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百貨店の展示美術品につき贋作の疑いがあるとの週刊誌記事により名誉信用が毀損されたと主張する当該百貨店の当該美術品の真贋に関する立証責任
「百貨店茶道具展贋作記事事件」平成60922日東京高等裁判所(平成4()3039 

4 ところで、名誉を毀損されたと主張する被害者が加害者に対し、損害賠償又は名誉を回復するために適当な処分を求めて提起した訴訟において、名誉を毀損したと主張されている言明(以下「名誉毀損言明」という。)において摘示された事実の真偽については、原告(被害者)が虚偽であることの立証責任を負うものではなく、当該言明の公表が、公共の利害に関する事実に係わり、専ら公益を図る目的に出た場合に、被告(加害者)が右言明において摘示した事実の真実性を立証したときには、不法行為の要件が欠けることになると解されている(最高裁判所昭和41623日第一小法廷判決)。右のような解釈は、刑法230条ノ2の規定の趣旨が参酌されたものであることはうかがわれるが、刑法が名誉に対する罪を設けているのは被害者が暴力に訴えることを阻止するためであるのに対し、民法710条及び723条の規定は被害者の被った損失の回復を図ることを目的とするものであって、両者はその目的を異にする制度であるうえ、名誉毀損言明において摘示された事実の真偽の扱いについては両者の間には歴史的・比較法的にも相違があること等に鑑みると、刑法230条ノ2の規定の趣旨が主たる根拠をなしたものとはいい難い。むしろ、右判例は、不法行為の要件事実の立証責任につき、不法行為規範が直接規定を設けているとはいえない事項については、その立証責任の分配は、公平の観点に立ち、立証の難易、当該事実を立証するための証拠に対しいずれの当事者がより近い関係にあるか等証拠との距離などをも考慮して定めるべきであるとの考えに基づき、当該事案においては、摘示された犯罪事実等につき、その不存在の立証よりその存在の立証が容易であるから、被害者(原告)に右事実の不存在の立証責任を負わせるよりは、その存在の立証責任を加害者(被告)に負わせるのが公平であるとして、前示のような解釈を採ったものと解するのが相当である。そして、名誉には、すべての自然人に認められるべき人間としての本質的な尊厳性・価値、階層的社会の特定の地位若しくは特定の社会的役割に付与される栄誉とこれらの地位に就き若しくは役割を果たす者の得る栄誉、財産と同視しうる営業上の名声若しくは信用等があるのであり、これらは、それぞれ社会的機能を異にし、したがって法的に保護されるべき程度においても差異があってしかるべきものであり、また、そのいずれであるかにより言論の自由との関係においても調整の基準を異にすべきであると解するのが相当である。また、名誉毀損言明において摘示された事実につき、真実性の証明を抗弁とすべきであるとの考えは、右事実の虚偽性が推定されることを前提とするものであるが、わが国において右のような法律上の推定をすべき実体法上及び手続法上の根拠はなく、事実上の推定は、当該事実関係の下における経験則の適用の問題であるから、具体的事案につき、その可否を判断すべきものである。したがって、右判例の理は、名誉又は信用を毀損したことを理由とする不法行為訴訟のすべての類型に対してあまねく適用されるべき準則と解すべきではなく、右判例のような事実関係の事案について適用されるべきものと解すべきである。
 そして、不特定多数の者に対し多種多様な商品を販売する法人である百貨店が、特定の者の作として販売しそのために商品として陳列しているある古美術品につき、右作者の真作ではなく贋作の疑いがある旨の言明がマスメディアにより公表された場合に、百貨店が右言明の公表者に対し、それにより名誉又は信用が毀損されたとして、損害賠償又は民法723条所定の適当な処分を求める類型の訴訟においては、右美術品が当該作者の真作であることについて百貨店に立証責任があるものと解するのが相当である。