フトン考

このコーナーは、太鼓台としては最もポピュラーな形態である蒲団型太鼓台に積まれている
“蒲団”について考えるコーナです。
その類型を各地に訪ね、共通点を確認し、太鼓台がどのように発展してきたか、各地間でどの
ような関連があるのか、そして、なぜ“蒲団”なのか、を皆さんと一緒に探ります。


「四ツ太鼓」(「やぐら」とも言う) 愛媛県南宇和郡城辺町深浦


本物蒲団を積む太鼓台。四本柱から張り出した碁天井の上に三枚を積み重ね、十字にしばり
天井に固定する。現存する本物蒲団型太鼓台としては、広島県豊町沖友の櫓よりも小型・素朴
であり、播州地方のかっての絵馬の太鼓台に近いと考える。なお、愛媛県南予地方にはこの
規模の太鼓台が多いが、そのほとんどが既に枠蒲団型となっている。 


<<蒲団部を考察する>>

「四ツ太鼓」 愛媛県西宇和郡保内町雨井(あまい)


「上に載せているのを“蒲団”と言うそうですよ」。 でも、「本当に蒲団ですか?」と尋ねても、
「絶対に、間違いありません」とは、誰も自信を持って言ってはくれません。

本当に、蒲団なんですかー?

ふんわりとしていて、座布団みたい!


「これは座布団を5枚重ねたものだよ!」

「……………」(その証拠は?)

足のついた竹籠


「竹の籠ですか? どうも、様子が変ですよ」

「それに、竹籠の後ろの白いのは何ですか?」

四角い、輪??


「一体、これはなんですか。鉢巻ですか?」

「まさか、蒲団ではないでしょうね?」

“蒲団”作り



「やっぱり!。木枠の中に、先ほどの四角の輪をはめ込んでいるんだ!。成る程、成る程」
 「でも、相当に力を込めて、固く作っているって感じですよね」
「竹籠は木枠の空間へ納めるんですか? ちょっと神秘的ですよね」
「竹籠って、神様が天下って来る目印(依代よりしろ)なんでしょう?」
「それがどうして、こんな風に使われているんですか?」
「あれまァ。天井を縫いつけていますよ。竹籠を隠していますよ」

「どうして? ますます、わからないなア」

実は、雨井の四ツ太鼓の“蒲団”と呼ぶ部分は、このような構造になっているのです。
もう一度、最初の完成された“蒲団”を眺めてみて下さい。
外観からは、とても想像できない造りではありませんか?
なぜ、こんなに複雑な構造に形作る必要があるのでしょうか?
「なぜ」、「なぜ」と追求していけば、その一つ一つが<謎>です。

しかしこれらは、太鼓台と“蒲団”に関する、ほんのプロローグにしか過ぎません。

「四ツ太鼓」 愛媛県西宇和郡保内町磯崎(いさき)


この四ツ太鼓は、前項の雨井(宇和海側)に近い、磯崎(伊予灘側)のものです。外観は、規
模・形態とも雨井によく似ています。



これは、蒲団部の一辺一辺です。こんな風に部材を細分化することで、運搬や保管が極めて容
易になります。(しかし、形作るとなると複雑で、伝承していくのが大変です)

組み立て作業風景




同じ保内町の雨井では、一面が逆台形型の木枠の四周に、モミガラを入れた“輪”5本を、きつ
くはめ込むことで、五段の蒲団に見せている。(鉢巻型蒲団太鼓台) 
磯崎では、この木枠はなくなったが、代わりに、外の面が丸みのある木の枠五段(枠蒲団型太
鼓台)に変化し、それも各段・各辺がバラバラに分解できて、保管・運搬のしやすいものとなって
いる。
同じ町内で近接する両地の四ツ太鼓は、似通う外観とはうらはらに、全く別な構造となっている
のだ。
このような差異は、一体どのような理由や必然で、生じてきたのだろうか。
私は、蒲団部の構造は、元々は雨井のような構造であったものと想像する。運搬の容易さ・保
管場所の確保・形作る作業の簡便化(あまりならないとも思うが…)などの理由により、磯崎の
ように一段毎・バラバラな構造に変化していったと推理している。

