言語辞典の編集著作権
「『アメリカ語要語集』事件」
昭和59年05月14日東京地方裁判所(昭和50(ワ)480)
「『アメリカ語要語集』事件(2)」
昭和60年11月14日東京高等裁判所(昭和59(ネ)1446)
【ポイント・論点】
・先行する同種の辞典中に掲げられている特定の語法の「文例」を同じ語法の「文例」として自己の編集する辞典に取り込む行為は、当該先行辞典の編集者が行った選択行為に依拠したものとして、その編集著作権の侵害行為に該当するか。
【シラバス(裁判要旨)】
・先行する同種の辞典中に掲げられている特定の語法の文例を同じ語法の文例として自己の編集する辞典に取り込む行為は、当該辞典の編集者が行った選択行為に依拠したものというべきである。
・例えば見出し語に対する文例が多数ありうるものであって、選択の幅が広いというように、当該素材の性質上、編集者の編集基準に基づく独自の選択を受け容れうるものであり、その選択によって編集物に創作性を認めることができる場合と、例えば見出し語に対する文例選択の幅が狭く、当該編集者と同一の立場にある他の編集者を置き換えてみても、おおむね同様の選択に到達するであろうと考えられ、したがってその選択によって編集物に創作性を認めることができない場合があり、後者の場合、先行する辞典の選択を参照して後行の辞典を編集しても、特に問題とするに足りないが、前者の場合において、後行の辞典が先行する辞典の選択した素材をそのまま又は一部修正して採用し、その数量、範囲ないし頻度が社会観念上許容することができない程度に達するときは、その素材の選択に払われた先行する辞典の創造的な精神活動を単純に模倣することによってその編集著作権を侵害するものというべきである。
【判決文(原審)】
(注) 下線がある場合、それは筆者によるものです。
理 由
一 成立に争いのない甲第一号証によれば、「アメリカ語要語集」と題する書籍が昭和30年8月20日に研究社出版株式会社から発行されたこと、同書には著作者として原告の氏名が表示されていることが認められ、また、成立に争いのない甲第二号証によれば、「アメリカ語人門」と題する書籍が昭和45年11月15日に株式会社三省堂から発行されたこと、同書には著者として原告の氏名が表示されていることが認められる。これらの事実によれば、原告が右各書籍の原稿(以下、単に「要語集」又は「アメリカ語人門」というときは、これらを指す。)を右各日時までに執筆したことが推認される。
二 そこで、「要語集」と「アメリカ語入門」の著作物性について検討する。
1 「要語集」
(一) 前記甲第一号証によれば、「要語集」は、3000前後の標準的なアメリカ語の単語、熟語、慣用句を使用頻度に従って選び出した上、これらを見出し語としてアルフアベツト順に配列し、各見出し語に続けて、その日本語訳を付し、その大部分のものについて、見出し語を用いた慣用句、文例及びこれらの日本語訳を付し、場合により、見出し語の発音記号、見出し語の各日本語訳に対応する英語による言換え、語法の簡単な説明等をした「註」、「注意」等をも付したアメリカ語に関する英和辞典の一種であること、並びに右の文例は、昭和21年ころから昭和29年ころまでの間にわたり、ニユーズ・ウイーク、タイム、リーダーズ・ダイジエスト、ニユーヨーク・タイムズ等の雑誌、新聞やわが国の大学入試問題等に掲載された文章の中から、原告自身が適切であると考えたものを選択したものであることが認められる。
(二) 右の認定の事実と前記一の事実によれば、「要語集」は、原告がアメリカ語を素材にしてその選択と配列に創意をこらして創作した一個の編集著作物と認めることができる。
原告は、「要語集」に掲げられたアメリカ語の新しい語法及び文例について著作権及び著作者人格権を有する旨主張するけれども、アメリカ語の新しい語法を示すものとして原告が集録した単語、熟語、慣用句は言語それ自体を表記したに過ぎないものであつて、原告の思想又は感情の表現ではないことが明らかであるし、文例も原告が創作したものではないこと前記認定のとおりであるから、原告の右主張は失当である。
なお、単語、熟語、慣用句、文例等の日本語訳及び見出し語の英語による言換えは、原告の知的活動の結果表現されたものであると考えられるが、いずれも、日常的によく用いられている単語、熟語、慣用句又は短文の英語を日本訳又は他の英語に置き換えたものであつて、長い文章の翻訳と異なり、英語の語意を正しく理解する能力を有する者であれば、誰が行つても同様のものになると認められるから、原告のみの創作的表現ということはできない。
2 「アメリカ語入門」
