たまご

作成時期不明

 どうしてこんなひどい目に会うんだろう…と、そう思わないニワトリはありませんでした。これではまるでたまごを産むための機械ではありませんか。朝になると、ニワトリ小屋の前にたくさんのスズメたちが遊びに来ますが、そのスズメたちが大空に飛び立つ度に、ニワトリたちはうらやましそうにふうっとため息を着きました。

「むかしは良かった…」

 小屋で一番年寄りのニワトリが、遠い目をしてつぶやきました。

 そういえばむかしはどこの農家の庭先でも必ず何羽かのニワトリたちが、太陽の日差しを体中に浴びて、ミミズをつかまえたり、力いっぱい走り回ったり…それはもう伸び伸びと暮らしていたものでした。もちろん時にはいたずらネコに追いかけられて随分と危ない思いをしたこともありましたが、自由を失った今となって見ると、それもまた楽しい想い出のひとつでした。

「ねえ、みんな」

 年寄りのニワトリは、小屋の仲間たちをぐるりと見回して言いました。

「私たちニワトリの先祖だって、あのスズメたちと同じように自由に空を飛んだ時代があったんだ。たとえ狭い小屋の中で一生を送ることになったとしても、鳥としての誇りだけは決してなくしてはいけないよ」

 誇り…。ああ、それは何とまぶしい響きを持った言葉なのでしょう。聴くだけで思わず胸を張り、大きく深呼吸したくなるような不思議な魅力を持っています。しかし若いニワトリたちは、その言葉を聞いて胸を張るどころか、すっかり首をうなだれて口をつぐんでしまいました。無理もありません。たまごを産ませることだけが目的の狭い小屋の中にはメンドリばかりが閉じ込められていて、走り回る自由はおろか、恋をする喜びすら与えられてはいないのです。食べて寝て、抱くこともできないたまごを、ただ黙々と産み落とす以外にはすることのない彼女たちにとっては、むしろ誇りを捨て去ることだけが、心の苦痛から目を逸らす唯一の方法だったのです。

「情けない。それじゃまるでブタと同じじゃないか」

 年寄りのニワトリは吐き捨てるように言いました。悔しさで瞳がキラキラと濡れています。その悔しさがやがて大変な決心となって燃え上がって行くのをもう誰も止めるわけには行きませんでした。

 * * * * *

 あきよちゃんはたまごが嫌いです。

「変わってるねえ、この子は。たいていの子どもはにんじんが嫌いでもたまごは好きと相場が決まってるもの何だけどねえ・・・」

 そういってお母さんは不思議がりますが、好きになれないものは仕方がありません。その代わりというわけではありませんが、毎朝ニワトリ小屋へたまごを取りに行く仕事は、あきよちゃんの役割になっていました。

 ある朝のことです。いつものようにたまごを取りに行ったあきよちゃんは、

「キャーッ!」

 と叫んだきり、その場に立ちすくんでしまいました。お父さんとお母さんが驚いて駆けつけると、くちばしがボロボロに砕けた年寄りのニワトリが一羽、小屋の外で死んでいます。そして、その周りを若いメンドリたちが取り囲んで、人間が近づいても逃げようともしないのです。

 いったいどうして…という疑問はしかしすぐに解けました。トリ小屋の壁にちょうどニワトリが一羽抜け出せるくらいの大きさの穴があいています。穴はどうやら何か尖ったもので内側からたんねんに突ついてこしらえたものらしいのです。

「あきよはお母さんとあっちへ行っといで!」

 お父さんはそう言うと、まず死んだニワトリを片付けたあとで、逃げたニワトリたちを捕まえながらつぶやきました。

「ろくにたまごを産みもしない老いぼれニワトリが、まったくとんでもないことをしてくれたもんだ。それにしても自分のくちばしを砕いてまで小屋の壁を壊すなんて、きっと気が狂っていたのにちがいないよ」