに言うのです。
これはお母さんが教えました。
それだけではありません。お客さんが髪を切ってもらっている間中ずっと、知っているだけのものまねをやって見せ、お客さんが帰ろうとすると、
「マイドアリ、マタドウゾ」
と、送り出すのです。
そんなわけで勘九郎はすっかり有名になりました。
利口な九官鳥を一目見ようと集まってくるお客さんでお店はいつも一杯でした。
「お前のおかげで、お店は大繁盛だ」
お父さんもお母さんも、それはもう大喜びで、次から次へと新しい言葉を勘九郎に教え込みました。
オハヨウ、コンバンワ、イッテキマス、タダイマ、コケコッコー、ワンワン、オナカガスイタ…。
そんな簡単な言葉を覚えるのは、利口な勘九郎にとって何の苦労もいりません。今では散髪の終ったお客さんに向かって、
「オキャクサン、トテモニアウヨ、イイオトコダヨ」
という長い言葉も言えるようになりました。
「アンタ、ミセノカネ、ゴマカシチャダメダヨ」
とか、
「ハゲタオキャクハ、シンケイヲツカウヨ」
という余計なことまで覚えてしまい、それがまた愛嬌になって、
「おもしろい鳥だ」
勘九郎はますます人気者になって行きました。
けれど、そんな勘九郎にも深刻な悩みがありました。
勘九郎がケンちゃんの家にもらわれて来る前から、お店にはクン太というムク犬が飼われていたのですが、ある日、クン太がカゴを覗き込んでこう尋ねた時から、勘九郎の悩みは始まったのです。
「ねえ、勘九郎。前から一度聞こうと思っていたんだけど、君の本当の鳴き声はいったいどんな声なんだい?」
「???」
勘九郎は困ってしまいました。
確かに勘九郎は色々な言葉が話せます。動物の鳴き声だって本物と少しも変わらないくらいうまく鳴いて見せることができます。ところが自分自身の鳴き声となると、さて、いったいどう鳴けばいいのでしょうか…。
「う~ん…」
考え込んだあげく、
「これがボクの鳴き声だよ」
と鳴いてみせたのは、ネコの泣き声でした。
「それがきみの鳴き声だって?」
クン太は大笑いです。
「じゃあ、きっとこれがボクの声だ」
むきになった勘九郎が張り上げた声は、ウグイスの鳴き声でした。
ニャ~オ、ホーホケキョ、ブーブー、カァカァ、ミーンミーン…。
いくら鳴いて見ても、どれもこれも他の動物たちのものまねばかりでした。
「もういいよ、勘九郎、わかったよ。きみには自分の鳴き声というものがないんだね。一生そうやってものまねをして生きて行くんだね、可哀想に…」