著作権重要判例要旨[トップに戻る]







「民族的少数者としての人格権」侵害の成否
「アイヌ史資料集事件」
平成140627日札幌地方裁判所(平成10()2328 

2 事案の概要
 本件は,被告らが編集、出版、発行した「アイヌ史資料集」中の「余市郡余市町舊土人衛生状態調査復命書」(以下「復命書」という。)及び「あいぬ醫事談」(以下「医事談」という。)に、アイヌ民族に対する差別表現や、アイヌ民族個人の実名を伴う医療情報が掲載されているために、アイヌ民族である原告らが有する民族的少数者としての人格権、原告らの名誉及び名誉感情が侵害されたなどと主張して、原告らが被告らに対し、不法行為に基づき慰謝料の支払(遅延損害金の起算日は訴状送達の日の翌日である。)及び謝罪広告の掲載を請求するとともに、人格権に基づき復命書及び医事談の回収措置及びその印刷・頒布・販売の差止めを請求する事案である。
 (略)
3 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件行為による原告ら全員に対する人格権侵害、名誉毀損及び名誉感情侵害の成否)について
(1) 民族的少数者としての人格権について
 原告らは民族的少数者としての人格権が侵害されたとして、不法行為に基づく損害賠償請求、謝罪広告掲載請求、人格権に基づく差止請求をしているので、まず、この点について検討する。
 原告らは、@憲法13条及び14条、A国際人権規約26条及び27条、B人種差別撤廃条約11項、21()及び6条を根拠として、原告らにはアイヌ民族として差別されないという民族的少数者としての人格権が認められるから、アイヌ民族に対する差別表現や、アイヌ民族の実名を伴う医療情報を記載している本件各図書を編集、出版、発行し流通させた被告らの行為によって、原告ら各個人の人格権が侵害されたと主張する。また、原告らは、自己が民族的少数者であるアイヌ民族に属するということが人格の中核であり、アイヌ民族又はアイヌ民族に属する特定の個人(原告ら以外の者)に対する権利の侵害は、アイヌ民族に属する原告ら個人の民族的少数者としての人格権をも侵害すると主張する。
 しかし、上記@ないしBの規定が人種差別の禁止をうたい、民族的少数者に民族固有の文化を共有する権利を保障し、あるいは国に人種差別行為による損害回復のための積極的な施策をとる義務を課しているからといって、これらの規定が、直接に、民族的少数者である個人に損害賠償請求権や差止請求権を付与していると解することはできない
 また、原告らが主張する民族的少数者としての人格権の侵害は、アイヌ民族全体又はアイヌ民族に属する特定の個人が権利侵害を受け、このことによって原告らの人格権が侵害され精神的苦痛を受けたというものであるから、原告らにとっては、間接的な被害にすぎないというべきである。本件各図書に関する具体的な事実をみても、本件各図書のうち、復命書が作成されたのが大正5年であり、医事談が作成されたのが明治29年であるから、本件各図書が記述の対象とするアイヌ民族は、明治29年ないし大正5年当時のアイヌ民族を指すことは明らかであり、本件各図書に実名を掲げられたアイヌ民族の中に原告らは含まれていないことも明らかである。本件各図書の編集、出版、発行によって、作成当時のみならず現在に至るまでのアイヌ民族全体に対する差別表現がされたとみる余地があるとしても、その対象は、原告ら個人でなく、アイヌ民族全体である。このように本件行為が権利侵害行為であったとしても、その直接の被害者は、原告らではなく、アイヌ民族全体及び本件各図書に実名とともに医療情報を記載された者たちである。原告らは、これらの直接の被害者に対する権利侵害があったことによって、人格権の侵害を受けたというものであって、民族的少数者としての人格権の侵害は間接的被害にすぎない(原告Bについては、医事談に祖父母の実名が記載されているが、この点は後に検討する。)。