(一) 前記甲第二号証によれば、「アメリカ語入門」は、別紙(三)記載の全10章から成り、各章において、アメリカ語の単語、熟語、文型等に関する合計113の項目を掲げて、これらにつき、スミス、太郎及び花子の討論という形式を用いた例文その他の用例を示しながら、その語法の解説を加え、また、各章の末尾には、これらの単語等を用いた和文英語の練習問題を、巻末にはその解答を掲げたことなどを内容とする著作物であり、全体として、アメリカ語特有の語法についての入門的解説書という性格を有することが認められる。
(二)右認定の事実と前記一の事実によれば、「アメリカ語入門」は、原告の学識に基づき原告が創作した著作物と認めることができる。
原告は「アメリカ語入門」についても編集著作権を有する旨主張し、確かにこれに収録された単語、熟語、慣用句、文例等について素材の選択、配列という要素が考えられないわけではないが、その著作の内容に照らせば、これらは一個の著作物の内容の成分となっていることが認められ、これらがあるからといつて「アメリカ語入門」を編集著作物としても観念しうるものというのは相当でなく、原告の右主張は失当である。また、同書中に収録された前記単語、熟語、慣用句、文例等は、「要語集」について前述したのと同様の理由で、それ自体が原告の著作物であると認めることはできない。
三 請求の原因5については、当事者間に争いがない。
成立に争いのない甲第三号証によれば、被告辞典は、約6500のマスメデイアで頻繁に使われる英語の単語、熟語を見出し語として選び出した上、これらをアルフアベツト順に配列し、各見出し語に続けて、その日本語訳、各日本語訳に対応する英語による言換えを付し、また、その相当部分のものについて、見出し語を用いた慣用句、文例及びこれらの日本語訳を付し、更に、場合により、見出し語の原意、注等をも付した部分と、重要時事英単語約3000をアルフアベツト順に配列し、これらに日本語訳を付した重要時事単語集の部分、英語等の略語をアルフアベツト順に配列し、これらに日本語訳とその非省略形とを付した略語表の部分と、時事和単語を五十音順に配列し、これらに英語訳を付し、場合により若干の応用句、文例等をも付した和英時事要語集の部分等からなるものであることが認められる。そして、このうち、最初に掲げた部分は、時事英語に関する英和辞典の一種であると認められる(以下、被告辞典とは、原則としてこの部分をいうものとする。)。
四 そこで、まず、被告らの請求の原因5の行為が、「要語集」について原告の有する権利を侵害するか否かについて検討する。
1 前記甲第一、第三号証によれば、被告辞典には、「要語集」と、見出し語、慣用句、これらの日本語訳、これらに付された英語による言換え等の各素材(文例については、後述するので、ここでは除く。)において、同一又は類似のものが多数収録されているが、他方、同一又は類似でないものも多数収録されていること、これらの素材の配列については、基本的配列方法は類似しているが、各見出し語ごとに具体的に見れば、相当異なつていることが認められる。
右の見出し語、慣用句、これらの日本語訳等の各素材自体については、原告が何ら著作権や著作者人格権を有するものでないことは、前判示のとおりである。
そして、右に認定したとおり、「要語集」と被告辞典は、いずれも、英和辞典の性格を有するが、前者が新聞、雑誌等を基礎資料として標準的なアメリカ語を選択の対象とし、後者がマスメデイアで頻繁に使われる英語を選択の対象としたものであり、後者が前者の約二倍の見出し語を収録したものであつて、素材の選択において相異する部分もかなり多く、また、各見出し語ごとの具体的配列においても相当異なつていると認められるのであって、見出し語や慣用句等の選択、配列において両書間に一部共通するところがあるとしても、それのみをとらえて直ちに前者が後者の素材の選択、配列に依拠し、これを模倣したものであるとは認められず、他にこれを認めるに足る証拠はない。
