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ホーム リスト << 重要判例要旨 最終更新 '08/06/25

著作権の権利濫用

「藤田画伯絵画複製事件(2)

昭和601017日東京高等裁判所(昭和59()2293


【ポイント・論点】

・著作権による権利行使(差止・廃棄請求権、損害賠償請求権の行使)について、権利濫用の成否が問題となった事例(結局、権利濫用を認めなかった)。


【判決文】

(注) 下線がある場合、それは筆者によるものです。

三 抗弁

1 (略)

2 権利濫用

  仮に、本訴絵画の利用が形式的には著作権侵害に当たるとしても、被控訴人の本件請求は、著作権の正当な権利行使の範囲を逸脱したものであつて、権利濫用として排斥されるべきである。

(一) 近代日本の美術史を体系的に編さんすることの公共的意義はきわめて高いものがあり、控訴人はかかる崇高な使命感から「原色現代日本の美術」を刊行するという企画を実現させた。

―以下、略

(二) そこで、控訴人は、【B】を最重要作家の一人としてその作品を鑑賞図版として掲載することを企画し、控訴人会社第一出版部美術編集長【F】は、再三に亘り礼を尽して、被控訴人に対し、【B】作品を本件書籍中に鑑賞図版として掲載することの許諾を求めた。

  ところが、被控訴人は、日本及び日本人ないし日本の美術界に対する悪感情と偏見から、正当な理由なくこれを拒否した。

  これに対し、控訴人は、「【B】画伯だけ特別扱いにして別個の画集にしてもよい。とにかく被控訴人の意向に添った形で出版する意思は充分あるので、具体的に協議したい。何とか協力して欲しい。」旨懇請したが、遂に被控訴人の許諾を得るに至らなかつた。

  被控訴人がこのように複製を許諾しなかつたことは、公けの文化財ともいうべき【B】作品を恣意により死蔵させる行為というべきである。被控訴人がきわめて恣意的に複製許諾を拒否したのは、今回が始めてではなく、被控訴人が展示や複製許諾について問題を多発させていることは、美術界では広く知られており、殆ど常識化しているといつてよい。このため、【B】作品が一般向けの美術集などに掲載されている例は、他の著名画家に比してはるかに少なく、作品が死蔵されているに等しい。

(三) (略)

(四) ところで、本件絵画の複製利用は、被控訴人が正当な理由なく掲載を拒否したことに端を発しているうえ、これによって被控訴人の蒙る損害は、前述(第二、二、3)のとおり、全くないか、あるとしてもほとんど無視できる程度のきわめて軽微なものにすぎない。

―以下、略

(五) このように、仮に本件絵画の複製が形式的には著作権侵害に当たるとしても、それはひとえに被控訴人が正当な理由なくきわめて恣意的に掲載を拒否したことに起因しており、しかも被控訴人には全く損害が発生していないか、あるいはきわめて軽微なものしかないにも拘らず、文化的所産である著作物を私物化し、きわめて高い社会的文化的価値を有する本件絵画の複製、本件書籍の頒布の差止・関係物件の廃棄及び損害賠償の請求をすることは、もはや正当な権利行使の範囲を逸脱したものと評すべく、本訴請求は権利濫用として排斥されるべきものである。

(六) ことに、差止・廃棄請求についていえば、著作権者が単に複製を許諾しないというにとどまらず、すすんで著作権侵害を理由に差止・廃棄請求権を行使した場合において、右行使の必要性及び著作権者の受けるべき利益(私益)の程度と、差止の対象となる複製物の有する公共的利益ないし差止等の結果生ずべき公共的損失や侵害者の不利益の程度とを比較衡量して、前者と後者が著しく均衡を失し、後者の方が甚だしく大であるときは、右請求権の行使は、権利濫用に当たるというべきである。


―略―


四 権利濫用の抗弁について

  前記認定事実によれば、「原色現代日本の美術」全18巻は、明治時代以降の近代日本の美術史を体系的に編さんしたものであり、本件書籍はその第7巻であって、関東大震災(大正12年)以降太平洋戦争の終結(昭和20年)までの日本人画家による主観主義的な写実あるいはフオーヴイズムの流れに立つ洋画を対象としたものであり、合計一万七五二五部販売され、美術に関心を有する読者の鑑賞と理解に寄与したものと認められる。

