箱浦屋台(太鼓台)について
〜香川県三豊郡詫間町箱〜


香川県西部・荘内(しょうない)半島の先端に近い集落「箱」。箱の地名は、浦島太郎の伝説・
玉手箱からの由来。
この地には、明治初期から大正初期にかけての諸道具・保管箱が揃えられている太鼓台があ
った。各装飾の制作年代が判明する太鼓台としては極めて珍しく、将来を通じて一級の資料と
なるものと想定されます。
平成12年夏、地区の皆様の英断により、香川県立歴史博物館へ寄贈の運びとなりました。一
個人の保有ではなく、公共の施設にてこれから幾百年、永く歴史を伝えてくれるものと想像い
たします。(なお、香川県歴史博物館では2002.5.25〜6.30の間、「新収蔵資料展」としてその一
部が同館3Fにて展示・紹介されました)

●箱浦屋台(太鼓台)の歴史
当地は地理的にも瀬戸内海の要衝に位置している。現在でも勿論同じだが、かっての帆船時
代には浜に出るだけで間近に沖行く船を眺め、千石船など大型船を実体験することができた。
中国筋や塩飽諸島にも近く、人々は船を通じて情報を取り入れ、地区民団結の拠りどころであ
る屋台を中心とする祭礼文化を高めていったに違いない。
屋台と地区内為政者との関係・他地方太鼓台との共通点や関連など、箱浦太鼓台に関する詳
細研究はこれからである。本稿では現時点での判明事項・香川歴博「新収蔵資料展」での解明
事項等を紹介していきたい。

香川県歴史博物館「新収蔵資料展」パンフレット(抜粋)


●箱浦屋台の「制作年表」に関して
・最も古い年号のものとしては、明治8年(1875)の「平桁」がある。平桁(ひらけた)とは、四本
の四本柱を蒲団部の下で固定する部材である。各地では四角い枠型になっているが、箱浦の
ものは4片の板材である。
・明治8年当時には間違いなく箱浦に屋台があった。その時代に使用されていた古式ゆかしい
蒲団〆が一部伝えられている。補強裏地は「和紙」の重ね貼り、上下端を巻き込むようにして
使用した痕跡があるなど、蒲団〆発展の推移を知る上でも貴重なもの。
・以下、明治14年(1881)の掛蒲団一式・明治29年(1896)の水引幕・明治33年(1900)の昼
提灯・明治41年(1908)・大正9年(1920)の乗り子衣裳など、保管箱揃いで伝えられてきた。 
 (以下に表示)


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