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ゲームソフト表示画面の翻案性が問題となった事例(2)
「ファミコン用ゲームソフト『ファイアーエムブレム トラキア776』事件」
平成161124日東京高等裁判所(平成14()6311
※本件の原審はこちら 

 被控訴人ゲームはトラキアの翻案に該当するかどうか
(1) 翻案の意義及び判断基準
 
翻案とは,既存の著作物に依拠しながら,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる場合において,その新たな著作物を創作する行為をいうものであるが,新たな著作物が,思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において,既存の著作物と同一性を有するにすぎないときは,翻案には当たらないものというべきである(江差追分事件上告審判決参照)。
(2) ゲームソフトとしてのトラキアの内容
 
トラキアにおける表現上の本質的な特徴の現れた部分がどこかを判断するに当たり,ゲームソフトとしてのトラキアの内容について検討する。…によれば,トラキアの内容は,以下のとおりであると認めることができる(以下,「ストーリー」という用語は,原則としてゲームソフトの文章表示やセリフによって語られる物語若しくはシナリオをいうが,これを基礎にして影像展開などによる表現を加えたものから把握される物語をいうこともある。また,「ユニット」は「キャラクター」と同義で登場人物をいう。)。
 
(略)
(3) トラキアにおける表現上の本質的な特徴の現れた部分
 
ゲームソフトとしてのトラキアの表現上の本質的な特徴の現れた部分について,控訴人らは,戦闘マップの場面の一部である「戦闘マップをプレイする場面」の全体構成とその各場面の視聴覚的表現であると主張する。これに対し,被控訴人らは,トラキアは,ストーリー,ゲームシステム,各場面の影像表示,ユニット,音楽を主たる要素とする複合的な著作物であり,中でも最も重要な要素はストーリーであると主張する。そこで,以下,判断する。
 
上記(2)で認定のとおりのゲームソフトとしてのトラキアの内容によれば,トラキアは,著作権法23項に規定する「映画の効果に類似する視覚的又は視聴覚的効果を生じさせる方法で表現され…ている著作物」であるということができる(この点は当事者間に争いがない。)。また,上記認定によれば,トラキアの全体構成のうち,量的にも大部分を占め,影像が視聴覚的効果を与えつつ変化し,プレイヤーが多大な時間を費やしてプレイして楽しむ部分は,章立てで展開する戦闘マップの場面であり,中でも自軍ターンと敵軍ターンが交互に展開する「戦闘マップをプレイする場面」は,まさに,プレイヤーが自軍ユニットを操作し,敵軍と戦闘をして,ゲームの勝敗を決する場面であるから,トラキアのゲームソフトの中核をなす部分であると認めることができる。
 
次に,この「戦闘マップをプレイする場面」がどのような要素から構成されているかを検討する。上記(2)で認定したトラキアのゲーム内容によれば,トラキアの「戦闘マップをプレイする場面」においては,@背景画面一面に様々な地形や建物を描いた戦闘マップが表示され,Aそこに,自軍及び敵軍の様々なユニットが登場し,Bこのようなユニットが,ゲームシステムに基づいて,多彩な行動を繰り広げることによって,視覚的な効果をもたらす一連の影像が連続的に変化し,C全体としてのストーリーを踏まえ,当該戦闘マップで戦闘が行われることにより,ストーリーが展開し,D場面を通して奏でられている背景音楽が聴覚的な効果をもたらしているということができる。したがって,「戦闘マップをプレイする場面」は,以上の5つの要素が同期的に複合して形成されていると認めるのが相当である。なお,被控訴人らは,ゲームバランスもゲームの重要な要素であると主張するが,ゲームバランスはその概念があいまいであり(その具体的な意義・内容については的確な主張立証がない。),テレビゲームの客観的な考察分析上の概念として採用するに堪えるものではない。
 
そこで,以下,各要素の重要性につき検討する。
 
(ゲームシステムに基づき連続的に変化する一連の影像)
 
