著作権重要判例要旨[トップに戻る]







取材対象者の番組内容に対する期待と信頼が法的に保護されるとした事例
「従軍慰安婦問題民衆法廷番組取材放送事件」
平成190129?東京高等裁判所(平成16()2039 

【コメント】本件は、『C1が代表を務めていた一審原告バウネットが中心となって,いわゆる従軍慰安婦問題を裁く国際的な民衆法廷を開催し,一審被告NHKが,この民衆法廷を取り上げた番組を,ETV2001シリーズ「戦争をどう裁くか」全4回のうち第2回目「問われる戦時性暴力」として放送したが,一審原告バウネット及びC1(以下「一審原告ら」ともいう。)は,一審被告らの取材の申込みやその後の経過により,上記民衆法廷の内容をつぶさに紹介する趣旨の放送がされるとの信頼(期待)を抱き,番組の制作に多大な協力をしたにもかかわらず,一審被告らが,当初説明した番組の趣旨とは異なる趣旨の番組を制作・編集・放送して,一審原告らの上記信頼を侵害したとして,これが法的に保護された利益を侵害する共同不法行為に当たるとし,また,一審原告らと一審被告らとの間には,取材等を通じて契約類似の関係が成立する等しており,当初説明した番組の趣旨が変更された場合には,一審被告らにおいてこれを一審原告らに説明する義務があるのに,一審被告らは,一審原告らに対し,放送の前後を通じてその説明をしなかったとし,これが説明義務に違反する不法行為又は債務不履行に当たるとして,一審被告らに対し,連帯して,損害賠償金各1000万円と遅延損害金を請求した。原審は,一審原告らの一審被告らに対する請求について,一審原告バウネットの一審被告DJに対する請求のうちの一部を認めたが,それ以外はすべて棄却したため,一審原告らがこれを不服とし,一審被告DJもこれを不服としてそれぞれ控訴した。』という事案です。 

[]本件は、最高裁(平成200612最高裁判所第一小法廷で破棄されました。

1 事実の経過
 (略)
(6) 一審被告らの関係
ア 一審被告NHKと一審被告NEPとの間の制作業務委託
 一審被告NHKと一審被告NEPは,平成1141日,一審被告NHKが,一審被告NEPに対して放送番組等の制作とこれに関連する業務を委託することなどを内容とする基本契約を締結し,同契約に基づき,平成1241日,放送番組制作業務の委託についての具体的内容等を定める契約(個別契約)を締結した。
 上記個別契約においては,一審被告NHKは,一審被告NEPに対し,委託業務の実施について,基本プラン及び納入期限を指示するほか,必要に応じて実施細目を指示すること(契約書23項),一審被告NEPは,業務委託により制作した番組を,一審被告NHKが内容を改変,切除等改編することに同意すること(同73項),一審被告NEPが委託業務の実施に際し,自己の責めに帰すべき事由により第三者に損害を与えたときは,その損害を賠償しなければならないこと(同12条)などが定められている。
 一審被告NHKは,一審被告NEPに対し,同年1127日,上記基本契約及び個別契約に基づき,本件番組等の制作業務を委託した。
イ 一審被告NEPと一審被告DJとの間の制作業務委託
 一審被告NEPと一審被告DJは,平成13123日,本件番組等の制作を再委託する放送番組制作委託契約を締結した。
 上記委託契約に係る契約書においては,一審被告DJは,一審被告NHKの公正中立の立場を尊重し,日本放送協会国内番組基準を遵守し,番組の制作進行状況その他番組の制作に関する事項について一審被告NEPと密接に連絡をとり,その指示に従って制作を実施すること(契約書31号),番組各話の構成台本等または番組各話の内容等について,一審被告NHKの性格上一審被告NEPが,その変更,削除等を要望したときは,一審被告DJはこれに従い誠意をもって措置すること(同条4号),一審被告NEP又は一審被告NHKは,必要により,番組の制作意図・内容を著しく損なわない範囲で,番組の改変,切除等の改編をすることができること(同9条),委託業務の実施過程において,一審被告NEP又は一審被告NHKが番組の内容を変更する必要を認めた場合には,一審被告DJはこれに従い,その方法,態様及び委託経費等については一審被告NEPと一審被告DJで協議して定めること(同13条),委託業務の履行に関して,第三者に及ぼした損害は,一審被告NEPの責めに帰すべき理由のある場合を除き,一審被告DJの責任と負担において処理解決すること(同17条)などが定められている。
2 一審原告バウネット及びC1の本件番組についての期待と信頼