なお、「要語集」中の「註」及び「注意」の部分が仮りに編集物である「要語集」の部分を構成する独立した原告の著作物ということができるとしても、被告辞典中に、右「註」又は「注意」の部分を模倣して執筆され、その複製、翻案等に当たるというべき部分が存することは本件証拠上認めることができない。もっとも、被告辞典の中には「要語集」中の「註」又は「注意」の部分に似ていると思われないでもない表現も存し、そのうち比較的近似しているものを抜粋すれば、別紙(四)のとおりであると認められる。しかしながら、別紙(四)から明らかなとおり、これらはいずれも語源、語意等を簡単に説明したものであり、語源、語意等自体は、客観的事実であって、原告の創作したものではないことは明らかであるから、これらの内容自体が前者と後者とで近似していることは、何ら異とするに足りないものというべきである。そして、これらの具体的表現は、これらが客観的事実を短文で説明したものであつて、誰が行っても大同小異のものとなると認められること、前記甲第一、第三号証によれば、これらは例外的に近似しているものであって、他に近似していない註等が多数存在していると認められることからして、前者が後者に依拠し、これを模倣したものということはできず、他にこれを認めるに足る証拠はない。
2 前記甲第一、第三号証によれば、被告辞典には、「要語集」に収録されている文例と同一又は類似の文例が多数収録されていることが認められるが、そのうち、明らかに慣用的文章と認められるもの、当該単語、熟語等に主語、述語等を付しただけの単純な文章等を除外したものを、A及びBの項について例示的に列挙すれば、別紙(五)のとおりである。
別紙(五)により、そこに掲げられた「要語集」の文例と被告辞典のこれに対応する文例とを対比すれば、これらは、当該見出し語たる単語又は熟語を用いた文章としては、他に多くの異なつた例があると思われるにもかかわらず、同一又は類似のものとなっていることが、明らかである。とりわけ、別紙(五)の2は、見出し語を用いた文章として特にその文章を採らなければならない必然性を有しないものであることが明らかであり、他の多くの文例も同様であると認められる。したがって、これらは、偶然に似たものであるとか、必然的に似たものであるとはいいえず、共通の素材を元にして、場合によりいずれか一方が一部加筆された上、収録されたものと推認するのが相当である。
ところで、「要語集」の文例の多くは、前記認定のとおり、アメリカの新聞、雑誌から選択されたものであり、前記甲第一号証によれば、」要語集」収録の文例に付された「N.T.」はニユーヨーク・タイムズを、「N.W.」はニユーズ・ウイークを、「R.D.」はリーダーズ・ダイジエストを示す略字であり、当該文例の出典を示したものであることが認められるから、別紙(五)記載の文例も、多くが昭和21年ないし昭和27年に発行されたタイム誌又は右の三つの新聞、雑誌に掲載された文章をそのまま転載したものであると認められる。これに対し、前記甲第三号証によれば、被告辞典は、昭和32年ないし昭和45年ころに発行されたニユーヨーク・タイムズ等の新聞、ニユーズ・ウイーク、タイム、リーダーズ・ダイジエスト等の雑誌に現われたイデイオムを精選して編集されたものであり、基準を置いた書籍は、「ウエブスター第三版」及び【B】と【C】共著の「デイクシヨナリ・アメリカン・スラング」であり、その他参考として書籍は、「ランダムハウス・デイクシヨナリ」、【D】と【E】共編の「ハンドブツク・オブ・アメリカン・イデイオムズ・アンド・イデイオマテイツク・ユースイツジ」、【F】編「ハンドブツク・オブ・エブリデイ・イデイオムズ」、高部義信編「米語ハンドブツク」などであると被告【A】自身が被告辞典の「はしがき」に記していることが認められる。そうすると、被告辞典中の別紙(五)の各文例が「要語集」の文例の出典である昭和21年ないし昭和27年に発行されたタイム誌、ニユーズ・ウイーク誌、リーダーズ・ダイジエスト誌及びニユーヨーク・タイムズ紙中の同一の文章から選択された可能性を肯定することはできない。そして、被告辞典編集の参考とされた書籍として、「要語集」の名は掲げられていないが、具体的に掲げられたもの以外にも参考とした書籍があつたことは、右認定により明らかであり、その中に「アメリカ英語要語辞典」(成立に争いのない甲第五九号証によれば、「要語集」の第三版以降の改題したものであると認められる。)が含まれていたことは、被告の否定しないところである。
以上の事実によれば、別紙(五)記載の被告辞典の文例は、「要語集」(「アメリカ英語要語辞典」)を参照し、そこに掲げられた同表記載の文例をそのまま又は一部修正の上、採用収録したものであると推認せざるをえず、これを覆すに足りる証拠はない。
そして、前記甲第一、第三号証によれば、被告辞典のCないしZの項に収録されている文例中にも、A及びBの項と同様、「要語集」に収録されている文例から採用されたものと推認せざるをえないものが、相当数存在すると認められる。
3 右認定の事実と成立に争いのない甲第八号証によれば、被告【A】が被告辞典に収録した文例の選択は、前記の新聞、雑誌を資料としたほか、各種の辞典、英語に関する文献を基準、参考として行われたものと認められるところ、これらの多くの資料の一つとして「要語集」が使用され、そこからも一部の相当数の文例が選択されたものと認めざるをえない。
