著作権重要判例要旨[トップに戻る]







「翻案」の意義(2)
「江差追分ノンフィクション翻案事件」平成80930日東京地方裁判所(平成3()5651
 

 本件番組は、本件小説を翻案したものであるか。
 
本件番組が本件小説の翻案権を侵害したものであると認めるためには、被告らが本件小説に依拠して本件番組を製作し、かつ、本件小説における表現形式上の本質的な特徴を本件番組から直接感得することができることが必要である(最三小判昭和55328日参照)。
(一) 依拠について
 (略)
(二) そこで、本件番組が客観的にみて本件小説を翻案したものであるといえるか否かについて、次に判断する。
 
著作権法は、著作物において表現されているアイデア自体を保護するものではないから、原告の著作物と被告らの著作物との間にアイデアの同一性があるとしても、そのことにより直ちに翻案権侵害が認められるわけではなく、むしろ、本件番組が本件小説を翻案したものであるか否かは、前記のとおり、本件小説における表現形式上の本質的な特徴を本件番組から直接感得することができるか否かにより決すべきである。
 
(略)
 
本件小説は、このように、追分節とよく似た葬送歌がハンガリーにあることから、追分節とその葬送歌との関係を探り、追分節の起源を探求していくことを一つの重要なテーマとし、また、主人公秋間と友子との悲恋をもう一つの重要なテーマとして、両者を経糸及び緯糸として織り込みながら構成されているものである。
 
これに対し、本件番組は、前記のとおり、北海道教育大学学長の被告【P3】を番組のコメンテーターとして出演させ、被告【P3】のコメントとナレーション、及び、ハンガリー、バシキール、モンゴル等への取材により、江差追分のルーツに迫ろうとしたものであり、また、世界追分祭の様子も伝えているものであるところ、その内容は、…、というものである。
 
… このように、本件番組は、追分節のルーツをウラルに求めている点で、本件小説とそのメインテーマを共通にし、また、追分節と似た民謡が、騎馬民族の影響を受けて、西はウラル、ハンガリー、東は日本にまで存在することから追分節のルーツを探求していること、追分節と類似の歌が四世紀のフン族の移動によりハンガリーに伝搬されたと述べていることなど一部共通した要素を表現してはいるものの、追分節が日本へ伝えられたとする時代や主体、経路及びその根拠となる理由付けに関しては、本件小説の前記のような基本的な筋や構成を表現しているものとはいえないことは明らかであり、本件小説の表現形式における本質的な特徴と、本件番組の表現形式における本質的な特徴とは異なるものであって、本件小説における表現形式上の本質的な特徴を本件番組から直接感得することができるということはできない。すなわち、本件小説のような文芸作品の場合は、著作者の思想、感情の創作的な表現形式としての基本的な筋、構成等に依拠し、これと同一性の認められるものがあれば、それは表現形式の本質的特徴を直接感得できるものとして翻案と考えることができるのであるが、しかし、文芸作品の全編に流れる創作的なテーマについては、それが文芸作品における最も重要な生命というべきものであり、これを翻案の判断において当然に考慮すべきであるとしても、文芸作品におけるテーマとは同作品における基本的な筋、構成によって表現されているものである以上、基本的な筋、構成と密接な関係をもって存在しているものであるから、基本的な筋、構成と一体として翻案の判断をなすべきであり、そのような基本的な筋、構成と離れて抽出される抽象的なテーマ自体は、アイデアとして著作権の保護範囲外にあるものと考えるべきである。よって、本件番組は、追分節のルーツをウラルに求めるという独創的なアイデアにおいて本件小説と共通するアイデアを表現しているものではあり、また、前記のとおり、追分節とよく似た民謡が騎馬民族の影響を受けてウラル、ハンガリーにも存在しているとする部分や、四世紀のフン族についても触れている部分等は一部共通しているところもあるが、本件小説の基本的な筋、構成を表現しているものとまではいえないものであるから、基本的な筋、構成と一体として翻案の判断をなすべきであり、本件小説における表現形式上の本質的な特徴を本件番組から直接感得することができず、本件小説を翻案したものであるということはできない。
 
この点について、原告は、「内面的表現形式が同一の場合の外面的表現形式の変更は、著作物の翻案に当たる。文芸作品の場合には、その具体的表現自体を利用するものでなくとも、文字等で表現されている著作者の思想、感情の表現形式としての基本的な筋、構成等に依拠するものであれば、翻案と考えるべきである。…文芸作品においては、基本的な筋、構成だけでなく、全編に流れる創作的なテーマを内面的表現形式から除外することはできない。すなわち、文芸作品における最も重要な生命というべきものは、テーマであり、これを抜きに文芸作品は成り立たず、その点でいかに独創性を有するかによって作品の優劣が決定されるといっても過言ではない。文芸作品の根本となる中心的な思想がテーマであり、具体的な文章の内容のあらすじが要旨であるところ、…本件小説においては、追分節ウラル源流説が主人公の内面を動かして長期の旅へと駆り立て、追分節の起源を追求する情熱の根源として扱われているのであり、物語がこのテーマの内包する謎から出発し、それの解明へ向けて一貫して流れていることは明らかである。本件小説の冒頭から結末に至るまで滔々と流れるテーマは、追分節ウラル源流説であり、それが本件小説の内面的表現形式であり、著作物の外面的表現形式に即して認識され得る具体的展開体系である。…前記被告【P3】の仮説は、本件小説で原告が発表した創作を剽窃したものであって、単なる史実や事実の模倣とは次元を異にし、本件小説の内面的表現形式の盗用である。すなわち、本件番組は、追分節ウラル源流説を核とする本件小説の仕組、構成に大きく依存した二次的著作物であって、何人が見ても本件小説の本質的特徴を連想させるのであり、本件番組が本件小説の翻案権を侵害していることは明らかである。」と主張する。しかし、右に述べたとおり、文芸作品の全編に流れる創作的なテーマが文芸作品における最も重要な生命というべきものであり、これを翻案の判断において無視することができないとしても、文芸作品におけるテーマとは同作品における基本的な筋、構成によって表現されているものである以上、基本的な筋、構成と密接な関係をもって存在しているものであるから、基本的な筋、構成と一体として翻案の判断をなすべきであり、本件番組は、右にみたとおり、本件小説と基本的な筋、構成において異なるものである以上、本件小説を翻案したものと認めることはできない
 
よって、原告の被告らに対する、本件番組の製作、放送が本件小説の翻案権及び放送権並びに氏名表示権を侵害するものであることを理由とする請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。











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