ゲームソフトであるトラキアは,「映画の効果に類似する視覚的又は視聴覚的効果を生じさせる方法で表現され…ている著作物」であり,またトラキアのプレイヤーは,自軍ユニットを操作して行動させ,敵と戦闘を行わせることにより,ゲームを楽しむものであるから,「戦闘マップをプレイする場面」においてゲームシステムに基づき視覚的に表現される一連の影像及びその全体構成が,トラキアの表現の本質をなす重要な構成要素であることは当然であり,この点は被控訴人らも争っていない。
 
(ストーリー)
 
当事者間に争いがあるのは,ストーリーが「戦闘マップをプレイする場面」を構成する要素として最も重要であるかどうかである。以下の理由により,ストーリーは,「戦闘マップをプレイする場面」を構成する重要な要素の一つであると認めることができる。
 
まず,トラキアがSRPGの分野に属することは当事者間に争いがない。…によれば,SRPGはRPG(架空世界の物語をプレイヤーが主人公などになって疑似体験するゲーム)とSLG(戦争,恋愛等を題材に実際の状況を設定し,その場の判断で展開させていくゲーム)の要素を併せ持つものであると認められるところ,トラキアにRPGとしての要素が含まれると理解されているのは,プレイヤーが,トラキアをプレイすることにより,主人公やその仲間と心理的に同化し,自らも物語に参加して,敵軍と戦いながら祖国の奪還を目指す気持ちになることができるからであると考えられる。したがって,トラキアは,プレイヤーによってその受け取り方にある程度の違いがあることは想像されるものの,ストーリーを重視するタイプのゲームソフトであるということができる。
 
(略)
 
これに対し,控訴人らは,トラキアのセリフ場面はキャンセル機能によりとばすことができるから,ストーリーは重要ではないと主張する。しかしながら,キャンセル機能は何回も同じマップをプレイしてその内容を暗記するに至ったプレイヤーのために設けられているものであり,上記のとおり,プレイヤーにとって,ストーリーは,ゲームの中の世界を疑似体験する上でも,また戦闘マップをクリアするためにも重要であることを考えれば,プレイヤーが当初の段階からセリフをキャンセルしてゲームをプレイするとは考えにくい。したがって,キャンセル機能があることは,ストーリーが重要な要素であることを否定する根拠とはならない。控訴人らは,ゲームシステムの制作段階の終盤においてもセリフを差し替えることは容易であるなどとも主張するが,仮にそのとおりであったとしても,そのことはトラキアにおけるストーリーの重要性を左右するものではない。
 
以上によれば,ストーリーは「戦闘マップをプレイする場面」を構成する本質的な要素と認めることができる。
 
(ユニット)
 
前記認定のとおり,トラキアでは90人以上のユニットが登場するが,中でも自軍ユニットは,それぞれ異なる名前,容姿,服装をし,戦闘能力や使う武器も異なるので,それぞれが個性的な存在であるということができる。そして,プレイヤーは,戦闘マップ上の戦闘において,好きなユニットを頻繁に使用して戦闘させることが可能なので,自軍ユニットの中で育てるユニットを決め,その成長を楽しむことができる。このように,プレイヤーが登場するユニットに強い思い入れを抱くことも少なくないことに照らすと,トラキアの登場ユニットは,その影像表示が小さく,静止画が多いことから,ゲームシステムに基づき視覚的に表現される一連の影像及びその全体構成やストーリーほどの重要性はないとしても,「戦闘マップをプレイする場面」における主要な要素の一つであるということができる。
 
(戦闘マップ)
 
戦闘マップの場面の背景として画面一面に表示される地形や建物のデザインは,画面の全体的な印象をプレイヤーに与える点で軽視できないが,それ自体が変化する影像ではなく,戦闘場面の背景をなすにすぎないことも考慮すると,ゲームシステムに基づき視覚的に表現される一連の影像及びその全体構成やストーリーに比較すると,その重要性はかなり低いものといわざるを得ない。
 
