「パロディ」表現の可能性
「パロディ・モンタージュ写真事件」
昭和55年03月28日最高裁判所第三小法廷判決
(昭和51(オ)923損害賠償事件/結果:破棄差戻し)
【ポイント・論点】
・他人の写真著作物を改変して利用することによりモンタージュ写真を作成等することは、当該他人の著作者人格権(同一性保持権)の侵害に当たるか。
【シラバス(裁判要旨)】
・他人の写真著作物を改変して利用することによりモンタージュ写真を作成して発行した場合において、そのモンタージュ写真から当該他人の写真著作物における本質的な特徴自体を直接感得することができるときは、そのモンタージュ写真を一個の著作物とみることができるとしても、その作成発行は、当該他人の同意がない限り、その著作者人格権を侵害するものである。
【判決文】
(注) 下線がある場合、それは筆者によるものです。
そこで、原審の確定した前記事実に基づいて本件写真と本件モンタージユ写真とを対照して見ると、本件写真は、遠方に雪をかぶった山々が左右に連なり、その手前に雪におおわれた広い下り斜面が開けている山岳の風景及び右側の雪の斜面をあたかもスノータイヤの痕跡のようなシユプールを描いて滑降して来た六名のスキーヤーを俯瞰するような位置で撮影した画像で構成された点に特徴があると認められるカラーの写真であるのに対し、本件モンタージユ写真は、その左側のスキーヤーのいない風景部分の一部を省いたものの右上側で右シユプールの起点にあたる雪の斜面上縁に巨大なスノータイヤの写真を右斜面の背後に連なる山々の一部を隠しタイヤの上部が画面の外にはみ出すように重ね、これを白黒の写真に複写して作成した合成写真であるから、本件モンタージユ写真は、カラーの本件写真の一部を切除し、これに本件写真にないスノータイヤの写真を合成し、これを白黒の写真とした点において、本件写真に改変を加えて利用し作成されたものであるということができる。
ところで、本件写真は、右のように本件モンタージユ写真に取り込み利用されているのであるが、利用されている本件写真の部分(以下「本件写真部分」という。)は、右改変の結果としてその外面的な表現形式の点において本件写真自体と同一ではなくなったものの、本件写真の本質的な特徴を形成する雪の斜面を前記のようなシユプールを描いて滑降して来た六名のスキーヤーの部分及び山岳風景部分中、前者についてはその全部及び後者についてはなおその特徴をとどめるに足りる部分からなるものであるから、本件写真における表現形式上の本質的な特徴は、本件写真部分自体によってもこれを感得することができるものである。そして、本件モンタージユ写真は、これを一瞥しただけで本件写真部分にスノータイヤの写真を付加することにより作成されたものであることを看取しうるものであるから、前記のようにシユプールを右タイヤの痕跡に見立て、シユプールの起点にあたる部分に巨大なスノータイヤ一個を配することによって本件写真部分とタイヤとが相合して非現実的な世界を表現し、現実的な世界を表現する本件写真とは別個の思想、感情を表現するに至っているものであると見るとしても、なお本件モンタージユ写真から本件写真における本質的な特徴自体を直接感得することは十分できるものである。そうすると、本件写真の本質的な特徴は、本件写真部分が本件モンタージユ写真のなかに一体的に取り込み利用されている状態においてもそれ自体を直接感得しうるものであることが明らかであるから、被上告人のした前記のような本件写真の利用は、上告人が本件写真の著作者として保有する本件写真についての同一性保持権を侵害する改変であるといわなければならない。
(略)
なお、自己の著作物を創作するにあたり、他人の著作物を素材として利用することは勿論許されないことではないが、右他人の許諾なくして利用をすることが許されるのは、他人の著作物における表現形式上の本質的な特徴をそれ自体として直接感得させないような態様においてこれを利用する場合に限られるのであり、したがつて、上告人の同意がない限り、本件モンタージユ写真の作成にあたりなされた本件写真の前記改変利用をもつて正当とすることはできないし、また、例えば、本件写真部分とスノータイヤの写真とを合成した奇抜な表現形式の点に着目して本件モンタージユ写真に創作性を肯定し、本件モンタージユ写真を一個の著作物であるとみることができるとしても、本件モンタージユ写真のなかに本件写真の表現形式における本質的な特徴を直接感得することができること前記のとおりである以上、本件モンタージユ写真は本件写真をその表現形式に改変を加えて利用するものであつて、本件写真の同一性を害するものであるとするに妨げないものである。
―略―
裁判官環昌一の補足意見は、次のとおりである。
私は、以上に説示された当裁判所の見解が、一般にパロデイといわれている表現(その概念内容は必ずしも明確であるとはいいがたいと思われるが)のもつ意義や価値を故なく軽視したり否定することとなるものではないと考えるものである。しかしながら、一方において著作権を著作者の私権として保護すべきものとする要請と、他方において著作物が公共の財産としての一面をも有することに基づく社会的要請との調和をねらいとするものと考えられる著作権に関する実定法令(前記法30条1項第2の規定もその一例とみるべきものである。)に即して検討してみると、本件の場合のように、他人の著作物である写真(以下「原写真」という。)を目的としていわゆるフオト・モンタージユの技法によりパロデイ写真を作成するため、原写真の一部分をそのまま写真により複製して利用する場合には、写真というものの技術的性質から原写真のその部分をこれと寸分違わないかたちで取り込まざるをえないものであること、いわゆるパロデイの趣旨で原写真を取り込み利用するということは、必然的に原写真の外面的表現形式及び内面的表現形式にわたり多かれ少なかれ改変を加えるものであるとともに、写真が吾人の視覚に直接訴える表現媒体であるだけに、原写真を大きく取り込み利用するようなときには、原写真の完全性を損うものであるとの評価を免れることができず、しかも、右改変について原写真の著作者の同意を得ることは事の性質上不可能といってもよいと考えられること、他方、原写真の同一性がもはや完全に失われたと認められるほど細分された原写真の部分を利用してモンタージユしたのでは、恐らくそのパロデイとしての意義は著しく低くならざるをえないと思われること等の諸点を勘案すると、写真である原著作物を目的としてするフオト・モンタージユの技法によるパロデイといわれる表現には、前記のような写真の技術的性質及び写真が吾人の視覚に直接訴える表現媒体であることに起因して、原写真の著作者の著作者人格権、特にいわゆる同一性保持権との関連における宿命的な限界があると考えるほかはない。このような見地からすれば、本件モンタージユ写真は、右の限界を超えるものといわざるをえないものであり、その本件写真のパロデイとしての意義・価値を評価することはよいとしても、そのため、明文上の根拠なくして本件写真の著作者である上告人の著作者人格権を否定する結果となる解釈を採ることは、前述した実定法令の所期する調和を破るものであり、被上告人の一方に偏したものとして肯認しがたいところというべきである。また、このように解しても、本件において被上告人の意図するようなパロデイとしての表現の途が全く閉ざされるものとは考えられない(例えば、パロデイとしての表現上必要と考える範囲で本件写真の表現形式を模した写真を被上告人自ら撮影し、これにモンタージユの技法を施してするなどの方法が考えられよう。)から、上告人の一方に偏することとなるものでもないと思う。
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