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「内心の静穏な感情を害されない利益」の侵害につき不法行為の成立を否定した事例
「‘四国フォーラム’アンケート事件」
平成130927日高松高等裁判所(平成12()409 

 被控訴人Aの控訴人らに対する人格権の侵害について
 当裁判所も,結論としては,被控訴人Aによる本件記述によって控訴人らの人格権が違法に侵害されたと認めることはできず,これについて不法行為が成立するものではないと判断する。以下,当審で整理された控訴人らの被侵害利益の主張に即して,その理由を述べる。
ア 名誉権について
 名誉とは,各人がその品性,徳行,名声,信用等の人格的価値につき,社会から受ける客観的評価をいうものであるところ,本件記述が控訴人らの社会的評価の低下をもらたすものとは認められない。
 本件記述は,本件アンケートの結果について誤った言及をしたものであるが,控訴人ら個人はもとより,本件アンケートを実施した四国フォーラムに対して言及したものでもない。そして,本件アンケートは,死刑制度に対する社会意識を調査することを目的としたものであり,本件アンケートによる調査で得られたアンケート結果は,対象者の回答結果の集成としてのデータである。このような調査結果としてのデータにとどまる本件アンケートの結果に対する言及が誤って行われたとしても,そのことによって直ちにアンケートを実施した主体である団体やこれに関与した個人の社会的評価に低下をもたらすものとはいい難い。したがって,本件記述により控訴人らの名誉が毀損されたと認めることはできない。
イ 思想及び良心の自由について
 思想及び良心の自由は憲法19条で保障された基本的人権である。そして,私人間においても,他人の内心における思想・信条等にみだりに干渉したり,一定の思想を持つが故に殊更にその者に対して不利益な処遇を行うなどの行為は,民法上違法な行為として不法行為を構成することがあり得ると解される。
 しかし,本件記述によって,控訴人らの思想及び良心の自由が侵害されたと認めることはできない。本件記述は,本件アンケートの結果について誤った言及をしたものであり,死刑制度に対する賛否に関しての社会の意識についての1つの調査結果に対して誤った認識を示すものであるとはいい得る。しかし,本件記述自体は,アンケート対象者の死刑に対する賛否の割合について言及したにとどまり,死刑廃止等を願う思想そのものに対する干渉的意見を述べるものではなく,まして,死刑制度についての控訴人らの思想等の内容に関して一切触れるものではない。また,本件書籍は本件アンケートの実施,結果発表から6年近くを経過した平成10年に発行されたものであり,アンケートの特定もあいまいで控訴人らや四国フォーラムの思想・信条に基づいた活動に対する妨害をしたり,その成果を抹殺しようとしたものとも認め難い。そうすると,本件記述により,控訴人らの内心における思想・信条等に対する干渉がされたとか,死刑廃止を願う控訴人らに対して不利益な取扱がされた等の事実は認められず,控訴人らの思想及び良心の自由が侵害されたとは到底いえない。
ウ 名誉感情について
 不法行為法上,名誉感情とは,自己自身の人格的価値について自ら与える主観的評価を意味するものと解される。
 前示のとおり,本件記述は,本件アンケート結果について誤った言及をしたものであるが,これは,アンケートの結果得られた対象者の死刑制度に対する意識に関するデータに対して言及したにとどまり,本件アンケートを実施した四国フォーラムはもとより,控訴人ら個人又はその行為に言及したものではない。したがって,本件記述は,控訴人ら自身の人格的価値についての主観的評価とは関係しないものというべきである。そうすると,本件記述が控訴人らの名誉感情を侵害したとの主張も採用することはできない。
エ 内心の静穏な感情を害されない利益について
() 上記アないしウのとおり,本件記述は,控訴人らの名誉権,思想及び良心の自由,名誉感情を侵害するものとはいえない。しかし,本件記述は,本件アンケートの結果が,死刑を存置すべきとの意見が約7割であったとする政府機関による平成元年の世論調査の結果と同様であったとの誤った認識を示し,これも踏まえて被控訴人Aが死刑廃止は時期尚早であるとの考えを有するに至ったことを読者に認識させる内容であった。これにより,死刑廃止ないし死刑執行ゼロの状態の継続を求め願って本件アンケートを実施した四国フォーラムに関与してきた控訴人らが,憤怒等の感情を抱いたことは容易に窺われる。
 ところで,一般的には,各人の価値観が多様化し,精神的な摩擦が様々な形で現れている現代社会においては,各人が自己の行動について他者の社会的活動との調和を十分に図る必要があるから,人が社会生活において他者から内心の静穏な感情を害され精神的苦痛を受けることがあっても,一定の限度では甘受すべきものというべきではあるが,社会通念上その限度を超えるものについては人格的な利益として法的に保護すべき場合があり,それに対する侵害があれば,その侵害の態様,程度いかんによっては,不法行為が成立する余地があるものと解すべきである(最高裁判所平成3426日第二小法廷判決参照。なお,同判決は,水俣病患者認定申請をした者が相当期間内に応答処分されることにより焦燥,不安の気持ちを抱かされないという利益について,それが内心の静穏な感情を害されない利益として不法行為法上の保護の対象になるとの判断を示したものである。)。
 控訴人らが本件記述によって抱いたと考えられる憤怒等の感情に関し,これを抱かされないという利益が,上記最高裁判決の事案における水俣病認定申請者の例と同様に「内心の静穏な感情を害されない利益」として法的保護に値する利益といえるかどうかについては,水俣病認定申請者の場合には,難病として特殊の病像を持つ水俣病に罹患している疑いのまま不安定な地位に置かれ,他の行政認定申請の申請者にはみられないような異種独特の深刻な焦燥,不安の気持ちを抱くと考えられるという特殊事情が存することと対比すると,疑念が残るところである。しかし,この点をひとまず措き,本件に関して控訴人らに法的保護に値する「内心の静穏な感情を害されない利益」があるとしても,そのような利益は,侵害があれば直ちに不法行為が成立するものではなく,侵害行為の態様,程度いかんによって不法行為が成立する余地があるにとどまるものと解される。
() そこで,上記()のような観点から,被控訴人Aの行為が控訴人らの「内心の静穏な感情を害されない利益」を違法に侵害する不法行為を構成するか否かについて検討するに,当裁判所も,同不法行為は成立しないと判断する。その理由は,以下のとおり補正するほか,原判決…の記載と同一であるから,これを引用する。そして,この判断は,控訴人らの死刑制度廃止についての強い願いや信念及び四国フォーラム等を通して行ってきた熱心な活動等の点を考慮に入れても,変わらない。
 (略)
 被控訴人Aの行為が,仮に死刑制度の廃止を強く願ってきた控訴人らの内心の静穏な感情を害されない利益を侵害したとしても,その侵害の態様,程度が客観的にみて悪質又は重大なものということは困難であり,社会的相当性を逸脱した違法なものということはできない。…
オ プライバシー権(自己情報コントロール権)について
 プライバシーの権利については,その1つの内容として,みだりに私生活に干渉されず,また,みだりに私生活上の事実を公開されない権利として定義することが可能であるが,さらに情報社会が発展した今日においては,個人情報のコントロールの観点から,他人が保有する個人情報の収集・蓄積・処理・利用・公表等による被害に対し救済を求めることをも,プライバシー権の範疇に属するものとして理解することが可能である
 控訴人らは,ある事実を公表することによって他人に自己の真の姿と異なる印象を与えることをされない権利ないし自己に関する個人情報をコントロールする権利としてプライバシー権を把握した上で,本件記述によりかかる意味でのプライバシー権の侵害がなされたと主張するものである。すなわち,控訴人らは,四国フォーラムが実施した本件アンケート結果では死刑は不要という意見が死刑は必要という意見を上回っていたにもかかわらず,本件記述においては,本件アンケート結果では死刑廃止に反対との意見が多かったとの誤った情報として公表されているという点をとらえて,それがプライバシー権の侵害に当たると主張するものと理解される。
 