 ところで、現行法の枠組みにおいては、不法行為による精神的損害に関しては、当該不法行為による直接の被害者のみが損害賠償請求等の請求をすることができるのが原則であり、直接の被害者以外の者が、当該不法行為によって精神的苦痛を被ったとしても、原則として法的保護の対象となるものではない。直接の被害者以外の者が保護の対象となるのは、当該不法行為による損害が社会通念上重大であり、かつ、直接の被害者との間に、社会通念上親子関係及び夫婦関係と同視できるほど密接な精神的つながりがある場合に限られると解するのが相当である。このことは、民法711条が、生命侵害に関して被害者の父母、配偶者及び子に限定して慰謝料請求権を認めていることにもあらわれている。
 本件行為により直接に侵害を受けた者と原告らとの間には、原告らがアイヌ民族に属するという以外には、何らのつながりを認めることができない。アイヌ民族における同胞間のつながりが他民族に比べ強く、かつ、アイヌ民族が民族的少数者であることを考慮しても、社会通念上親子及び夫婦間における精神的つながりと同視できるものとは認められない。そうすると、原告らが主張する民族的少数者としての人格権は、不法行為に基づく損害賠償請求等による法的救済の対象とはならないといわざるを得ない
 また、人格権に基づく侵害行為の差止請求についても、不法行為と同様に、直接に侵害行為を受けた者だけが差止請求をすることができるのが原則であるというべきであるから、原告らが主張する民族的少数者としての人格権は、人格権に基づく差止請求においても法的保護の対象とはならない
 以上のとおり、民族的少数者としての人格権の侵害を根拠とする損害賠償請求及び差止請求は、いずれも認めることができない。
(2) 名誉毀損について
 次に名誉毀損(社会的名誉の侵害)について検討する。名誉毀損による不法行為が認められるかどうかは、当該行為によって、社会的評価が低下するかどうかによって判断されなければならない。
 前記のとおり、本件各図書に実名を掲げられたアイヌ民族の中に原告らは含まれず、本件各図書には、原告ら個人に関する事実、評価、意見が記述されてはいないから、本件各図書の記述によって、直接、原告らの社会的評価が低下することは、およそ考えられない。
 また、本件各図書に、作成当時のアイヌ民族全体に対する差別的内容が記述され、あるいは、作成当時のアイヌ民族に属する特定の個人に対する差別的内容が記述されているとしても、この記述は、本件各図書の作成者が、明治29年ないし大正5年当時、アイヌ民族に対する意見を述べたり、その当時のアイヌ民族全体及びアイヌ民族に属する特定の個人に関する事実を述べたものである。本件各図書の読者の受け止め方によっては、現在に至るまでのアイヌ民族全体に対する差別表現がされたとみる余地があるとしても、現在のアイヌ民族に対する差別表現が具体的に行われているのではない。そうだとすると、本件各図書の記述が、現在のアイヌ民族に対する一般的な評価に結びつき、その社会的評価を低下させ、さらに、現在、アイヌ民族に属する原告ら個人の社会的評価を低下させるとは、考えられない。
 以上のとおり、本件各図書あるいは本件行為によって、原告らの社会的評価が低下したとは認められないから、名誉毀損による不法行為を認めることはできない
(3) 名誉感情の侵害について
 名誉感情とは、個人の人格的価値の評価、感情であるから、その侵害があったかどうかは、個人の持つ心情や意識によって異なり、個人の受け止め方によって左右される。したがって、主観的に名誉感情を侵害されたというだけで不法行為による保護を与えることは相当でない。名誉感情侵害による不法行為が認められるためには、当該行為が、社会通念上許される限度を超え、一般的に他者の名誉感情を侵害するに足りると認められる場合でなければならない。その判断に当たっては、侵害されたと主張する者の主観的な事情だけではなく、行為者がした表示の内容、表現、態様等の具体的事情、侵害されたと主張する者の客観的な事情も総合して検討されるべきである。
 これを本件についてみると、前記のとおり、本件各図書の記述は原告ら個人に向けられたものではなく、現在のアイヌ民族について言及したものでもない。原告らの精神的損害は、明治29年ないし大正5年当時のアイヌ民族及び当時のアイヌ民族に属する個人に対する差別的表現がされ、そのことによって原告らの名誉感情が侵害されたというものであって、間接的な被害ということができる。このような精神的損害が法的保護の対象となる名誉感情の侵害に当たるかどうかは甚だ疑問である。