(1) 本件番組制作行為の特質としては,前認定のとおり,本件番組の企画については,当初,一審被告NEPC12C4の講演内容に強く感銘を受けて一審被告DJC5とともに立案し,一審被告NHKC9がその趣旨に賛意を示して,一審被告NHKETVで放送されることを前提に,一審被告らが共同して練り上げたものであり,本件提案票の記載と一審被告NHK提案書の記載は趣旨が同じであるとの共通の認識のもとで,一審被告DJが取材を行い,その得られた素材を基にして,一審被告らが合同して編集行為を繰り返し行い,最終的に完成された本件番組を一審被告らの共同制作として一審被告NHKが放送したことを指摘することができる。そこで,本件において法的保護に値する期待と信頼の有無,侵害行為の有無を検討するに当たっては,本件番組の企画,取材,編集及び放送の一連の行為を念頭に置くべきである。
(2) 一般に,放送事業者が放送番組を制作して放送する場合,番組制作を担当する部局での担当者による取材活動がされた後,又はこれと並行して,取材活動によって得られた素材等を実際に放送する内容に編集する作業が行われる。この編集作業には,直接取材活動に携わった者だけでなく,番組制作に関係する多くの者らの意見・視点が反映され,また,取材当時からの時間の経過とともに社会情勢等が変化するにつれ,編集にあたり考慮すべき要素も変化することから,放送番組の内容は,企画・取材活動が行われたときから実際に放送されるまでの間に,常に変化する可能性を持っているというべきである。そして,取材対象者も,取材に応じたときに,取材者から,その取材結果を編集して制作される番組の内容について何らかの説明を受けたとしても,放送される番組の内容等が取材時の説明とは異なるものとなる可能性があることを承知しているのが通常である。
 また,放送事業者に対しては,取材によって得られた素材を自由に編集して番組を制作する編集の自由は,取材の自由,報道の自由の帰結として憲法上も尊重されるべき権利であり保障されなければならず,これが放送法3条の趣旨にも沿うところであるから,取材過程を通じて取材対象者が何らかの期待を抱いたとしても,それによって,番組の編集,制作が不当に制限されることがあってはならないというべきである。
 しかしながら,他方,取材対象者が取材に応ずるか否かは,その自由な意思に委ねられており,取材結果がどのように編集され,あるいはどのように番組に使用されるかは,取材に応ずるか否かの意思決定の要因となり得るものであり,特にニュース番組とは異なり,本件のようなドキュメンタリー番組又は教養番組においては,取材対象となった事実がどの範囲でどのように取り上げられるか,取材対象者の意見や活動がどのように反映されるかは取材される者の重大関心事であることから,このような両面を考え合わせると,番組制作者の編集の自由と,取材対象者の自己決定権の関係については,取材の経過等を検討し,取材者と取材対象者の関係を全体的に考慮して,取材者の言動等により取材対象者がそのような期待を抱くのもやむを得ない特段の事情が認められるときは,番組制作者の編集の自由もそれに応じて一定の制約を受け,取材対象者の番組内容に対する期待と信頼が法的に保護されるべきものと評価すべきである。
 そうすると,このような期待と信頼を故意又は過失により侵害する行為は,法的利益の違法な侵害として不法行為となると解するのが相当である。
(3) そこで,上記のような観点から,本件において,一審原告ら(一審原告バウネット及びC1)に法的保護に値する期待と信頼が生じたかどうかについて検討する。
 (略)
 以上によれば,本件番組内容についての一審原告らの上記期待と信頼は,1024日の打ち合わせの段階で既に具体的なものであり,一審被告DJによる取材活動を通じて,より一層具体的で明確なものになったということができ,かつ,以上のような一審被告DJC5C6C2らに対する説明,女性法廷の準備から開催,終了までを網羅する周到な取材活動とこれに対する一審原告らの協力等に鑑みれば,一審原告らが上記のような期待と信頼を抱くのもやむを得ない特段の事情が認められるというべきである。