 両地の違いを見ていると、私には、太鼓台が豪華・大型化していく過程で、鉢巻型から枠型へ
と変化・発展する図式が、読み取れるような気がして仕方ない。 

雨井の四ツ太鼓=鉢巻型   磯崎の四ツ太鼓=枠蒲団型




「屋台」 兵庫県新宮町千本 


豪華な屋台(太鼓台)が多い播州地方の中にあって、比較的簡素な屋台である。
実は、この蒲団部も雨井と同様、木枠と鉢巻型のもの。左側写真の木箱の「台」は“一代前の
木枠”である。その上の赤・白・黒の三段蒲団の中に、この箱と同じサイズの新しい木枠が入っ
ている。また、天部が丸いのは竹籠を伏せているためで、雨井では木枠内部に密封されていた
のが、千本では“依り代”として天井部に顕在化させている。


「四ツ太鼓」 愛媛県西宇和郡瀬戸町川之浜



この太鼓台も木枠(箱)の周りに輪(鉢巻)を巡らす形式。五段蒲団に見せているが、4本の輪
と1枚の本物蒲団(一番上)を用い、形作る。


「屋台」(だんじり) 京都府竹野郡丹後町此代(コノシロ)



雨井の四ツ太鼓と同様、鉢巻の中身はモミガラである。蒲団天部は、わらを積み重ね四隅をし
ばるため、丸みができる。竹籠は入っていない。この帯を「タスキ」と呼んでいる。

「屋台」(だんじり) 丹後町平(ヘイ)


丹後町平地区では、写真のように、蒲団天部の丸みが際立っている。

「太鼓山」 種子島・西之表市 


種子島・西之表市の太鼓台(太鼓山)である。太鼓台が「海入り」する地方は多い。四本柱の上
は碁天井になっていて、その上に紅白の大きな「輪」を積んでいる。この中身はわらを束ね、細
紐で巻いたものである。
種子島のこの形態も、各地の鉢巻型太鼓台に合い通じていると、私は考えている。太鼓台は、
近年一回り大きくこしらえ直したので、鉢巻もそれに合わせて大きくなっている。


「揉み山」(モミヤマ) 徳山市須々万(ススマ)


ごく簡素・小型の太鼓台。花飾りの太鼓台であるが、造花の内側・天井部分に俵を積んでい
る。乗り子は二人。この太鼓台の特徴は、造花を挿している四本柱・上部にある。現在は、周囲
が「棒状のわら束」・四本となっているが、かっては間違いなく、ぐるりと巡らした「輪・鉢巻」であ
った。この造花を挿す部分が、これまでに紹介した「鉢巻型太鼓台」の鉢巻部分と何らかの関
連がある、と私は考えている。

※鉢巻型蒲団を有する太鼓台への考察は、「探訪・太鼓台/千本の屋台」にも掲載していま
す。 


<もどかしい、解明されない「フトン」の謎>

常日頃、何気なく眺めている太鼓台の蒲団部ですが、各地を見学していると「ハッ」とする思い
がけない事実に遭遇することがあります。
今回、このコーナーを、あえてカタカナ書きの「フトン」考と表記したのは、もしかすれば、この部
位、本当は「蒲団ではないのかも知れない」ぞ、と頭のどこかでいつも考えているからです。…
反面「いやいや、やはり蒲団なんだ」とも。
蒲団・布団・ふとん・フトン…それぞれの「FU・TO・N」。私は、太鼓台の「FU ・TO・N」部を言う
時は、意識して<蒲団>を使用していますが、<布団>でももちろん良いと思います。他意は
全くありません。
フトン部の謎解明のポイント、それはそれそぞれの地方のフトン部を客観的に知ること。そして、
各地の共通点・類似点から、関連を類推し、議論しあうことです。そのための情報共有化が避
けられません。



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