しかしながら,プライバシー権を情報をコントロールする権利としての内容を含むものとして理解する場合であっても,それは,個人の私生活上の平穏を確保し,個人の私事における人格的自律を保障するための権利として理解するのが相当である。このように解しないときは,情報コントロール権としてのプライバシー権の外延が著しく広がり,権利自体が茫漠とした内実を伴わないものとなってしまうといわざるを得ない。したがって,個人が何らかの形で関与した社会生活,社会活動等についてのあらゆる情報の公表等に関連して,それによって生起する不利益が,プライバシー権の概念のもとに法的救済の対象になるものと解することはできない。そして,本件アンケートの結果は,アンケートに応じた回答者の死刑制度に対する賛否等の回答の集成としてのデータであり,控訴人ら個人の識別を可能ならしめるような情報ではなく,控訴人らの私生活上の情報に当たるともいい難い。たしかに,本件アンケートの結果は,控訴人らが関与した四国フォーラムが実施したものであり,その限りでは控訴人ら個人との関わりを有するものである。しかし,そのことだけで,本件アンケートの結果が,控訴人らの私生活上の平穏や人格的自律に結び付いた個人情報に当たるとはいえず,情報をコントロールする権利としてのプライバシー権の概念のもとに,他人によるこれの利用に関して法的救済を与えることはできない。したがって,本件記述が本件アンケートの結果について誤った言及をしていることは,控訴人らのプライバシー権(自己情報コントロール権)を侵害するものとはいえない。もとより,自ら関与した四国フォーラムが行った(少なくとも一部の控訴人らについては現実に作業に従事した)本件アンケートの結果について誤った言及をされることに対して,控訴人らが主観的に自己の法益が侵害されたと受け止めることは理解できるところである。しかし,それは,プライバシー権の問題としてではなく,控訴人らの主観的感情の領域の問題に対してどの程度の法的保護が及ぶかという点から検討すべきものである。そして,その結論は,既に上記エまでにおいて示したとおりである。











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