 確かに,放送番組の制作過程においては,番組の内容は流動的であって,常に変化する可能性があることは,取材対象者も承知しているのが通常であり,番組提案票は,番組制作者において,一審被告NHKなどの番組の制作を決定する機関や部署に対し,番組を提案するために作成される文書であって,取材対象者に提示したり交付したりすることが予定されないものであり,あくまでも番組の企画段階のものであって,その記載内容がそのまま番組の内容となるものではなく,また,一審原告らは,国際的に活動し,メディアに対する対応も数多く経験しているものである。しかしながら,本来は取材対象者に示すことが予定されていない本件提案票の写しを取材対象者である一審原告バウネットに交付することは,それ自体で,取材対象者をして,大筋においてはこれに記載されたとおりの番組となる見通しの下に番組が企画されているとの認識を持たせるものであるということができC5及びC6による説明や取材活動が,女性法廷の準備から開催,終了に至るまでを網羅する周到なものであったことなどに照らせば,上記の番組提案票の性質や一審原告らの経験をもってしても,前記判断を左右するに足りないというべきである。
 また,一審原告バウネットが,1024日の打ち合わせに先立つ同月20日の運営委員会において,一審被告DJの取材の申込みを一応承諾する決定をしており,1024日の打ち合わせにおいても,本件番組の内容自体に費やされた時間は数分とわずかであったことなどからすると,一審原告バウネットは,本件番組が一審被告NHKETV2000であるというだけで,既に,本件番組が女性法廷を十分に取り上げる番組になるのではないかと期待していたことは否定できないが,この段階での期待は漠然としたものにすぎず,一審原告バウネットのC2及びC7は,1024日の打ち合わせにおいて,本件提案票の写しを交付され,C5から説明を受けたことによって,初めて,本件番組の内容について,前記のような具体的な見通しや認識を持ち,期待と信頼を抱くに至ったのであって,C2らが一方的な先入観から期待を抱いたのではないと認められるから,上記の事情は,前記判断を左右するものではなく,他にこれを左右するに足りる事情は認められない。
(4) 以上によれば,一審原告らには,本件番組の内容について法的保護に値する期待と信頼が生じたと認めることができる
3 一審原告らの期待と信頼に対する侵害行為
(1) 実際に放送された本件番組の内容は,前記のとおりであり,女性法廷自体の映像は,被害者2人の証言,旧日本軍の従軍慰安婦制度についての専門家の証言等を含んではいるが,時間的分量としては,約1020秒間の一部であり,この約1020秒間の映像中に,女性法廷自体の映像のほか,女性法廷の意義について肯定的な評価を述べるC34のインタビュー映像と,C34の映像の前後に女性法廷の問題点を指摘するC19のインタビュー映像がそれぞれあり,他に,女性法廷の裁判官を務めた専門家2人の記者会見の映像等が約227秒ある程度であって,その他は,C4C38のスタジオ対談や資料映像とナレーションにより構成されている。このような全体的構成やスタジオ対談の内容等に鑑みれば,実際に放送された本件番組は,スタジオ対談や資料映像を用いて,女性に対する戦時性暴力が,人道に対する罪として問われるようになった歴史的潮流を追い,その中での女性法廷の位置付けを考えることに主眼があったものであり,女性法廷が番組の中で中心的に取り上げられ,上記の程度の映像が織り込まれてはいるものの,起訴事実,加害兵士の証言,判決の説明等が削除されたため,女性法廷の主催者,趣旨,審理対象,審理経過等を認識できず,むしろ,女性法廷自体の様々な争点や問題点を抱えているなどのコメント部分が付加されるなどの改編がされ,上記主題のもとで,その位置付けや意義を考察するという観点から,素材として扱われているにすぎないと認められる。
 そうすると,本件番組は,実際に行われた女性法廷の手続の冒頭から判決までの過程を,被害者の証言や証拠説明等を含めて客観的に概観できる形で取り上げるいわゆるドキュメンタリー番組ないしそれに準ずるような内容の番組とは,相当程度乖離したものとなっていると認められ,一審原告らの期待と信頼に反するものとなったといわざるを得ない
 したがって,実際に放送された本件番組の内容は,一審原告らの期待と信頼を侵害するものであったというべきである。
(2) これに対し,一審被告らは,実際に放送された本件番組の趣旨は,本件提案票の記載に沿ったものであると主張するので,本件番組の放送に至るまでの編集行為について検討する。
 (略)