右の「要語集」から一部の文例を選択した行為は、新聞、雑誌から文例を選択した行為と同視すべきものではない。なぜなら、新聞、雑誌は、英語の語法について一定の方針の下に文章が選択され、編集されたものではないことが明らかであるから、その膨大な文章中から特定の語法の文例を選択することは、独自の創作性を有する選択行為であって、何ら新聞、雑誌の編集者の編集行為に依拠したものではないが、先行する同種の辞典中に掲げられている特定の語法の文例を同じ語法の文例として自己の編集する辞典に取り込む行為は、当該辞典の編集者が行った選択行為に依拠したものというべきだからである。
ところで、一般に、学術的著作物においては、先人の学術的研究の成果、すなわち先行する学術著作物を参照し、これを参考として、後行の著作が行われることが多く、むしろ、良心的な学術的著作物ほど、右のように同種文献を参照し、参考とする度合が高いものというべく、その結果、著作物の内容も相当似かよったものとなることがありうるところである。そして、このこと自体は、学問の性質上、社会的に相当な行為であって、当然に許容され、これをもって、先人の学術的著作物を模倣したということはできない。編集著作物においても同様に、先人の学術的編集著作物を参考とした上で、自ら素材の選択を行った結果、相当似たものとなることがありうる。素材の選択の幅が限られている場合には、同一のものを選択しなければ、いずれか一方の学術的価値に疑問を生じることにもなりかねず、これをもつて先行の選択行為を模倣したというのは適当でない。これに対し、素材の選択の幅が広く、先人の著作物を参考とした上で、なお独自の選択を行うことがいくらでも可能であり、異なる素材を選択しても、それが適切なものである限り学術的価値をそこなうおそれがないときまで、安易に先人の選択した素材をそのまま又は一部修正して利用することは、その素材の選択に費やされた先人の努力に只乗りすることであり、学術的著作物といえども、先人の選択行為を模倣したとのそしりを免れないものというべきである。このことは、英和辞典の編集においても当てはまり、文例の選択に関していえば、慣用的文章については右の前者の選択の幅の狭い場合に該当し、慣用的でない文章については右の後者の選択の幅の広い場合に該当するというべきである。
以上の観点に立てば、前記の被告【A】が「要語集」に収録された文例のうちから相当数の文例をそのまま又は一部修正して被告辞典に収録した行為は、原告の文例の選択に依拠し、これを模倣したもので、その限度で、原告の有する「要語集」についての編集著作権を侵害するものといわなければならない。
したがつて、前記の被告会社が被告辞典を発行した行為も、原告の有する「要語集」についての編集著作権を右と同じ限度において侵害するものであると認められる。
4 以上のとおり、被告辞典中の別紙(五)記載の文例をはじめとする相当数の文例の選択が「要語集」の文例の選択に依拠し、これを模倣したものである以上、被告辞典中に、適当な方法により「要語集」の編集著作者である原告の氏名が表示されるべきであると認められるところ、前記甲第三号証によれば、原告の氏名は被告辞典中に表示されていないものと認められる。したがつて、被告【A】が被告辞典を執筆し、被告会社がこれを発行した行為は、原告の「要語集」について有する氏名表示権を侵害したものといわなければならない。
原告は、氏名表示権の侵害のほかに、同一性保持権の侵害をも主張しているが、前記甲第一、第三号証によれば、被告辞典は、前記の文例の選択における一部の模倣部分を除けば、「要語集」とは別個独立の編集著作物として成立していると認められるから、全体としてみれば、編集著作物としての「要語集」を改変したものと認めることはできず、右の一部の模倣部分のみをとらえて、同一性保持権の侵害ということはできず、他にこれを認めるに足る証拠はない。
五 次に、被告らの請求の原因5の行為が、「アメリカ語入門」について原告の有する権利を侵害するか否かについて検討するに、「アメリカ語入門」に記載のあるアメリカ語の単語、熟語、慣用句、文例及びこれらの日本語訳それ自体につき原告が著作権及び著作者人格権を有しないことは、前示のとおりであるから、被告辞典中にこれらと同一又は類似のものが収録されていても、このこと自体は原告の権利を侵害する理由となるものではなく、本件全証拠によっても被告辞典中に、「アメリカ語入門」に依拠し、これを模倣して執筆されたものと認むべき部分があるとは認められない。
