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談話室・TBK」(No.92 2002.11.21) に「長崎のコッコデショについて」として、Name:豊後町さん
から、以下のようなメッセージをいただきました。
●長崎のコッコデショについての演出について伺いたいのですが、あのように上に放り投げて
片手で受け止めるというようなことをやる太鼓台というのは他の太鼓台にもあるのでしょうか? コッコデショは、長崎くんちに出される奉納踊りのひとつですが、踊を奉納する町、いわゆる踊 町になるのは7年にしか回ってきません。その7年に一度回ってくる踊町のときに町は名誉をか け、大変な入れこみ様でくんちにあたります。金にしても人にしてもです。そのような状態の中で コッコデショの演出は、伝来から長年の歴史を経て精錬されていったものだと聞いております。 太鼓台に詳しい管理人様をはじめ、ご覧になった方はあれを見てどのようなことを感じられたで しょうか? お聞かせくださればと思います。● ![]() ![]() ![]() ![]()
(管理人)
私は平成2年の長崎くんちでコッコデショの“踊り”を見学させていただきましたが、まだコッコデ
ショに接したことのない方は、「情報玉手箱」にて紹介しました「長崎くんち・樺島町コッコデショ」 の上記リンク先(↑)で、コッコデショの“踊り”の概要が、大方理解得られると思いますので、ぜ ひ参考にされながら、このコーナーをご覧下さい。
●平成2年当時のノートのメモから
コッコデショ。重さ約1トン、舁棒の長さ6メートル。舁棒から地面までの高さは約50センチと低
い。舁夫は36人、総指揮者1名、副総指揮者1名、長采(ながさい)4名、棒先8名、担ぎ手43 名、采振(ざいふり)4名、太鼓山8人(乗り子)。(交代要員含む)…この年に新しく造り替えら れた。
[蒲団部]五段蒲団であるが、段毎の全体が平らな餅型の籠編みで、綿を用いて蒲団の厚みを
形造る。以前は、上と下の蒲団同士を固定するのに所定の紐を用いて縛っていた。(参考:蒲 団枠は2004年のビデオに写してくれていましたが、各地と同様な四辺一体の枠型でした)
●諏訪神社にて
長崎くんちの後日(最終日)、諏訪神社の石段下の庭先で、トリを務めた樺島町のコッコデショ
を見学した。素晴らしかった。傘鉾の奉納に続いて、長采(ながさい)の合図でいよいよコツコデ ショが入場してくる。すり鉢状に座った観衆からは「ウォー」の、ものすごい期待と興奮の大歓 声。
「ホーォーエーア、ホーランエーエ、ヨヤサノサー」
采振りの子供が舁棒の前後に2人ずつ乗る。コッコデショは左右に揺れながら進む。采振りの
子供は身を反り返らすようにして、懸命に采を振る。時には腰に片手をあてがい、時には両の 手で采を振りながら、左右に揺れるコッコデショを巧みに操る。樺島町の人々が語るように、ま さしく船になぞらえた、コッコデショの“喜びの長崎入港”である。
…(中略)…
観衆への鉢巻投げのサービス、威勢良く前進・急回転さす、コッコデショの放り投げ、と一連の
“踊り”が二度ほど繰り返される。途中には、着ていたハッピ(法被)を一斉に脱いで投げ捨てる 場面もある。観衆から「日本一、樺島町(かばしままち)!」の掛声も飛び出す。
やがて、「アートニセー、アートニセ。アートニセー、アートニセ」
コッコデショは退出しようと下手の石段へ向う。
「まだ帰さないぞー」、「モッテコーイ、モッテコーイ」の大合唱がすり鉢状のあちらこちらから飛
び交う。熱狂的としか表現できないその場の雰囲気である。
すると、コッコデショはくるりと体勢を入れ替えて、再び中央に戻ってくる。
「アートニセー、アートニセ。アートニセー、アートニセ」と発しながら…。
ふと、観衆の桟敷を眺めると、涙している人がたくさん見えた。この涙は何の涙か。驚いた。
「感激しているのだ!」
太鼓台が、このように不特定多数の人々を感激させている光景を見たのは、長崎が初めてで
ある。「太鼓台は、人々に感激を与えることのできる存在なのだ」。
そう言えば前日(中日)にも、コツコデショは市民病院を訪れ、黒山の人だかりの中、見事な踊
りを披露していた。ここでもやはり、感動を与えていた。見上げると、窓といわず、屋上といわ ず、鈴なりの人である。コッコデショが病院の外へ出ようとすると、多くの入院患者が「モテコー イ、モテコーイ」のアンコールを、声を限りに発していた。
●お旅所・大波止にて
お旅所の大波止には桟敷が設けられている。ちょうど阿波踊りの演舞場のような雰囲気であ
る。一番奥まった所に御神輿が据えられる。入場口から御神輿までは100メートルはあるだろ うか。コッコデショは、その距離を肩に担いで何回も往復する。お旅所での放り上げは、カセット テープが回っていた約12分の間に、6度あった。(実際にはまだ長い時間、お旅所で“踊り”を 披露する)以下、その折のカセットテープから、一連の所作を掛声から再現する。
「ホーォーエーア、ホーランエーェ、ヨヤサノサー、アー、ヨヤサノサ」(入場時、4回ほど繰り返
す)
コッコデショを左右に揺らせながら、船が大波に揉まれるようにして、前進する。
「アーァ、ヨーヤーサー、アーァ、ヨーヤーサー」(10回ほど繰り返す。会場の端・御神輿の前ま
で進む)
御神輿の前まで来ると、
「アートニセー、アートニセ」(3回ほど繰り返す)