エ 上記のような経緯を辿った理由を検討するに,前認定のとおり,本件番組に対して,番組放送前であるにもかかわらず,右翼団体等からの抗議等多方面からの関心が寄せられて一審被告NHKとしては敏感になっていたこと,折しも一審被告NHKの予算につき国会での承認を得るために各方面への説明を必要とする時期と重なり,一審被告NHKの予算担当者及び幹部は神経を尖らしていたところ,本件番組が予算編成等に影響を与えることがないようにしたいとの思惑から,説明のためにC15C17が国会議員等との接触を図り,その際,相手方から番組作りは公正・中立であるようにとの発言がなされたというものであり,この時期や発言内容に照らすと,C15C17が相手方の発言を必要以上に重く受け止め,その意図を忖度してできるだけ当たり障りのないような番組にすることを考えて試写に臨み,その結果,そのような形へすべく本件番組について直接指示,修正を繰り返して改編が行なわれたものと認められる。…
オ そうすると,一審被告NHKにおける同年126日以降の編集(改編行為)は,当初の本件番組の趣旨とはそぐわない意図からなされた編集行為であるということになる。そして,本件番組の取材,編集行為は放送という目的に向けられた手段であるから,一審被告NHKの放送行為とともに一審被告らが共同して行った本件番組の改編行為が,一審原告らの期待と信頼に対する侵害行為ともなる
 一審被告らは,放送事業者は放送番組の編集に当たって,意見が対立している問題については,できるだけ多くの角度から論点を明らかにしなければならないとされている(同法3条の2)と主張し,確かに,一審被告NHKは,前記認定のとおり,本件番組について,単に女性法廷を記録する番組ではなく,女性に対する戦時性暴力を人道に対する罪として裁くという世界的な潮流において,女性法廷を東京裁判以来の歴史の中に位置づけ,その歴史的意義を考察する教養番組を制作することを企図したものであるが,本件番組が取り上げる女性法廷は,いわゆる従軍慰安婦問題という人道に対する罪の戦争責任を問うもので,フェミニズムの問題を含む微妙で議論を呼ぶテーマであり,公平性・中立性や多角的立場からの番組編集が必要とされるものではある。
 しかしながら,一審被告NHKの本件番組の制作・放送については,前記認定のような編集過程を経て本件番組を完成させ放送した行為であることに照らすと,前記のとおり憲法で尊重され保障された編集の権限を濫用し,又は逸脱したものといわざるを得ず,取材対象者である一審原告らに対する関係においては,放送事業者に保障された放送番組編集の自由の範囲内のものであると主張することは到底できないというべきである。
 (略)
(3) なお,Aの請求のうち,C1が同人のインタビューを全面削除されたこと自体による同人の個人的な期待権侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求については,番組制作者が編集の自由を有することと取材対象者の期待権との調整も必要であり,取材対象者は,番組制作者に対し,インタビューを受けたからには何らかの形で報道すべきことを請求することまではできないものと解すべきであるから,この点において,同請求は理由がない。
4 説明義務違反
(1) 一審原告らは,本件番組は女性法廷の主催団体である一審原告バウネットの協力がなければ成り立たないことや,一審原告らは約2か月もの間,一審被告らに対し女性法廷に関する取材について格段の便宜を与えて取材に協力してきたことから,一審原告らと一審被告らとの間には契約類似の関係が生じ,番組内容に変更があった場合にはそれを説明する義務を負うと主張する。
 この点,一審被告NHKが定めた本件ガイドラインには,「制作過程で,あらかじめ取材相手に伝えていた目的や内容に変更が生じた場合は,改めて,取材相手に十分説明しなければならない」(第22(1)取材態度)「編集の段階で(インタビューを)どうしても放送できない状態となった場合は,放送前に,その旨と理由をインタビュー相手またはその代表者に伝えなければならない」「取材後の状況の変化によって,番組のねらいが変更されることがある。その場合,放送前にインタビュー相手に対し,番組の新たな狙いなどを説明し同意を得ることが必要となる。」(第22(3)インタビュー)と定められており,番組のねらいが変更された場合には,取材対象者に対し,一定の説明をする必要があることは明らかである。
