鬼夜叉と臆病弥太っぺ

平成29年12月09日(土)掲載

 妖怪といえば昔から恐ろしいものと決まっているようですが、決してそうばかりとは限りません。現にこの地方に古くから棲みついている鬼夜叉という妖怪などは、心のやさしい、とても気のいい妖怪でした。ただ、その名の通り、鬼とも夜叉ともつかない恐ろしい顔をしていたために、村人の方で勝手に恐ろしい妖怪と決めてかかっているだけのことだったのです。

「村の衆をびっくりさせては気の毒だ」

 気のいい鬼夜叉はできるだけ人目につかないように、ひっそりと暮らすことにしていました。

「陽が沈むまでは外に出てはなんねえぞ」

 という母親の言い付けを守って、鬼夜叉の子どもは決して人前に姿を見せようとはしませんでした。その鬼夜叉の子どもも今年で百歳の誕生日を迎えようとしています。これは人間の年に直すと五歳くらいの腕白盛りの年齢でした。

「村の人たちと仲良くなりてえな」

 ぼんやりしていると、人懐っこい鬼夜叉の子どもは、この頃ふとそんなことを考えてしまいます。

「馬鹿なこと考えるもんでねえ。おらたち妖怪と人間とでは、住んでいる世界が違ってるだ」

 鬼夜叉の子どもは、そう自分に言い聞かせるのですが

「村の人たちと一緒に遊べたら、どんなにか楽しいべな」

 という思いがふくらんで、どうすることもできません。

「これこれ、外はまだ明るいだ。どこへも行くことはなんねえぞ」

 と言う母親の声を振り切って、

「大丈夫だよ、おら人間を驚かすつもりはねえ。人間と友達になりに行くだよ」

 鬼夜叉の子どもが森の洞穴を抜け出したのは、太陽が今にも山の端に隠れようとする、夏の夕暮れのことでした。


 弥太郎は、そのたくましい体に似ず、とても臆病な若者でした。たとえば村では祭りの夜はきまって肝試し大会が開かれます。村中の若者たちが集まって、手に手に自分の名前を書いた小石を持ち、真夜中の鎮守の森へ出かけて行くのですが、途中で引き返したのではないという証拠に、鎮守様の階段に自分の石を置いて来なければなりません。その肝試しに、毎年決まって、行ったっきり戻って来ないのが弥太郎でした。

「おおい、弥太郎!」

「おおい、弥太郎!」

 みんなで手分けして探しに行くと、弥太郎はたいてい恐ろしさのあまり道端で気を失っています。

「臆病弥太っぺ」

「臆病弥太っぺ」

 弥太郎はいつの間にか小さな子どもたちからまでそう呼ばれて馬鹿にされるようになりました。けれど、弥太郎自身、馬鹿にされても仕方がないと思っていました。だって弥太郎は本当に自分でも呆れるくらい怖がり屋の臆病者なのです。恥ずかしい話ですが、今でも夜は一人でおしっこには行けません。いくら肝試しとはいえ、昼間でも薄気味悪い鎮守の森へ、真夜中に行けというのがそもそも弥太郎には無理な話でした。

「おらの臆病は何とか治せねえものだべか…」

 弥太郎は心から思い悩んでいたのですが、あたりが暗くなるともういけません。見るもの見るもの恐ろしいお化けに見えて、背中がぞくぞくと寒くなるのです。

 急がねと日が暮れる。

 その日も弥太郎は野良仕事を早めに切り上げて、帰り道を急いでいたのです。