したがつて、被告らの前記行為は、「アメリカ語入門」についての原告の著作権及び著作者人格権を侵害するものということはできない。
六 以上の事実によれば、被告【A】は、たとえ法律上許容される行為であるとの考えの下に前記の行為を行ったのであるとしても、「要語集」に依拠し、これを模倣して執筆したことについては認識があったものというほかはないから、前記侵害行為につき故意があったものと認められ、また、被告会社は、書籍の発行に当たり出版社として当然尽くすべき注意義務を怠ったものというべく、前記侵害行為につき過失があつたものと認められる。
したがつて、被告【A】及び被告会社は、原告の「要語集」についての編集著作権及び編集著作者としての氏名表示権を侵害したことにより原告が受けた損害を賠償すべき義務がある。
七 そこで、原告の損害額について検討する。
1 まず、前記編集著作権の侵害により原告が受けた損害の額は、被告らが前記編集著作権の侵害行為により受けた利益の額と同額と推定される。
原告は、被告【A】が被告辞典の執筆により被告会社から原稿料として68万円受領した旨主張し、被告【A】は受領した原稿料は50万円であつたと主張する。ところで、原告と被告会社との間において、被告会社が被告辞典を4000部印刷し、販売定価が一部1700円であつたこと、被告会社が被告【A】に原稿料として68万円を支払ったことはいずれも争いがなく、このことは弁論の全趣旨として被告【A】に対する関係で斟酌できるところ、この68万円との額は右印刷部数に定価を乗じた額の10パーセントに当たることは計算上明らかであり、一般に書籍出版に当たり初版発行の際出版社から著作権者に支払われる印税の率が発行部数に定価を乗じた額の10パーセントが通常であるとの当裁判所に顕著な事実に照らせば、被告会社が被告【A】に支払つた原稿料の額は68万円であると認められ、これを覆えすに足る証拠はない。そして、辞典の執筆には相当程度の必要経費が生ずることは自明であり、その額は原稿料の額の少くとも40パーセントをもって相当と認められるから、本件において、被告【A】は被告辞典の執筆により右原稿料68万円の60パーセントに当たる40万8000円の利益を得たものと認めることができ、前記侵害行為の態様に照らせば、侵害行為と相当因果関係のある利益は右利益額のうちの2万円をもつて相当と認められる。この利益額は原告が受けた損害と推定されるから、被告【A】は原告に対し右2万円を賠償すべき義務がある。
一方、被告会社が被告辞典の発行により利益を受けたことを認めるに足りる証拠はなく、原告の被告会社に対する財産的損害についての主張は理由がない。
2 次に、前記氏名表示権の侵害の事実によれば、原告は精神的損害を受けたものと推認される。
そして、次の各事実が認められる。
(一) 被告辞典が4000部印刷されたことは、原告、被告会社間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、被告【A】との関係においても、そのとおり認定することができる。
(二) 被告辞典の発行の10年以上前である昭和36年初めころに「要語集」が絶版とされたことは、原告の自認するところである。
(三) 前掲甲第八号証と弁論の全趣旨によれば、昭和47年11月17日付の書簡により被告【A】が原告に対し一応の陳謝の意を表し、被告辞典の絶版を確約し、被告辞典は同年末ころには絶版とされ、昭和49年夏ころにはその組版も廃棄されたことが認められる。
右の各事実と前記認定の諸事実を総合考慮すれば、原告の受けた精神的損害の慰藉料としては、被告【A】につき18円、被告会社につき10万円をもつて相当と認められる。
八 次に、謝罪広告の当否につき検討するに、前記認定の諸事実、特に、被告辞典が「要語集」に依拠したのは極くわずかな部分であったこと、「要語集」は侵害行為の当時既に絶版とされて約10年を経過していたこと、及び前示七2(三)の事実に鑑み、前記損害賠償に加え、謝罪広告を被告らにさせることは適当であると認めることはできない。
【判決文(控訴審)】
(注) 下線がある場合、それは筆者によるものです。
理 由
一 当裁判所は、控訴人の被控訴人らに対する各請求は、主文第一項記載の限度で正当として認容し、その余はいずれも失当として棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決の理由説示と同一であるから、ここにこれを引用する。
(以下、1〜14まで略)