くるりと体勢を入れ替えて、会場の中央手前まで帰ってくる。(この間、太鼓打ち(太鼓山という)
は、右・左・右と、ゆっくりと手首の方から打ち込むようにして、太鼓を打つ)
「トーバーセー、トーバーセー、トーバーセー」
太鼓台は走る。勢いよく走り、場所決めをし、止まる。(余談だが、私には、この「トーバーセー
(飛ばせ)」が「トーマッテー(止まって)」にも聞こえた。太鼓台は「飛ばす」と同時に、「止まって」 披露する場所を決めなければならない。香川県の仁尾町や中讃地方では、「トーマッテー、サ ーシマショ、ヨノナカミゴトニ、セー」と、場所決めをして、その場で太鼓台を見事に差し上げてい る)
「ヤー、シャーントトメタヨナー、トーナ」(「トーナ」は「ドーナ」か)
「ヨャ、ショー。ヨャ、ショー」
「ヤー、コッコデショ、コッコデショ、コッコデショー」
3度目の「コッコデショー」の掛声で一斉に放り上げる。柏手を一つ打つ。落下してきた太鼓台
を片手で受け止める。(放り上げの直後、歓声と拍手喝采の渦)
乗り子は両手を大きく広げて、後方へ反り返る。
「ヤー、コッコデショ、トーナ」
これも「ドーナ」と聞こえる。トーナは「どうだ」と見栄を切っている掛声ではなかろうか。
「ヨォーイ、ヨォーイ」(乗り子の掛声)
「ヤー、コッコデショ、トーナ」
「アーァ、ヨーヤーサ」(乗り子の掛声)
ここまでが一連の所作。
「アーァ、ヨーヤーサー、アーァ、ヨーヤーサー」で次の踊りに移行する。(戻る)
そのほか、
太鼓台を担いだままぐるぐると回す「マワレー、マワレ」がある。
●放り上げる太鼓台/片手での所作
「談話室・TBK」にいただいた、「放り上げて、落下してきた太鼓台を、柏手を打った後、片手で
受け止める」ような所作をしている太鼓台は、長崎以外では見ておりません。
ただ、放り上げる太鼓台はあります。徳島市勝占町の太鼓台「サッセイ」、小松島市横須の「サ
ッセイ」、徳山市須々万の「揉み山」がそうです。
落下してきた勝占・サッセイは、両腕をL字型に曲げて、肘と手首との間で受け止めます。乗り
子は小さいですから、振り落としのないよう安全のため、四本柱に縛りつけています。
横須・サッセイの場合は、差し上げから両腕に舁棒を抱えるようにして、直ぐに放り上げます。
この時舁き夫は「海の幸ヨー、イヤ、栄エー」と発します。
須々万・揉み山の場合にも乗り子(2人)は四本柱に縛りつけられています。揉み山の掛声は、
「ソレ、ヨッソイ」(「ソレ、ヨッサィ」かも)から、放り上げの時には「イ、ヤ、サー。イーヤーサー」で す。
また、「放り上げ」は大型の太鼓台でも行われています。しかし、放り上げとは名ばかりで、わず
かに手の指が舁棒から離れるかどうかくらいです。2トン〜3トン前後ある太鼓台の場合、たと え大人数であれ、その状態が精一杯だと思います。
とにかく放り上げに関しては、まだまだあると思います。また、片手で受け止めることはしなくて
も、片手で担ぐ地方や両手を離して手を広げ、肩に舁棒を乗せたまま歩行したりもします。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]()
●荒業
他では行っていないから、「コッコデショが他の太鼓台と異なり、特殊である」とは思いません。
確かにコツコデショは見事な「放り上げ」を、くんちの3日間で600回も行うと聞いていますが、 猛烈な練習の結果だと認識しています。人と太鼓台が見事に一つに合体して、感動的な“演 技”を、しかも観衆には(結果論かも知れませんが)、次の所作が容易に予測できるように配慮 していると思います。とにかく次の所作の予測がつくのです。観衆は、どこで拍手するか、いつ 「モッテコーイ」を掛けるか、そして感動の余韻に浸れるか。本当にうらやましい限りです。
しかし“荒業”となると、結構各地に見られます。その種類は多々あり、台担ぎ・台場差し・横倒
し・縦担ぎ・逆鉾(しゃちほこ=逆さ担ぎ)・放り投げ・そして太鼓台が複数台ある地区では、太鼓 台同士の喧嘩もあります。
●コッコデショの何を見習うべきか
コッコデショの素晴らしいことは折り紙つきです。それは、練習開始の日から本番まで、長期間
にわたる猛練習が成せる技と、感服・脱帽いたします。しかも、手弁当・ボランティアと聞きま す。各地にはコッコデショに勝るとも劣らない歴史を有する地方もありますし、大型で豪華絢爛 な地方も多々あります。しかし、私は現時点、「日本一の太鼓台は、長崎・樺島町コッコデショで ある」と断言いたします。その「評価基準は何か」と問われれば、自信を持って答えます。「感動 の度合」であると。各地の太鼓台関係者は、「太鼓台が、感動を与えることのできる存在、文化 財である」と言うことに、思いを致す必要があります。
放り上げ、柏手を打ち、片手で受け止めることも素晴らしい技ですが、技術・演技は時代と共に
変化し、評価の基準が変わると思います。しかし、人の心に感動を与えることは誠に容易では ありません。コツコデショは感動を与え続けてきたこと、多数の人を一度に感動さすこと、そこが 素晴らしい。
(参考文献等・敬称略)
「堺段尻考」(『長崎叢書』16,17 藤 奈美緒) 「長崎諏訪神社祭礼に関する覚え書」(『民俗芸
術』2巻11号 S4 本川桂川) 「長崎くんち」(H2度ガイドブック) 「太鞁台からコッコデショへ」 (長崎 伊藤一郎 出典不明)
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