  そして、前掲甲第一号証、第一五及び第一六号証、乙第一号証、及び成立に争いのない甲第二七号証の一ないし四並びに原審における証人【C】の証言、被控訴人本人尋問の結果によれば、【B】は、本来粗目な麻布地であるカンヴアスの地肌を陶器の肌や和紙の質感さながらの乳白色の精妙なマテイエールに加工し、その上に浮世絵を思わせるような流麗な線描をもつて画像を表現した点に特質をもつエコール・ド・パリの画家として、世界的に高く評価され、第二次世界大戦前後日本に滞在したほかは、大正時代から昭和40年代にかけてパリを中心に制作活動をつづけたことが認められるから、控訴人が前記企画のもとに「原色現代日本の美術」を編さんするに当っては、【B】を欠くことのできない最重要作家の一人として、その絵画を掲載する方針で臨んだことは当然のことと理解しうるところであるが、控訴人の再三の懇請にも拘らず、【B】作品を右美術全集に掲載することについて被控訴人の承諾を得られなかつたことは、控訴人自ら認めるところである。

  そこで、被控訴人の不承諾の理由となった考え方とこれに対する一般の反応をみるに、成立に争いのない甲第二六号証、第三三号証の一、二、第三四号証の一ないし三及び原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、【B】は、生前、日本では同人の許諾なく個展が開催されたり画集が出版されていると指摘し、また、日本における【B】に対する批評、研究が浅薄であると批判し、日本の美術界全体に対し不信感を抱いており、被控訴人もそのような考え方を受け継いで、【B】作品の著作権問題に対処してきたが、本件書籍への本件絵画の掲載についても、世界的に評価された画家である【B】を単に日本の絵画の流れの中で位置づけるものと不満に思い、再三にわたる控訴人の懇請を受け入れず、掲載に応じなかったことが認められ、また、成立に争いのない乙第二及び第三号証、第八号証、第九号証の一ないし五、第一〇号証の一、二、第一一号証の一、二の各一ないし三、第一二号証の一ないし四、第一五号証の一ないし四、第一八号証(乙第八号証は原本の存在も争いがない。)によれば、被控訴人は日本における【B】作品の展示、出版物への掲載等について前記のような態度を一貫してとり続けたため、国内の美術館において予定した【B】作品の展示を取り止めたり、展覧会において【B】作品の複製物を掲載したカタログの頒布などを取り止めたり、出版社において美術出版物への【B】作品複製物の掲載を中止することを余儀なくされるという事態が発生し、日本の美術界の一部にこれが被控訴人の個人的感情に基づくものとの批判もあったことが認められる。また、前掲甲第二七号証の一ないし四、成立に争いのない甲第二八号証、第三〇ないし第三二号証の各一ないし三によれば、被控訴人が美術全集、美術史書、美術雑誌、教師用美術指導書等に【B】作品の掲載を承諾した事例も少くないことが認められるが、これらの承諾事例のすべてが不承諾事例と違って、【B】作品の正当な評価と取扱い方をしているので承諾を与えたと断ずることができるか疑問の残るところである。

  しかしながら、被控訴人の前記のような考え方ないし態度が美術界の一部において納得されない場合があり、また、被控訴人の諾否の基準が現実において完全には貫かれなかったとしても、そのことによって、被控訴人の【B】作品についての著作権を侵害することが許容されるということはありえない。もし、文化的価値の高い著作物が死蔵されるべきでないとして、著作権者の許諾なしにその利用が許容されるならば、権利として保護する必要性の高い著作物ほど、その侵害が容易に許容されるという不当な結果を招来しかねない。著作権法は、同法第1条所定の目的のもとに、著作権を権利として保護すると同時に、その保護期間を限定し、かつ、適法引用等著作物の公正な利用に意を用いた規定を設けており、著作権の保護期間内であっても、法の定める公正な利用の範囲内であれば、著作権者の許諾を要せず、著作物を利用することができるものとしているのであり、このような法の仕組みのもとにおいては、著作権者の許諾もなく、公正な利用の範囲をも逸脱して著作物を複製し、著作権を侵害する行為があつた場合にこれを公けの文化財あるいは文化的所産の利用の名のもとに許容すべき法的根拠はない。しかも、被控訴人は頑に複製物の掲載を拒否しているのではなく、現に数種の美術関係出版物に【B】作品の複製物が掲載されていることは前記認定のとおりであり、【B】作品を死蔵させているとすることは当たらない。また、控訴人の本件著作権侵害行為によって被控訴人の被った損害は、前記三2において説示するとおりであつて、軽微なものとすることはできない。
  したがつて、本件書籍の出版が前述するような文化的意義を有するものであつても、それが著作権侵害行為に該当する以上、前記認定の事情のもとにおいて、被控訴人が著作権侵害を理由に、控訴人に対し本訴を提起し、侵害の停止等必要な措置を請求し、かつ、侵害によって被った損害の賠償を請求することは、法律上認められる正当な権利の行使であって、これをもって権利濫用とすることはできない。控訴人の抗弁は以上の認定事実と相容れない事実に立脚し、独自の見解のもとに権利濫用を主張するものであり、とうてい採用することができない。