(音楽,効果音)
 
背景音楽,効果音は,ゲームを通じて流されるものであり,戦闘の臨場感を高めてゲームに聴覚的な効果をもたらすものではあるが,これまたあくまで背景的なものであり,特に音楽性に優れた特徴的なリズム・旋律等であったり,従来なかったような特殊な効果音であったりすれば格別,トラキアのように単調な音楽や効果音の繰返しである場合には,プレイヤーに与える印象は,他の諸要素に比較すると,かなり後退したものであると考えられる。
 
以上のとおり,「戦闘マップをプレイする場面」はトラキアの中核をなす部分であり,その構成要素として重要なのは,ゲームシステムに基づいて変化する影像及びその全体構成とストーリーであるということができる。
(4) 本件共通表現の検討に当たっての前提となる基本的な考え方
 
トラキアの本質的な特徴が現れる部分についての上記認定を踏まえ,控訴人らが主張する本件共通表現について検討することとするが,その前提となる基本的な考え方は以下のとおりである。
 
[創作性の判断]
 
前述したように,本件共通表現が,思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において共通するにすぎない場合には,翻案は成立しないと解すべきである。
 
著作権法上の著作物の要件である「創作性」については,著作権法に定義規定がないが,独創性を備えることまで必要であると解すると,著作権による保護の範囲を不当に限定することになりかねないことや,創作性の有無を画する客観的な判定基準を求めることは難しいことなどを考慮すると,表現者の個性が何らかの形で発揮されていれば,創作性自体は認めることができるものと解すべきである。
 
ただし,創作性の程度には自ずと幅があるのは当然であるから,当該著作物の著作権を新たな著作物が侵害したといえるかどうかを判断するに当たっては,当該著作物の保護の限度を画する要素として,その創作性の程度を考慮することは当然必要になるものと解される。すなわち,創作性の高い著作物については,その保護の範囲は拡大し,著作者の個性は現れているものの極めてわずかな創作性しかない著作物については,保護の範囲は極めて狭小なものに限定されると解するのが相当である。
 
[本件共通表現の判断対象]
 
控訴人らは,本件共通表現は,影像の動的変化と音を一つのまとまりとして連続影像で表現したものであるから,創作性の判断においては,一つのまとまりとして判断すべきであり,創作性を有する部分を創作性のない部分まで細分化して,その著作物性を否定すべきではないと主張する。
 
確かに,一つのまとまりのある著作物を細分化し,その各部分がアイデアないしありふれた表現にすぎないとして,全体としての創作性を否定することは誤りである。しかしながら,一つのまとまりのある著作物の創作性を判断するに当たり,その構成部分まで分解し,それぞれの構成部分を逐一考察して,創作性の有無程度を検討することは正当な分析方法である。控訴人らの主張は,まとまりのある一連の影像を構成する各影像の組合せに創作性を認める余地があるという意味では相当であるが,一つのまとまりのある著作物の個々の構成部分を考察すべきでないとの趣旨であれば失当というほかない(なお,控訴人らは,例えば小説や文章を単語のレベルまで細分化することの不当性をいうが,文章を構成するいくつかの単語が新規性と表現性に富んだ新造語であるため,全体の作品が創作性と表現性に富むこともあり,また,個々の単語に創作性がないとしても,例えば単語と単語という最小の組合せに特異性があれば(例えば「幸せのかたち」「小さい秋」などが初めて使われたとき等),創作性や表現性を十分に充足することになろう。「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という小説中の一節も,使う単語を厳選して,無数の表現の中からできるかぎり簡明な表現を選択し,その余を読者の類似体験や豊かな感性に託すことにより,高い創作性や表現性を備えるに至ったものであると理解でき,個々の構成部分を考慮することが不要ないし不当とは到底いえないのである。)。
 
[展開する影像の組合せと配列の著作物性]
 