 これを取材対象者の側から検討すると,取材対象者が,当初,取材に応ずるか否か,どの程度,範囲で応ずるかは,その自由な意思に委ねられており,取材結果がどのように編集され,あるいはどのような番組に使用されるかは,取材に応ずるか否かやその程度,範囲の意思決定の要因となり得るものである。そこで,取材に協力した後に番組内容に想定外の変更があった場合には,取材対象者は,取材に応じた意思決定についてはいわば錯誤や条件違反があったものとして,当初に立ち返るのに代え,その自己決定権に基づき番組から離脱する自由も有するということができる。他方,番組制作者は,編集の自由を有し,その調整も必要であることから,取材対象者による自己決定権の具体的な行使としては,当初の意思決定の時の説明どおり番組を編集するよう請求することまで認めることはできないと解すべきである。そこで,取材対象者は,番組制作者に対しては,原則として,番組から離脱することや善処方を申し入れることができるに止まり,番組改編の結果,取材対象者の名誉が著しく毀損され,放映されると回復しがたい損害が生ずることとなる等の場合には,差止請求をすることができるものというべきである。このことは,取材対象者が,他の報道機関等に実情を説明し,対抗的な報道を求めることを排除するものでないことはいうまでもない。
 ところで,制作中の番組について,どの程度のねらいの変更が生じた場合に説明を要するかは必ずしも判然としないことも多く,また,放送番組の編集作業は,放送直前まで行われることもあり,事前の説明を行う時間的余裕がない場合がある。そこで,これらの点を考慮すると,放送事業者に対し,方針の変更があった場合につき取材対象者に対する法的な説明義務をすべての場合に課すことは,放送事業者の番組の編集に過度の制約を課すことにつながるおそれがある。この意味で,本件ガイドラインは,取材・制作現場で直面する問題に対処する上でのよりどころとなる考え方や注意点を示したものであって,ジャーナリストとしての倫理向上を目指すものであり,これに定める説明の必要性は,取材の際の倫理的な義務をいうものであると解すべきである。他方,上記説示のとおり,取材対象者の自己決定権も保護すべきであることから,放送番組の制作者や取材者は,番組の内容やその変更等について,これを説明する旨の約束がある等,特段の事情があるときに限り,これを説明する法的な義務を負うと解するのが相当である。
 なお,一審被告らは,このような説明義務を認めると,報道の自由を維持することができないと主張するが,取材対象者が番組から離脱すること等を申し入れた場合においても,裁判所による差止命令のない限り,なお報道機関の責任において報道すべきものと判断すれば報道を行うことまで禁じられないのであり(報道の結果,信頼の侵害を理由として損害を賠償すべきかどうかは別問題である。),特に,本件においては,上記説示のとおり,番組改編の経緯からすれば,一審被告NHKは憲法で尊重され保障された編集の権限を濫用し,又は逸脱して変更を行ったものであって,自主性,独立性を内容とする編集権を自ら放棄したものに等しく,一審原告らに対する説明義務を認めても,一審被告らの報道の自由を侵害したことにはならない。
(2) そこで,本件において一審被告らが一審原告らに対して法的に説明義務を負うべき特段の事情があるかどうかを検討すると,前説示のとおり,一審被告DJC5C6C2らに対する説明,女性法廷の準備から開催を経て終了までを網羅する周到な取材活動とこれに対する一審原告らの協力等により,一審原告バウネットが実際に行われる法廷の手続の冒頭から判決までの過程を,被害者の証言や証拠説明等を含めて客観的に概観できる形で取り上げるいわゆるドキュメンタリー番組ないしそれに準ずるような内容の番組となるとの期待と信頼を抱くのもやむを得ない事情があったのである。したがって,一審原告バウネットには本件番組の内容について法的保護に値する期待と信頼が生じたものであるところ,一審被告らはそのことを認識していたのであるから,本件においては,上記特段の事情があるものというべきである。女性法廷については,主義・主張の対立や法的見解の対立等に著しいものがあり,一審原告らがスタジオの対談では賛否両論が闘わされることを予想すべきであるとしても,女性法廷の概要すら十分に放映されない番組になるというのでは一審原告らが取材に応じなかったか,仮に応じたとしても前記のような便宜を図る協力まで行わなかったことは一審被告らにも十分予測されたことであり,一審被告らに法的な説明義務を認めても不意打ちとならないことは明らかである。
