おとしだま

平成30年05月02日(水)掲載

「慎吾ったら、今年のおとしだまも貯金してるらしいわ…」

 お母さんが心配そうに言うと、

「いいじゃないか、無駄遣いしている訳じゃなし。褒めてやりたいくらいだよ」

 お父さんが答えました。

 お母さんには、お父さんのそういうのんきなところが我慢なりません。おカネが手に入れば、早速、欲しいものを買ってしまうのが子どもです。それが今年で三年間も何も買わないで貯めているとなると…よほど高価なものを買うつもりでいるか、それとも今はやりのいじめに遭っているのかも知れません。

 お母さんは急に胸騒ぎを感じ始めました。

「おい!もらったカネは体育館の裏へ持って来るんだぞ。誰かにしゃべったら、そのときは分かってるだろうな!」

 想像は悪い方にばかり広がって行きます。

 居ても立ってもいられなくなったお母さんは、

「勝手な憶測で行動するんじゃないぞ」

 というお父さんの忠告をよそに、担任の先生の家を訪ねて行きました。


 新年のごあいさつもそこそこに、お母さんの話を聞いた先生は、にっこりと笑ってひとつの作文を見せてくれました。


『  おとしだま

山口慎吾

 ぼくのお母さんは、むかし、お父さんの会社が倒産して一番大変だったときに、困ったときこそ力になるんだといってお嫁に来ました。だからちゃんとした結婚式の写真がありません。ぼくはおとしだまをためて、お父さんとお母さんに結婚式の記念写真をとらせてあげたいと思います』


「そうか…慎吾のやつ、そんなことを考えていたのか…」

 お父さんはメガネをはずして、くもったレンズを拭きました。

「ばかね、男のくせに泣いたりして…」

 笑ったお母さんの瞳も濡れていました。

 そして一週間。

 黒いタキシードを見につけて、少し照れくさそうな顔をしたお父さんと、雪のように白いウェディングドレスに包まれて、フランス人形みたいにすました顔をしたお母さんは、町の写真屋さんで一生に一度きりの写真を撮りました。

 出来上がった写真は、それはそれは立派なでき栄えでしたが、普通の記念写真とちょっと違っている点はというと、花むこと花嫁の真ん中で、慎吾くんが片目をつぶって誇らしげにブイサインをしているのでした。