控訴人らが主張する本件共通表現は,いずれも一つのまとまりをもった連続影像による視聴覚的表現の総体であるが,後に検討するように,各共通表現は,いずれも,一連のまとまった表現として把握される複数の影像が,プレイヤーの操作・選択により,又はあらかじめ設定されたプログラムに基づいて,連続的に展開することにより形成されているということができる。例えば,共通表現(6)は,後記(5-6)のとおり,自軍ユニットの待機ポーズの影像,プレイヤーの操作によりカーソルが移動する影像,カーソルを自軍ユニットに合わせると吹出しが表示される影像,移動コマンドの選択により自軍ユニットがその場動きをする影像,移動・攻撃可能範囲の影像,当該ユニットが移動先に移動する影像,当該ユニットが移動を終えて待機ポーズに切り替わる影像が,連続的に展開することにより形成されている。このように,一つの大きなまとまりとしての表現が,その構成部分として把握することができる複数の影像の展開により形成されている場合には,これを構成する各影像自体の創作性及び表現性のみならず,その組合せ・配列により表現される影像の変化も,著作権法による保護の対象となり得るものであることは,上述のとおり,当然である。したがって,この点についても検討することが必要かつ相当である
 
[ルールの表現性]
 
通常の映画の著作物と異なり,トラキアはゲームソフトであるから,当然のことながら,ルールが決められ,プレイヤーはルールに基づいてプレイする。例えば,トラキアでは死亡したユニットは生き返らないというルールがあり,それに基づいて,一度死亡したユニットはその後画面上に表示されないが,このようなゲームのルールはアイデアそのものであり,著作物ということはできず,ルールが具体的に表現したものがある場合に,はじめてその創作性等が問題となると解すべきである。
 
[ユーザーインターフェース]
 
ゲームソフトは,通常の映画と異なり,プレイヤーが参加して楽しむというインタラクティブ性を有しているため,プレイヤーが必要とする情報を表示し,又はプレイヤーの選択肢を表示するための画面(以下ではかかる意味で「ユーザーインターフェース」という言葉を用いる。)を表示する必要がある。このようなプレイヤーの便宜のための画面は,プレイヤーの操作の容易性や一覧性等の機能的な面を重視せざるを得ないため,作成者がその思想・感情を創作的に表現する範囲は自ずと限定的なものとならざるを得ず,特に特徴的あるいは独自性があると認められない限り,創作性は認められないというべきである。トラキアについていえば,ステータス表示,ユニットの一覧表示,縮小画面,会話を表示するための吹出し表示,名前等の情報を提供するための吹出し表示,コマンド選択のためのメニュー画面,武器メニューに関する画面,戦闘パラメータ表示,HPの数値の変化の表示,経験値の獲得の表示,クラスチェンジに伴う戦闘パラメータの変化の場面,アイテム交換の際のアイテムの表示画面等は,いずれもプレイヤーの判断に必要な情報を表示し,又はプレイヤーの選択肢を表示するものであるから,ユーザーインターフェースとしての性格を有しているというべきである。
 
[作風の同一性]
 
本件では,トラキアの実際の制作に被控訴人Aがどの程度関与したかについては当事者間に争いがあるが,…によれば,被控訴人Aはトラキアについても実質的な責任者として関与し,トラキアも被控訴人ゲームも,被控訴人Aの個性が色濃く反映した作品であると認めることができる。被控訴人らは,トラキアと被控訴人ゲームの類似性は作風の同一性にすぎず,制作者が同一人物であることは翻案該当性を否定する方向で斟酌すべきであると主張するところ,確かに,著作権法上の保護は,このような作品の作風や傾向といった抽象的な部分にまでは及ばないと解されるので,1人のゲームクリエイターが関与した2つの作品を比較して翻案該当性を判断する際には,その作風の類似性を翻案該当性の基礎としないように留意する必要がある。
 
