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パブリシティ権(2)
「競走馬名パブリシティ権事件-名古屋事件-」平成120119日名古屋地方裁判所(平成10()527 

 固有の名声、社会的評価、知名度等を獲得した著名人の氏名、肖像を商品の宣伝、広告に利用し、あるいは商品そのものに付することにより、当該商品の販売促進に効果をもたらすことがあることは一般によく知られている。これは、著名人に対して大衆が抱く関心や好感、憧憬、崇敬等の感情が当該著名人を表示する氏名、肖像等に波及し、ひいては当該著名人の氏名、肖像等と関連づけられた商品に対する関心や所有願望として大衆を当該商品に向けて吸引する力を発揮してその販売促進に効果をもたらす結果であると理解できる。その結果、著名人の氏名、肖像等は、当該著名人を象徴する個人識別情報としてそれ自体が顧客吸引力を持つようになり、一個の独立した経済的利益ないし価値を具備することになる。そして、このような著名人の氏名、肖像等が持つこのような経済的な利益ないし価値は著名人自身の名声、社会的評価、知名度等から派生するものということができるから、著名人がこの経済的利益ないし価値を自己に帰属する固有の利益ないし権利と考え、他人の不当な使用を排除する排他的な支配権を主張することは正当な欲求であり、このような経済的利益ないし価値は、現行法上これを権利として認める規定は存しないものの、財産的な利益ないし権利として保護されるべきである。このように著名人がその氏名、肖像その他の顧客吸引力のある個人識別情報の有する経済的利益ないし価値(パブリシティの価値)を排他的に支配する権利がいわゆる「パブリシティ権」と称されるものである(東京高裁平成3926日判決、同平成11224日判決参照)。
 
そして、パブリシティ権は、排他的にパブリシティの価値を支配する権利であるから、無断で氏名、肖像その他顧客吸引力のある個人識別情報を利用するなどパブリシティの価値を侵害する行為がなされた場合には、不法行為に基づく損害賠償請求権が認められるのみならず、当該侵害行為の差止めや侵害物の廃棄等を求めることができるとされている。
 
パブリシティ権が認められるに至ったのは、著名人に対して大衆が抱く関心や好感、憧憬、崇敬等の感情が当該著名人を表示する氏名、肖像等に波及し、ひいては当該著名人の氏名、肖像等と関連づけられた商品に対する関心や所有願望として大衆を当該商品に向けて吸引する力を発揮してその販売を促進する効果をもたらす結果、氏名、肖像その他の顧客吸引力のある個人識別情報そのものが経済的利益ないし価値を有するものと観念されるに至ったものである。
 
そうであるとするならば、大衆が、著名人に対すると同様に、競走馬などの動物を含む特定の物に対し、関心や好感、憧憬等の感情を抱き、右感情が特定の物の名称等と関連づけられた商品に対する関心や所有願望として、大衆を当該商品に向けて吸引する力を発揮してその販売促進に効果をもたらすような場合においては、当該物の名称等そのものが顧客吸引力を有し、経済的利益ないし価値(パブリシティの価値)を有するものと観念されるに至ることもあると思われる。
 
すなわち、パブリシティ権は、アメリカの判例法上承認され、認められてきたものであり、わが国の判例においても、芸能人について、パブリシティの権利が認められたが、プロ野球の選手、サッカーのJリーグの選手をはじめとして、著名なプロスポーツ選手についても、その氏名、肖像に同様の顧客吸引力があり、パブリシティの権利を有するものと認められていることは、公知の事実である。…によれば、プロ野球の球団名や選手名等、Jリーグのクラブ名、選手名等を、ゲームソフトで使用するについて、社団法人日本野球機構及び社団法人日本プロサッカーリーグが、それぞれゲームソフト製作販売会社との間において、一定額の使用許諾料を支払う旨の契約が締結されているが、これはプロ野球の選手やJリーグのサッカー選手がパブリシティ権を有することの現れである。
 
ところで、競馬は、騎手が競走馬に騎乗して速さを競うものであるが、大衆の関心は、騎手のみならず、競走馬そのものに対しても集まり、重賞レースに優勝するなど、競争に強い馬の知名度、好感度は増し、プロスポーツ選手同様にファンからスター扱いされていることは、公知の事実である。このような競走馬の人気を商業的に利用しようとした場合には、著名人と同様な顧客吸引力を発揮するものと思われる。
 