 加えて、本件行為による本件各図書の出版は、その記載からも明らかなとおり、本件各図書がその歴史に関する資料という側面を有することも否定できない。約600部が市場に流通し、一般的に閲覧できる状態にあることも指摘できるが、本件各図書が研究者に対して資料を供することを目的として作製されていることからすれば、これを閲覧する者も、そうした歴史学的な資料として本件各図書が取り扱われると一般に想定される。本件各図書は、当時のアイヌ民族が遺伝性の梅毒に罹患している者が多いことを指摘しているところ、そのことは、現在もそのような状況にあるのではないかという疑いを持たれる可能性を全く否定できなくはないが、80年ないし100年経過した今日でもそのような疑いが持たれる可能性があるとは断定できない。
 以上を総合すると、原告らは自己がアイヌ民族に属しているということが人格の中核であり、このことは原告らの名誉感情侵害を判断するに際して重要な要素であることを考慮しても、本件行為によって原告らの名誉感情が侵害され不法行為法による保護の対象となるとは認めがたい
 なお、名誉感情は人格権に含まれるものであるから、名誉感情の侵害に対しても、人格権に基づく差止請求が認められる場合がありうる。しかし、この場合でも、侵害行為は、社会通念上許される限度を超え一般的に名誉感情を害すると認めるに足りる場合でなければならない。本件行為によっては、法的保護の対象となる名誉感情の侵害があったとは認められないから、差止請求も認めることができない。
2 争点(2)(本件行為による原告Bに対するプライバシー侵害、名誉毀損及び敬愛追慕の情の侵害の成否)について
(1) 名誉毀損及びプライバシー侵害
 (略)
 そうすると、医事談にKが遺伝的な梅毒であると疑わせる記述があるとは断定しがたい。したがって、その直系卑属にも同様の疾病があると疑わせるものであるとは認められない。
 これに加えて、医事談に原告Bの名はあらわれないうえ、Kが原告Bの尊属であることが公知であると認めるに足る証拠もないことをも考慮すれば、医事談に原告Bが遺伝的な梅毒に罹患しているという印象を一般の読者に与えるような記載があるということはできず、これにより原告B自身の名誉やプライバシーが侵害されたとは認められない。また、原告Bの名誉感情についても上記と同様に認められない。
(2) 祖父母に対する敬愛追慕の情の侵害
 死者に対する人格権侵害行為が、その遺族の死者を敬愛追慕する情をも損ねることは十分想定される。しかし、死者に対する人格権侵害行為による直接の被害者は当該死者であって、さらにその遺族の敬愛追慕の情が侵害されることまで保護に値するのか、いかなる場合に不法行為法上の保護の対象となりうるのかについては、第31(1)と同様、当該不法行為による損害が社会通念上重大であり、かつ、直接の被害者との間に、社会通念上親子関係及び夫婦関係と同視できるほど密接な精神的つながりがあると認められる場合に限って、例外的に保護の対象になりうるというべきである。
 本件についてみると、Hは明治44214日、Kは明治32711日にそれぞれ死亡しており、原告Bはその後約20年以上を経た昭和51115日に出生していることが認められ、原告BH及びKと生活を共にした経験がないことは明らかであるから、社会通念上、親子間及び夫婦間同様の密接な精神的つながりがあると認められる関係にはないといわざるを得ない。
 確かに、原告Bが、幼少時に日常的に行われていた儀式の中で自ら先祖供養のためH及びKの名前を言って供養した経験を有し、Kから受け継いだ首飾りや耳環を現在も所持していること、父からHK両名とも大変な働き者だったことなど、両名の生き様を伝え聞いていたことが認められるところではあるが、以上の事実から窺われる原告BH及びKに対する敬愛追慕の情は、上記のような密接なつながりではなく、いわば祖先への崇拝の感情とでもいうべきものであって、生活を共にした親子間あるいは夫婦間における肉親の情とは異なるものというほかない。
 
そうすると、原告BH及びKに対する敬愛追慕の情も、損害賠償等による法的救済の対象とはならないといわざるを得ない











相談してみる

ホームに戻る