しかしながら,ゲームクリエイターがゲームソフトを制作するに当たっては,自らが以前に制作して現在は他の者に著作権が帰属する作品の翻案を行うべきでないことは当然であり,かつ,それは可能であると考えられる。したがって,原著作物と二次的著作物の実質的な著作者が同一であることは,翻案の判断基準に基本的な変更を迫るものではないと解される。
 
[相違点の考慮]
 
翻案権とは,原著作物を利用して創作性を加え,別個の著作物を創作する権利であるから,二次的な著作物に新たな表現が付加されたからといって,直ちに翻案該当性が否定されるわけではない。しかしながら,新たな表現が付加されることにより,二次的な著作物が原著作物との同一性を失い,これに接する者が著作物全体から受ける印象を異にすると認められるときは,二次的な著作物から原著作物の創作的特徴を直接感得することはできないから,その二次的著作物はもはや原著作物の複製ないし翻案ということはできないと解すべきである。
(5) 本件共通表現についての検討
 
上記のとおりの基本的な考え方に基づき,以下では,控訴人らの主張する個々の本件共通表現に即して,トラキアと被控訴人ゲーム(以下,「両ゲーム」とはトラキアと被控訴人ゲームをいう。)との共通表現の認定,その表現性,創作性の存否及び程度,相違点について検討する。
(5-1) 登場ユニット
 
(略)
 
以上のとおり,控訴人らが主張するところのユニットに関する共通部分は,いずれもその共通する部分がアイデアにすぎないか,有意な創作性を有するとは認められないものであり,両ゲームのユニットが全体として同一性,類似性があるとは認めがたい。むしろ,両ゲームに登場する具体的なユニットは,それぞれが異なる名前,容姿,服装,性格,武器,戦闘能力等を有する存在であり,異なるユニットとして認識することが相当なものである。
(5-2) ゲームの全体構成とその各場面の表現
 
(略)
(5-3) 基本ストーリー
 
…によれば,両ゲームのゲーム概要は,共通表現(3)記載の内容において共通しているということができる。すなわち,両ゲームは,「亡国の少年王子が,ペガサスユニット,ドラゴンユニット,魔道士ユニット等も登場するファンタジーな世界を背景とし,架空の大陸における架空の小王国,小公国,小領主国間の戦乱を舞台として,戦闘等を行って仲間を増やし,成長させ,敵側を制圧する。」という概要において共通している。
 
しかしながら,上記概要は,抽象的な粗筋の域を超えるものではなく,具体的なストーリーについてみれば,トラキアのストーリーは前記認定のとおりであり,被控訴人ゲームのストーリーは,「…」というものである。
 
このように,両ゲームは,ストーリーを抽象化した粗筋としては共通するが,この粗筋は著作物として保護するには抽象的すぎるというべきであり,著作物としての創作性を有する具体的なストーリーにおいては両ゲームは異なることは明らかである。また,…によれば,両ゲームは,各章ごとのストーリー展開という点においても,類似していないことが認められる。
 
ストーリーは,著作者が創作性を発揮し得る幅が大きいものであり,両ゲームのストーリーの創作性も高いと認められるところ,両ゲームはかかる創作性の高いストーリーにおいて相違しているということができる。
(5-4) 「戦闘マップをプレイする場面」の全体構成とその各場面の表現
 
(略)
 
以上によれば,「戦闘マップをプレイする場面」の全体構成とその各場面の表現に関し,両ゲームには共通する点もあるが,その全体構成はありふれたものであり,上記で検討した各場面の表現にも格別な創作性を認めることはできない。なお,「戦闘マップをプレイする場面」における待機,攻撃,その他の行動に関する共通部分については,(56)以下で検討する。
(5-5) 控訴人らの主張する「本質的ストーリー」
 