けだし、多種多様な商品を販売する法人たる百貨店がそのために展示しているある特定の商品につき、真作と表示されているが贋作又はその疑いがあるとか、品質が表示されているそれより劣悪である等の言明が公表されたとしても、当該商品の売買の成否等に影響することはあっても、直ちに右百貨店の経営の本質、経営姿勢ないしは営業態度を誹謗しその信用又は名誉を毀損することとなるものではないことは、法人の特定の従業員に対する人格誹謗が直ちにその法人の名誉又は信用の毀損を来すものでないことと同様であり、また、小売商の営業上の虚名は社会的に害悪であっても保護するに値しないものであるから、小売商が、営業上の名誉又は信用の保護を求めるためには、自らその名に値する実を有することを示すべきであるとするのが妥当であるのみならず、百貨店が当該美術品を真作である旨明示的若しくは黙示的に表示して不特定多数の者に対し販売のために陳列している場合には、その表示通りの内容を有することにつき道義的にも法的にも責任を引き受けたものというべきであるから、右美術品を現に買い受けた者との間においてその真贋が争いとなっている訴訟においてはもとより、右のような類型の不法行為訴訟における被告であるマスメディアとの関係においても、右美術品が自ら表示した作者の真作であることにつき百貨店が立証責任を負うべきであるとするのが公平であり、また、百貨店が当該美術品を真作であるとして販売しているのは、十分な調査を経て相当な資料及び根拠に基づき真作と判断したものといえ、社会的にそう期待されるべきものであるから、一般的に真贋を判別するための証拠及びその鑑定方法等の利用については百貨店の側が被告より近い距離にあるといえるうえ、百貨店の販売する商品につき贋作である又は表示されている品質より実際の品質が劣るものであること等の疑問があるとき、これを社会に知らしめるのはマスメディアの言論の自由に基づく重要な社会的機能の一つというべきであり、それを制限するについては慎重であることを要し、原告(百貨店)が右疑問に係る記事の誤りであることを立証した場合に、それにより原告が被った損害の賠償等を被告に課す方法等によって制限するのが相当であるというべきだからである。加えるに、美術品の取引は、他の物の取引に比し、真正な作と称されてもその実は贋作又は模倣品等である割合が高いことは、洋の東西を問わず見られるところであり、茶道具もその例外でないことは前示のとおりであるから、当該美術品が真正な作であることが事実上推定されるとする経験則若しくはその実質的背景はなく、したがって、右のような推定がされるべきことを前提として、これを否定する側に贋作であることについての立証責任を課すべきであるとすることも相当ではなく、この点からしても右のように解するのが相当というべきである。
5 本件においては、有名百貨店を経営する法人たる控訴人が、不特定多数の客に対しbの作として販売し又はそのために商品として陳列している古美術品たる茶杓について、被控訴人の発行する週刊誌等によって贋作の疑いがある旨の言明が公表されたため、右言明の公表者である被控訴人に対し、右言明により名誉、信用が毀損されたとして民法723条所定の処分を請求しているのであるから、控訴人は右茶杓がbの真作であることを立証すべきである。
 そして、…によると、b作の茶杓であるということは、bが当該茶杓の製作の全部若しくは一部をしたか又は下職の製作したものであっても自己の美的感性等にそった自己の製作した茶杓と同視する旨のなんらかの意思表示をしたものをいうと認めるのが相当である。したがって、控訴人としては、前示茶杓につき右の事実を立証すべきである。
 (略)
7 以上によれば、控訴人が第18回茶道具展及び第20回茶道具展において販売し又はそのために展示したb作の茶杓が真作であること、すなわち、右茶杓に贋作の疑惑があるとの事実を摘示する本件記事等が虚偽の事実を摘示したものと認めるに足りる証拠がないから、被控訴人が本件記事等において右茶杓の少なくとも一方に贋作の疑惑があるとの事実を摘示し、これを公表したことは、不法行為を構成するものではないというべきである。
三 次に、本件記事においては、控訴人が茶杓の真贋について自ら調べようとせず、出品者である古美術商が責任を負うものであるとしたという事実が摘示されており、このような事実に基づいて、控訴人の経営姿勢が不誠実であるという趣旨の意見が表明されているが、この部分の公表についての被控訴人の不法行為責任の有無を検討する。
1 百貨店は、不特定多数の者に対する商品の販売を営むものであるから、いわゆる公的な存在というべきであり、また、その経営のあり方、経営姿勢ないしは営業態度は公的な事項というべきものであり、したがって、それを批判又は誹謗する意見言明を公表した場合であっても、当該記事の公表が専ら公益を図る目的に出たものであり、右記事において意見形成の基礎をなす事実が記載され、かつ、右事実の主要な部分が真実であるか又は公表者において真実と信じるについて相当な理由があり、しかも右事実から当該意見を形成することが不当、不合理なものとはいえないときには、右意見言明の公表は不法行為を構成するものではないと解すべきである(当裁判所平成628日判決)。
2 (一) 前示認定にかかる事実関係によると、本件記事等の公表は被控訴人が専ら公益を図る目的に出たものと認めることができるというべきである。
