著作権重要判例要旨[トップに戻る]







「複製」の意義と既存の著作物への依拠性
「『ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー』事件」
昭和530907日最高裁判所第一小法廷判決昭和50()324)/昭和491224日東京高等裁判所(昭和43()1124 

 旧著作権法(明治32年法律第39号)の定めるところによれば、著作者は、その著作物を複製する権利を専有し、第三者が著作権者に無断でその著作物を複製するときは、偽作者として著作権侵害の責に任じなければならないとされているが、ここにいう著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいうと解すべきであるから、既存の著作物と同一性のある作品が作成されても、それが既存の著作物に依拠して再製されたものでないときは、その複製をしたことにはあたらず、著作権侵害の問題を生ずる余地はないところ、既存の著作物に接する機会がなく、従つて、その存在、内容を知らなかつた者は、これを知らなかつたことにつき過失があると否とにかかわらず、既存の著作物に依拠した作品を再製するに由ないものであるから、既存の著作物と同一性のある作品を作成しても、これにより著作権侵害の責に任じなければならないものではない
 ところで、原審の確定したところによれば、A楽曲又はその一部である甲曲は、わが国においては乙曲が被上告人Bによつて作曲された昭和38年当時に至るまで音楽の専門家又は愛好家の一部に知られていただけで、音楽の専門家又は愛好家であれば誰でもこれを知つていたほど著名ではなく、他方、被上告人Bは、内外のレコード、楽譜の厖大な量のコレクシヨンがある放送局に勤務し、昭和27年ころ一時レコード係を勤めたほか、昭和38年当時は演出部長として音楽番組を含むテレビ番組の企画製作についての責任を負い、かつ、その間流行歌の作詞作曲に従事していた者ではあるが、乙曲を作曲した当時A楽曲の存在を知つていたとしなければならないような特段の事情はなく、更に、甲曲と乙曲とを対比すると、動機を構成する旋律において類似する部分があるが、右類似部分の旋律は、A楽曲や乙曲を含むB楽曲のようないわゆる流行歌においてよく用いられている音型に属し、偶然類似のものがあらわれる可能性が少なくないうえ、乙曲には甲曲にみられない旋律が含まれている、というのであり、右事実によれば、被上告人Bにおいて乙曲の作曲前現に甲曲に接していたことは勿論、甲曲に接する機会があつたことも推認し難く、乙曲をもつて申曲に依拠して作曲された甲曲の複製物と断ずることはできないから、被上告人B、同株式会社Eが、上告人の主張するように、乙曲を含むB楽曲の複製を他に許諾したとしても、そのことから甲曲を含むA楽曲を複製してA楽曲についての著作権を侵害したということはできない。これと同趣旨の原判決は相当であつて、原判決に所論の違法はない。…

【参考:控訴審】

 
本件の主要の争点は、乙曲がA楽曲のうち甲曲の改作物であり、被控訴人【B】がこれを作成することにより控訴人のA楽曲に対する著作権(改作権)を侵害したか否かである。
 
ところで、著作権は、特許権が発明の「実施をする権利を専有」(特許法第68条)することを内容とするのに対し、著作物を「複製スルノ権利ヲ専有」(旧著作権法第1条)することを内容とする。そして、ここに「複製」とは複製者が著作物の存在、内容を知つていることを前提とし、「複製」の一態様である改作も同様である。したがつて、著作権(改作権)の侵害は、特許権の侵害と異なり、侵害者が著作物の存在、内容を知つていることを要件とする。そうだとすると、既存の著作物と偶然に内容が一致しまたは類似するものを作成しても、既存の著作物の存在、内容を知らず独自に作成した場合は、これを知らなかつたことに過失があるかどうかを問題にするまでもなく、著作権(改作権)の侵害にならないと解するのが相当である(大審院明治3855日判決参照)。
 
そこで、被控訴人【B】が乙曲を作成した当時A楽曲の存在、内容を知つていたか否かについて以下に判断する。
 
(略)
 
以上のとおりであるから、被控訴人【B】が乙曲を作成する前にA楽曲に接した蓋然性は大きいとはいえない。そうだとすると、乙曲が甲曲を知らなければ作成できない程度に甲曲に類似していることが認められない限り、乙曲を作成した当時、被控訴人【B】がA楽曲の存在、内容を知つていたと認めることはできない











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