控訴人らは,両ゲームは「本質的ストーリー」において共通すると主張する。控訴人らは,「本質的ストーリー」とは,プレイヤーが「戦闘マップをプレイする場面」をプレイした際に,ディスプレイ上に現れるプレイの遊戯内容を通じて感得されるものであり,プレイヤーに非常に強い感情移入を起こさせるものであると主張する。しかしながら,控訴人らが主張する「本質的ストーリー」は抽象的かつあいまいなものであり,…(いずれも控訴人イズの開発部担当者作成の陳述書)を精査しても,具体的な影像表現,ユニット,ストーリーなどとは別に「本質的ストーリー」の意義内容を具体的かつ一義的に把握することはできない。
 
もとより,ゲームソフトは一定の需要者集団を想定して,難易度が設定されているが,ゲーム全体の難易度のバランス自体を,著作権法上保護されるべき表現と認めるのは困難であり,当該ゲームソフトをプレイした結果,プレイヤーが当該ゲームソフトに強く感情移入するかどうかは,プレイヤー側の当該ゲームへの嗜好や熟練度にもよるのであり,当該ゲームに没頭する場合も,その理由はプレイヤーにより様々であると考えられる。したがって,プレイヤーに感得され,強い感情移入を起こさせるものとして「本質的ストーリー」なるものを,裁判規範を充填する明確かつ具体的なものとして把握することは困難であり,このように漠然とした「本質的ストーリー」なるものに表現性を認めることは躊躇せざるを得ない。
(5-6) 自軍ターンにおいて待機する場面の表現
 
前記判示のとおり,両ゲームの「戦闘マップをプレイする場面」における行動は,待機,攻撃,その他の行動からなるところ,自軍ユニットを移動させ,移動先で待機させることは,「戦闘マップをプレイする場面」の基本的な行動の一つであると認められる。…によれば,この場面に関し,両ゲームは,共通表現(6)記載の共通部分を有すると認められる。これによれば,待機の場面は,基本的に,@待機していた自軍ユニットの中から移動させるユニットを選択する,A選択されたユニットはその場動きを開始する,B移動可能範囲内から移動先を選択する,C当該ユニットが移動する様子が表現される,D移動完了後,表示された移動後のメニューから「待機」コマンドを選択すると,当該ユニットは移動先で待機ポーズに切り替わる,という各影像表現の組合せ・配列により構成されているものということができる。
 
上記で認定した共通部分の中には,プレイヤーが自軍ユニットを移動・待機させるために必要な情報及び選択肢の表示にすぎないと認められるものが含まれている。例えば,カーソル,吹出し表示,移動及び攻撃可能範囲の表示,移動後のメニュー表示は,いずれも,プレイヤーの便宜のためのユーザーインターフェースとしての性質を有する表示であって,効果音も含め,その具体的な表現方法が特に特徴的とも認められないのであって,これらの表現が創作性が有するということはできない。また,これらの表現は,プレイヤーの選択に付随するものであるから,その表示のタイミングは,多少前後することはあっても,自ずと定まったものにならざるを得ないのであって(例えば,移動後のメニュー表示が移動完了の直後になるのは当然である。),この点においても,独自性のあるようなものを見出すことはできない。
 
さらに,コンピューターがプログラムに基づいて自動的に表現する,ユニットが移動する様子の表現については,前記判示のとおりであり,ペガサス,ドラゴン,馬に乗ったユニットや徒歩のユニットの移動表現(移動の際のユニットの向きや効果音も含む。)は,創作性が全くないとはいえないが,その創作性の程度は低いというべきである。また,移動前の待機ポーズ,選択されたユニットのその場動きの表現,移動後の待機ポーズ,をそれぞれ異なる色合いや動作等で表現することも,どちらかといえば,プレイヤーにその自軍ユニットが移動可能かどうかをわかりやすく知らせることに眼目があり,その表現上の選択肢には限界がある上,個々の待機ポーズや動きについて格別な特徴があるともいえない。
 
また,上記のような@ないしDの影像表現の組合せ・配列については,プレイヤーの選択により各自軍ユニットを移動して待機させる場面を表現しようとすれば,自ずと最も落ち着きやすいありふれた組合せ・配列の一つであって,創作性はないものというべきである。
 