このように、「著名人」でない「物」の名称等についても、パブリシティの価値が認められる場合があり、およそ「物」についてパブリシティ権を認める余地がないということはできない。また、著名人について認められるパブリシティ権は、プライバシー権や肖像権といった人格権とは別個独立の経済的価値と解されているから、必ずしも、パブリシティの価値を有するものを人格権を有する「著名人」に限定する理由はないものといわなければならない。
 
このような物の名称等がもつパブリシティの価値は、その物の名声、社会的評価、知名度等から派生するものということができるから、その物の所有者(後述のとおり、物が消滅したときは所有していた者が権利者になる。)に帰属する財産的な利益ないし権利として、保護すべきである。
 
このような、物の名称等の顧客吸引力のある情報の有する経済的利益ないし価値を支配する権利は、従来の「パブリシティ権」の定義には含まれないものであるが、これに準じて、広義の「パブリシティ権」として、保護の対象とすることができるものと解される(以下「パブリシティ権」とは、断らない限り、広義のそれを意味するものとする。)。
 
このような見解については、その物の名称等を利用することにより、その物の価値が希薄化する(ダイリューション)することはないから、その物の価値を害するような利用方法(ポリューション)でない限り、何人も顧客吸引力を有する物を自由に利用し得るものであり(フリーライドは違法でない。)、その物の所有者が排他的にパブリシティの価値を支配する権利はないとの見解があり、被告の主張中には、これと同様の趣旨の主張がある。
 しかしながら、「物」一般について、物の有する顧客吸引力について所有者以外の者が利用するのは自由であるという根拠はなく、その物の内容、顧客吸引力の程度とこれを備えるに至った事情によっては、所有者以外による顧客吸引力の利用は制約されるべきであるとの商業的通念が形成される場合もあるのであり、顧客吸引力が主としてその運動能力により形成され、広い範囲の大衆の人気を得ているなど、他のプロスポーツ選手の場合と現象的には異ならない本件のような競走馬については、顧客吸引力の商業的利用の制限についての通念が形成されている可能性が大であり、どのような利用も違法にはならないと断言することはできない。
 
次に、被告は、現行法上「物のパブリシティ権」を権利として認める規定は存しないし、標章であれば商標法により、商号であれば商法により、著作権(著作隣接権を含む。)であれば著作権法により、あるいは不正競争防止法により、法的に保護が図られるのであるから、それ以外の権利を創設すべきではないと主張する。
 
なるほど、現行法上、商標法、商法等により氏名、肖像等の経済的価値を把握し、これを利用することを積極的に保護しているが、商標法による保護は、それが指定商品又は指定役務について商標登録された場合にのみその範囲において認められるものであり、商法による保護は商人が営業活動をするについて用いる商号に限られるし、不正競争防止法による保護を受けるためには、それが同法にいう需要者の間に広く認識された商品等表示に該当し、かつこれと同一又は類似の商品等表示を使用する等して商品又は類似の商品等表示を使用する等の行為がされる場合に限られる。また、物の名称等は、思想、感情の表現でなく、著作物性が認められないから、著作権法(著作隣接権を含む。)の保護を受けない。このように、商標法、商法、不正競争防止法、著作権法など現行の知的財産権法による権利だけでは、前記経済的価値の保護に十分ではない。
 
たしかに、「物のパブリシティ権」は新たな権利であり、公示手段の不明確性とあいまって種々の問題があり、その権利の主体や客体、成立要件や権利期間、譲渡方法、公示方法、侵害手段等が明確にされる必要がある。
 
しかし、社会状況の変化により、新たな権利が認められてきたことは、歴史的事実であって、その価値ないし利益が社会的に容認されるものであり、かつ、その社会において成熟したものであれば、これを保護する必要があり、また社会的正義にもかなうものと解される。
 
そこで、物の名称、肖像等が顧客吸引力を有する場合の、成立要件、効果としての権利期間、救済手段、譲渡の効果等はどのようなものと解すべきかを確定することが必要となる。前記のとおり、物についてのパブリシティ権が認められる根拠は著名人のそれと同様であるから、基本的に同様に解することが可能であるが、物であることにより生ずる差異もあるので、どのような点で異なるか、その前提として、いわゆる物についてのパブリシティ権の性質について検討する。
 
