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櫓型太鼓台に四本柱が備わった形態で、屋根などは付属していない。
近畿では吹田市千里佐井寺・豊中市・尼崎市・兵庫県但馬地方、広島県下では安浦町・豊浜
町斎島(廃止)などに伝承されている。
また、香川県庵治町の破風屋根型太鼓台では、曲芸的所作を行う際に、屋根を取り外して四
本柱をつけたまま行う。 ![]()
四本柱型の太鼓台。柱の先端は御幣で装飾している。斎島のヤグラは、摂津・尼崎の生簀(い
けす)船の船頭によって伝えられたと言う。現在でも尼崎市では、この形式の頑丈な太鼓台を 「辰巳町太鼓」などとして伝承している。
スケッチされたヤグラは見るからに簡素なもので、全くの“裸太鼓台”と言っても差し支えないく
らい。 ![]() ![]() ![]() ![]()
尼崎・辰巳町太鼓は(上記の斎島との関連上)、更に歴史的解明がなされてよい太鼓台であ
る。確かにがっちりとした台などは近隣の豪華なだんじりや太鼓台の影響を受けたのか、骨太 の頑丈な構造となっている。しかし都会の只中にあって、この簡素さは特筆ものである。荒々し い重厚な存在であり、櫓型太鼓台の高松市女木島「太鼓」の所作に、横転するなど荒々しさは 似通っている。 ![]() ![]()
斎島のヤグラによく似た太鼓台は、尼崎市とここに紹介する安浦町「だんじり」がある。このだ
んじりを見学していて気づいたのだが、乗り子は太鼓の周りに張ったロープをわらじ履きの指に 掛け、止まり木に止まるようにしてバランスをとり、太鼓を叩き続けていた。
ところでスケッチ・斎島ヤグラの場合、乗り子はどこに座り、どこに足を置いて太鼓を叩いてい
たのだろうか。四本柱の中程に回されている黒いロープ状のものは、落下防止の乗り子の背も たれだったのだろうか。余りにも危険ではないか。幼い乗り子は、荒々しいヤグラの動きに耐え られたのだろうか。
乗り子のロープ (関連情報)
平成13年、熊本県天草郡苓北町富岡の「初午祭」を見学させていただいた。ここでは、簡素な
蒲団型太鼓台(コッコレショ)が出されいるが、ここでも以下に紹介するように、乗り子はロープ を止まり木のようにして、太鼓を叩いていた。詳しくは「探訪・太鼓台」のコーナーをご覧下さい。 ![]() ![]()
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