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もたかさん、ありがとうございます。
私は、愛媛県東予地方の川之江・三島・土居の船は実見したことがないので、長崎の御座船と
の比較を云々する資格はありません。(長崎くんちにしても、船はたったの一度しか、それも本 古川町のものしか見ていません)ただ、船形の山車(一般的には「船だんじり」)は、何ヶ所かで 見たことがありますので、全国的には相当数があると思います。そのような山車の中には、各 地で似通う装飾を有したものもあって然るべき、とは思います。
それよりも私は、太鼓台や船や馬など各種の奉納物・風流に、先人たちが「なぜ、蒲団を採用
したのか」を論じて欲しいと考えます。もし、このホームページを眺めてくれている人たちの地方で、 蒲団を、あるいは蒲団に似たような奉納物等を採用している地方があれば、是非とも「談話室・ TBK」にてご教示いただきたいと思います。
※検討していただく参考の資料として、次の2点を追加させていただきます。
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これは、「新居浜太鼓台の周辺」(『新居浜太鼓台』H2 新居浜市立図書館・刊)の207〜208n
でも論及していますが、未だに手付かず状態です。 ![]()
これは、13世紀以前のもの(説によれば763年)で、絹糸に金糸を交えたものとされていま
す。船上に櫓組みがあり、四本柱も備わっていて、逆台形状の座部が認められます。上には仏 様が座しています。
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