 本件においては,番組改編の結果,C5C6による説明とは相当かけ離れた内容となることとなったのであるから,一審原告バウネットは,この点の説明を受けていれば,自己決定権の一態様として,一審被告らに対して,番組から離脱することや善処方を申し入れたり,他の報道機関等に実情を説明して対抗的な報道を求めたりすること等ができたものであるところ,一審被告らが説明義務を果たさなかった結果,これらの手段を採ることができなくなったのであり,その法的利益を侵害されたものというべきである。
 他方,上記説示のとおり,取材対象者は,番組制作者に対して,取材されたからには必ず報道することを求める権利まで有するものではないから,結果的に報道されないこととなった場合には,番組制作者に対して説明を求める法的権利があるとはいえないこととなる(放送番組の制作者や取材者の倫理として,事前又は事後的に説明するのが望ましいこととは,別問題である。)。その場合,取材対象者は,既に番組から離脱した形となっているので,予め説明を受けたとしても,行動すべき手段を有しないし,その必要もないからである。本件では,C1については,結果として取材されたインタビューが一切報道されなかったのであり,一審被告らは,C1に対しては,説明義務を負わなかったこととなる。
5 一審被告らの不法行為の成否
(1) 上記のとおり一審被告DJは,そのディレクターであるC5の一審原告バウネットのC2らに対する説明やその後の一審被告DJによる取材行為等により,一審原告らに対して,本件番組は,女性法廷を中心的に紹介し,実際に行われる法廷の手続の冒頭から判決までの過程を,被害者の証言や証拠説明等を含めて客観的に概観できる形で取り上げるいわゆるドキュメンタリー番組ないしそれに準ずるような内容の番組になるとの期待と信頼を生じさせたものであるところ,C5及びC6は,番組制作に携わる者として,番組の制作過程において,取材対象者から得られた素材が様々に編集され得ることや,それを使用して制作される番組の趣旨や内容が流動的で変化し得るものであることを承知しており,本件番組についても,取材段階で想定された番組の内容が変化していく可能性が十分にあることを認識していたのであるから,一審原告らに対し,そのような説明をすることにより誤解を生ぜしめないようにすべきであったのに,そのような説明をしないため上記期待と信頼を抱かせることとなったものであって,一審被告DJとして過失があり,これによって,実際に放送された本件番組により一審原告らの期待と信頼を侵害する結果となったものである。
 また,一審被告DJが編集作業から離脱することとなった124日には,C13の言動等により,一審被告NHKのその後の編集の結果,番組がさらに変更されることが十分に予測することができたのであるから,一審被告NHKの担当者に対し,一審被告DJにおいて一審原告バウネットに番組改編の説明をすることの許可を求めたり,一審被告NHKの責任において説明義務を果たすように諌言すべきであったのに,これらを行っていない
 よって,一審被告DJは,一審原告らに対しては不適切な説明により生じた期待と信頼を侵害したことによる,また,一審原告バウネットに対しては番組内容の改編の説明義務を怠ったことによる,各不法行為責任を負うというべきである。
(2) 次に,一審被告NHKについて検討すると,本件番組の制作においては,その企画段階から,一審被告らの担当者が折りに触れて打ち合わせの機会を持ち,本件番組の企画内容及び趣旨について共通の理解を確認した上で,取材活動が行われ,さらに,平成1212月以降に行われた本件番組の編集行為においても,一審被告らの各担当者が参集して意見を述べ合い,相互に共通の理解を有した上で,編集行為が進められていったものであり実質的にとらえれば共同作業であるということができる。一審被告NHKも一審原告らの期待と信頼を認識していたことは明らかであるところ,一審被告NHKは,本件番組の番組改編を実際に決定して行い,さらに放送したものであるから,一審原告らに対して,期待と信頼を侵害したことによる不法行為責任を負うというべきである。
 また,一審被告NHKは,前認定のとおり,124日以降,次々と本件番組を改編し,26日のC17C15C16による改編以降,一審原告バウネットの期待とは相当かけ離れた内容の番組となったのであるから,同日以降,一審原告バウネットに対し改編の内容を説明すべきであったことは明らかである。しかるに,一審被告NHKは,これを行わなかったのであるから,一審原告バウネットに対して,説明義務を怠ったことによる不法行為責任も負う