15 同二一枚目表八行目の「ところで、」から二二枚目裏二行目の「べきである。」までを「ところで、言語辞典のような編集物の編集活動は、主として、それ自体特定人の著作権の客体となりえない、社会の文化資産としての言語、発音、語意、文例、語法などの言語的素材を当該辞典の利用目的に即して収集、選択し、これを一定の形に配列し、所要の説明を付加することなどから成り立つものであるが、例えば見出し語に対する文例が多数ありうるものであって、選択の幅が広いというように、当該素材の性質上、編集者の編集基準に基づく独自の選択を受け容れうるものであり、その選択によって編集物に創作性を認めることができる場合と例えば見出し語に対する文例選択の幅が狭く、当該編集者と同一の立場にある他の編集者を置き換えてみても、おおむね同様の選択に到達するであろうと考えられ、したがってその選択によって編集物に創作性を認めることができない場合がある。そして、後者の場合、先行する辞典の選択を参照して後行の辞典を編集しても、それは共通の素材を、それを処理する慣用的方法によって取り扱つたにすぎないから、特に問題とするに足りないが、前者の場合において、後行の辞典が先行する辞典の選択した素材をそのまま又は一部修正して採用し、その数量、範囲ないし頻度が社会観念上許容することができない程度に達するときは、その素材の選択に払われた先行する辞典の創造的な精神活動を単純に模倣することによってその編集著作権を侵害するものというべきである。」と改める。
16 (略)
17 同二六枚目裏一行目の「そして」から二七枚目表六行目の「れる。」までを次のとおり改める。
「そこで、慰藉料の額について検討するに、控訴人が『要語集』について有する編集著作権に対する被控訴人らの前記認定の侵害行為の態様及び程度、ならびに前記認定事実によれば、控訴人は、長年月にわたってアメリカの雑誌、新聞等を購読し、素材の選択及び配列に創意をこらして『要語集』を執筆、完成せしめたものであって、それに費やした労苦が多大のものであつたろうことは推測に難くなく、その創作活動は十分に尊重、保護されるべきものと考えられること、しかしながら、被告辞典の発行の約10年前である昭和36年初めころに『要語集』は絶版とされていること(このことは控訴人の自認するところである。)、被告辞典は、前記のとおり、4000部印刷されたが、被控訴人【A】は控訴人に対し、昭和47年11月17日付の書簡により一応の陳謝の意を表して、被告辞典の絶版を確約し、同辞典は同年末ころには絶版とされ、昭和49年夏ころにはその組版も廃棄されたこと(これらの事実は、前掲甲第八号証及び弁論の全趣旨により認められる。)、その他本件に顕れた諸般の事情を総合して勘案すると、控訴人が被った精神的苦痛に対し、被控訴人らが負担すべき慰藉料は、被控訴人【A】につき80万円、被控訴人会社につき40万円をもつて相当と認める。
なお、控訴人は、以上の財産的損害及び精神的損害とは別個に、被控訴人【A】に対し、懲罰的損害の賠償を請求しているが、我が国の法制度においては、民事責任と刑事責任とが峻別されており、民事責任は現実に生じた損害の填補を目的とするものに限られていて、懲罰的損害賠償請求なるものは認められていないから、控訴人の右請求は理由がない。」
18 同二七枚目表八行目の「特に、」から同裏一行目までを「特に、被控訴人らの前記侵害行為の当時『要語集』はすでに絶版とされて約10年を経過していたこと、被控訴人【A】は控訴人に対し、一応の陳謝の意を表していること、被告辞典は昭和47年末ころには絶版とされ、昭和49年夏ころにはその組版も廃棄されていることからすると、控訴人に対する名誉回復の措置としては、前記慰藉料の支払いをもって足り、それに加えてなお被控訴人らに謝罪広告の掲載を命ずる必要はないものというべきである。」と改める。
二 よつて、控訴人の本訴請求中当審において拡張した請求を除くその余の部分は、被控訴人【A】に対し合計金82万円、被控訴人会社に対し金40万円の各支払いを求める限度で正当であって認容すべきであるが、その余はいずれも失当として棄却すべきであり、これと異なる原判決を右のとおり変更し、当審において拡張した請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条本文、第九三条第一項本文、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
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