著名人に関するパブリシティ権は、人格権として認められるプライバシー権や肖像権とは別個独立の経済的価値として把握されるものの、パブリシティの価値が著名人自身の名声、社会的評価、知名度等から派生することから、著名人がこれを自己に帰属する固有の利益ないし権利と考えるのは自然であるとして、その発生の時から人格権の主体である当該著名人に帰属するものとされており、人格権の帰属と表裏一体の密接な関係を有するものとして認められる。これに対し、物については、人格権を観念することはできず、物に対する所有権との関係で考慮する必要がある。
 
原告らは、本件各競走馬の馬名等のパブリシティ価値を、所有権に含まれると主張している。しかしながら、所有権は、有体物をその客体とする権利であるから(民法206条、85条)、パブリシティ価値のような無体物(無体財産権)を権利の内容として含むものではない(最高裁昭和59120日判決参照)。したがって、パブリシティ価値は、所有権の内容の一部であるとは観念できず、所有権とは別個の性質の権利であると解するほかない。ただし、パブリシティ価値は、飽くまでも物自体の名称等によって生ずるのであり、所有権と離れて観念することはできないものといわざるを得ず、所有権に付随する性質を有するものと解される。
 
よって、著名人のパブリシティ権と、物についてのパブリシティ権とでは、その性質が人格権との密接な関係か、所有権との密接な関係かで、差異が生ずるものと解される。具体的には、以下で述べるとおり、救済手段として差止請求ができるかどうか、所有権が移転した場合に移転するかどうかの点で異なるものと解される。
 
以下、物についてのパブリシティ権の、@成立要件、A侵害があった場合の救済手段、B譲渡による効果、C権利期間等はどのようなものか検討する。
() 成立要件
 
物に関する名称等にパブリシティ権が成立するための要件としては、著名人にパブリシティ権が成立する要件と同様となるものと解される。つまり、大衆が、特定の物に対し、関心や好感、憧憬、崇敬等の感情を抱き、右感情が特定の物の名称等と関連づけられた商品に対する関心や所有願望として、大衆を当該商品に向けて吸引する力を発揮してその販売促進に効果をもたらすような場合であって、物の名称等が固有の名声、社会的評価、知名度等を獲得して、それ自体が顧客吸引力を持つと客観的に認められることが必要であるものと解される。
 
そして、物がそのような顧客吸引力を有すると認められる場合、これを経済的に利用できる者は、その物の所有者であるから、パブリシティ権は、その物の所有者に帰属するものである。
() 権利の移転
 
物に関するパブリシティ権は、その物が顧客吸引力を有している限り、日々発生するから、物の譲渡などにより、所有権が移転した場合には、特段の合意がない限り、移転の日以前の分は、以前の所有者に残るが、以後のパブリシティ権は新所有者に移転する。
() 権利対象の消滅
 
物に関するパブリシティ権は、対象が消滅した場合であっても、パブリシティ価値が存続している限り、対象が消滅した時点における所有者が、パブリシティ権を主張できるものと解する。
() 救済手段
 
物に関するパブリシティ権が侵害された場合に権利者がとり得る手段としては、不法行為に基づく損害賠償を請求することは認められるものの、差止めは許されないものと解する。
 
たしかに、パブリシティ権を排他的支配権と理解すれば、これを侵害する者に対し、その排除を求めることができるとすることが権利の実効性を果たすために必要である。物権に基づく妨害排除請求権や知的所有権や人格権に基づく差止請求権が認められる理由の一つもこのようなものである。
 
しかしながら、差止めが認められことにより侵害される利益も多大なものになるおそれがあり、不正競争防止法による差止請求権の付与など、法律上の規定なくしては、これを認めることはできず、物権や人格権、知的所有権と同様に解するためには、それと同様の社会的必要性・許容性が求められる。
 
ましてや、物権法定主義(民法175条)により新たな物権の創設は原則として禁止されているのであり、所有権と密接に関わる権利である物についてのパブリシティ権は、慎重に考える必要がある。
 
結局、物のパブリシティ権が経済的価値を取得する権利にすぎないことを考慮すると、現段階においては、物についてのパブリシティ権に基づく差止めを認めることはできないものと解する。
 
ただし、物についてのパブリシティ権であっても、不法行為に基づく損害賠償の対象としての権利ないし法律上保護すべき利益には該当するものと認められるから、損害賠償は認められるものと解する。











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