以上によれば,両ゲームの待機の場面を構成する各影像表現の組合せ・配列には上記認定のような共通点があるが,これは,ごくありふれた場面展開を構成する表現の組合せ・配列に,プレイヤーへの情報及び選択肢表示のための影像を組み合わせたものにすぎず,全体としての組合せ・配列についても,創作性があると認めることはできない。また,移動の場面等の具体的表現について創作性がないか,あっても決して高いものといえないことは,既に判断したとおりである。したがって,両ゲームの待機の場面に関する共通部分については,創作性がない表現あるいは創作性の程度が低い表現にすぎず,控訴人らが主張するような独自で創作性が高い表現であるということはできない。
 
(略)
(6) 全体的・総合的観察
 
以上,詳細に判示したとおりであるが,重要判示部分を要約すると,以下のとおりである。
 
前記(3)で判示したとおり,ゲームシステムに基づいて変化する影像及びその全体構成とストーリーは,「戦闘マップをプレイする場面」の重要な構成要素であるということができる。
 
ゲームシステムに基づいて変化する影像及びその全体構成に関し,控訴人らは,両ゲームの,ゲームソフト全体の構成,「戦闘マップをプレイする場面」の構成,「戦闘マップをプレイする場面」における待機,攻撃,その他の行動の場面の表現は,いずれも独自で特徴的であると主張する。しかしながら,上記(5)で判示したとおり,ゲームソフト全体の構成及び「戦闘マップをプレイする場面」の構成には,確かに共通する部分が存在するものの,これらの共通部分は,他のゲームでも採用されている極めて典型的なものであり,創作性があると認めることはできない。また,両ゲームは,待機,攻撃,その他の各行動の場面についても,共通する部分を有すると認められるが,これらの部分は,いずれも,各場面を構成する影像表現の組合せ・配列も含め,アイデアにすぎないか,創作性が認められない表現にすぎず,創作性が認められる表現についても,その程度は低いというべきである。加えて,上記各場面については,創作性ある表現において両ゲームが相違するものも存在するのであるから,被控訴人ゲームに接した者が,トラキアの本質的な特徴を感得することは困難であるといわざるを得ない。
 
他方,ストーリーについては,(5-3)で判示したとおり,両ゲームで共通しているのは,抽象的な筋立てにとどまり,具体的なストーリーとしては,全体的なストーリー,各戦闘マップで展開するストーリー,ユニット間の会話のいずれにおいても相違していると認められる。また,控訴人らが主張する「本質的ストーリー」は抽象的かつあいまいなものであって,表現性を認めることはできない。したがって,両ゲームは創作性のあるストーリーにおいて,相違しているということができる。
 
さらに,「戦闘マップをプレイする場面」を構成する他の要素のうち,ユニットについては,上記(5-1)で検討したとおり,両ゲームのユニットには共通する部分も認められるが,いずれもその共通する部分は,アイデアにすぎないか,有意な創作性を有するとは認められないものであり,両ゲームのユニットが全体として同一性,類似性があるとは認めがたい。むしろ,両ゲームに登場する具体的なユニットは,それぞれが異なるユニットとして認識することが相当なものである。そして,両ゲームの戦闘マップや音楽が相違していることも,翻案該当性を否定する一事情ということができる。
 
以上判示したとおりであって,帰するところ,両ゲームは,アイデアなどの表現それ自体でない部分又は創作性の乏しい表現において共通するにすぎないのであるから,被控訴人ゲームに接する者がトラキアの表現上の本質的な特徴を感得することは困難であるというべきであり,被控訴人ゲームがトラキアの翻案に当たると認めることはできない
(7) (略)
(8) まとめ
 
以上によれば,控訴人らの主張する翻案はいずれも認めることができないというべきであるから,その余の点を判断するまでもなく,控訴人らの著作権法に基づく請求は理由がない。











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