(3) 一審被告NEPも,C5の上記取材活動をいわば自己の活動として利用し,一審原告らの期待と信頼を認識しながら,行動してきたことは明らかであり,C11を通じる等してC5の動静に注意をするなり,一審被告NHKに善処を求めるなりすべきであったのに,これをしなかったし,24日の離脱の時も,一審被告DJと同様に説明義務を果たしていないのである。そこで,一審被告NEPは,一審原告らに対しては期待と信頼を侵害したことによる,また,一審原告バウネットに対しては番組内容の改編の説明義務を怠ったことによる,各不法行為責任を負うというべきである。
(4) なお,一審被告DJは,番組制作委託契約に基づいて本件番組を制作・納入したが,一審被告NHK又は一審被告NEPが番組内容を変更する必要があると認めた後はこれに従わなければならず,番組の決定権も有しておらず,実際にも,本件番組の編集過程の途中で離脱したものであるとし,一審被告DJには放送自体による不法行為は成立しない旨主張する。しかしながら,一審被告らは,本件番組の放送に向けて互いに協力しあい,他者の行為を利用して取材,編集行為を行い,その結果完成した本件番組を一審被告らの共同制作として一審被告NHKが放送したのであって,一審被告らの行為は,一審原告らの信頼破壊に向けられた有機的に関連を有する一連の行為であるから,共同不法行為が成立する
(5) 一審被告らのうち,一審被告NHKは,一審被告DJ及び一審被告NEPを排除し,かつ,番組制作担当者の制作方針を離れてまで,国会議員等の意図を忖度してできるだけ当たり障りのないように番組を改編したのであるから,その責任が重大であることは明らかである。これに対し,一審被告NEP及び一審被告DJは,番組制作の下請けとして参加し,その契約上,一審被告NHKによる番組改編については原則として従うべき立場にあったことを参酌すると,一審被告NHKの責任よりも軽いというべきである。
6 一審原告らの損害に対する判断
(1) 一審原告バウネットの損害
 本件に顕れた諸般の事情,すなわち,一審原告バウネットが,女性法廷に対して全力を傾注して取り組んでいたこと,一審被告らに対し,本件番組の内容について期待と信頼を抱いてそれに基づき,C1のインタビューを初めとする様々な協力をしたこと,しかるに,本件番組が編集を繰り返されしかも一審被告NHKにより外部の思惑を考慮して編集行為がされたこと,さらに放送された本件番組により上記期待と信頼が侵害されて無形の損害を被ったこと,前認定のとおり,関係団体にはいち早く番組改編に関する情報が提供されているのに,一審被告NHKは,一審原告バウネットに対して,その要求にもかかわらず,事態の説明をしなかったこと,のみならず,本件訴訟においては,頑なに上記情報の開示を拒否し,C10による内部告発に至ってようやく一部これを開示するに至る等,民事訴訟法2条に定める誠実性を欠いたこと,他方,本件番組は,一審原告らの期待と信頼に背いたものの,その内容は,戦時性暴力を人道に対する罪として捉える歴史的潮流において女性法廷の意義,位置付けを考えさせるものであったこと,番組全体としてみれば,女性法廷の意義について考える視点を提示する教養番組であり,女性法廷を一律に消極的に評価するものとはなっていないものであること等を総合して考慮すれば,一審原告バウネットが受けた無形の損害に対する賠償としては,前説示の行為のかかわりの重大性・主導性を考慮して一審被告NHK200万円(一審被告NEP及び一審被告DJとは100万円の限度で不真正に連帯して),一審被告NEP及び一審被告DJは各自100万円(一審被告NHKと不真正に連帯して)が相当であると認められる。
(2) C1の損害
 …によれば,C1は,女性法廷の開催に,力を注ぎ,元慰安婦の尊厳の回復を願って精力的に活動していたものであって,実際に放送された本件番組が,C1の期待と信頼を裏切る内容であると感じて,自分自身の活動を否定されたとの思いを抱き,また,女性法廷の関係者に迷惑をかけたとの自責の念にかられたことが認められる。しかし,C1は,インタビューに応じた行為を含め,終始一審原告バウネットの代表という立場に立っており,本件については,一審原告バウネットの代表という立場を離れての個人としてのC1の行動は考えられず,一審原告バウネットの無形の損害が回復されれば,C1の損害も回復される関係にあるということもできるのであって,一審原告バウネットの損害を離れての個人としてのC1の固有の損害は観念できないというべきである。
 
よって,この点についてのAの主張は理由がない。











相談してみる

ホームに戻る