ユーアーマヨネーズ!

平成30年05月31日(木)掲載

 わずか二泊三日とはいえ、青い目のお嬢さん二人のホームステイをお引き受けすることにしたわが家は、まるで黒船を迎えるような騒ぎでした。

 時ならぬ大掃除を済ませ、夕食の献立を考えるかたわら、五歳になる長男の順平に初対面の挨拶を教えると、

「ハウ デューユーデュー、マイ ネイムイズ ジュンペイ 」

 彼は彼なりに繰り返し練習を重ねていたようですが、いよいよその日、玄関のチャイムが鳴って、背の高い金髪の女性二人を目の前にすると、順平はすっかり緊張してしまったのでしょう。声を強張らせこう挨拶したのです。

「ハウ デューユーデュー、マヨネーズ ジュンペイ」

 これには日米が玄関先で大笑い。

「オウ ユーアー マヨネーズ!」

 いっぺんに打ち解けて、わが家の国際化はこうしてなごやかにその幕を開けました。


 岐阜県武儀郡武芸川町(現在は関市)は、昔から美濃市を中心とする美濃和紙の生産地でしたが、洋紙の隆盛に押されて、最近は紙を漉く家もなく、道具一式がいつでも使用できる状態で町の民族資料館に保存されています。

 和紙の製造に興味を持ったステファンという名のドイツの青年が町に住みついて三年…。古老の紙漉き職人から手漉きの技術を学び、今では手作りの和傘を作れるまでに上達したステファンが、

「一緒に紙漉きをしませんか?」

 英語と日本語で新聞広告を出したところ、全国各地からほとんど外国人ばかり十数人が集まりました。

 旅館もホテルもない田舎町のこと、ステファンの隣人が奔走して、それぞれ民家に宿泊しての二泊三日の紙漉き実習が始まりました。

 資料館の様子を見に行くと、わが家のお客様であるジェーンとポーラも腕まくりをし、目を輝かせて紙を漉いています。

 地方の言葉そのままに身振り手振りで説明する紙漉き職人の話に食い入るように耳を傾けています。

 私たちが忘れ去ろうとしている日本の伝統文化を、真剣に修得する外国人たちと、それを珍しそうに見物する日本人…。

 私はそのとき、突然言いようのない恥ずかしさに襲われました。

 本当の国際人としての日本人とは、英語を話し、欧米人の生活様式を身に着けた器用なだけの日本人などではなく、たとえ日本語しか話せなくとも、外国に誇るべき日本の文化を理解し、それを堂々と相手に伝えることのできる、魅力ある日本人のことではないかと気が付いたからです。


 自分たちでこしらえた和紙を土産に、ジェーンとポーラは意気揚々とわが家を去りました。

 外国を理解することを期待したホームステイを通じて、思いがけず日本を見つめ直す機会が得られたことに、さわやかな驚きを感じながら、本当の意味でのわが家の国際化はそのとき始まったようです。