(二) そして、…によれば、平成2527日夕方六時ころ、o記者及びp記者は、第20回茶道具展の担当者であるq課長に、匿名者の指摘した茶杓の真贋に関するq課長、ひいては控訴人の回答を確認するために、あらかじめ連絡することなく控訴人を訪ねて、控訴人を取材したが、同課長が不在のため、第20回茶道具展のカタログに名前が記載されていたm部長を取材することとしたところ、同部長は、作業中であったが、立話のまま約5分間程度取材に応じ、茶道具展の美術品については、出品した古美術商が内容に責任を持つことになっているので、●●堂の方へ行って話を聞いてほしいことなど、q課長の匿名者に対する回答と同趣旨の発言を行ったほか、m部長と被控訴人記者との間で、本件記事で摘示したとおりの会話が実際に行われたことが認められ、また、右認定の事実に照らすと、q課長の匿名者に対する回答が本件記事の摘示どおりであると被控訴人が信じたことは、相当であったというべきである。
(三) なお、控訴人自身への取材については、前記認定のとおり、あらかじめの連絡なしに、立話で5分間程度なされたものであるが、控訴人は、右事情に加えて、取材態様が穏便でなかったこと、控訴人の広報などを通した公式的見解でないことから、取材方法は不相当であり、被控訴人にはそもそも控訴人の話を聞く意図はなく、取材の体裁を整えるために形式的に質問をしたに過ぎないと主張する。
 しかしながら、…によれば、m部長は被控訴人の記者に対しても、自発的にその質問に答えており、多忙のため取材を断ったり、広報を通して取材することを要請してはいないことが認められ、これらの事実によれば、控訴人に対する取材態様自体が不相当であったとまでいうことはできない。また、控訴人への取材時間が他の取材先に比較して短かったのは事実であり、控訴人が本件記事中その経営姿勢ないしは営業態度についての部分が公表されることにより重大な影響を受けることを考慮すれば、控訴人への取材に全く問題がなかったとはいえないが、…により認められるm部長と被控訴人記者のやりとりは、茶道具展出品の茶杓の真贋について、これ以上控訴人の関係者に聞いても意味のある反論は期待できないことをうかがわせるものであり、この段階で被控訴人が控訴人に対する取材を打ち切ったことをもって、控訴人への取材が不足であったということはできない。したがって、控訴人への取材方法が相当性を欠くものとまではいえない。
(四) 右(二)に認定の事実及び第18回茶道具展と第20回茶道具展において販売し又はそのために展示されたb作の茶杓の少なくとも一方は贋作の疑いがあるとの前示認定の本件記事に掲載された事実を考慮すると、控訴人は、自己の店舗において自らが売主であったか又は売主となるべき右茶杓(この点は当事者間に争いがない。)につき、被控訴人から贋作の疑惑がある旨の控訴人にとって重大な問題が提示されているにもかかわらず、自己の責任の下においてその真贋を明らかにするための措置を講ずる意向ないしは態度を全く示すことなく、専ら出品店である古美術商の責任であるとの対応に終始したというほかなく、被控訴人が、このような控訴人の対応から、その経営姿勢ないしは営業態度に誠意がないとの意見を形成し、これを公表したことをもって、不当、不合理なものであるとはいえない。したがって、被控訴人は、右意見の公表につき不法行為責任を負わないものというべきである。
(五) 控訴人は、古美術品についての品質管理体制としては、有名かつ信頼性のある美術商を選定し、その美術商に限って自己の店舗における出品を認めるという方法によっているのであり、古美術品の管理体制としてはこれで充分である旨主張し、当審証人uは右主張にそった供述をしている。
 しかしながら、第18回茶道具展と第20回茶道具展に古美術商が出品したb作の茶杓について、マスメディアの側から贋作の疑惑のあることが提示されたことは、その売主であったか又は売主たるべき控訴人としては、自らが採用している古美術品についての管理体制が問われる事態に立ち至ったものというべきであり、かかる事態に直面した百貨店としては、当該古美術商の意見に依拠するのみでは足りず、公正な第三者的立場にある専門家の意見を徴する等の措置をとることが社会的に期待されているものというべきであるところ、控訴人は出品した古美術商の責任であるとの前記認定のような対応に終始したのであり、また、当時、古美術品の販売についての経営姿勢ないしは営業態度は、前記主張のとおりであったことは控訴人の自認するところであるから、右のような経営姿勢ないしは営業態度が不誠実であるとの批判を受けたとしても、不当、不合理なものとまではいえない。したがって、控訴人の右主張も採用することができない。
四 結論
 以上のとおり、控訴人が本件記事等において控訴人の名誉毀損をしたものと指摘する事実が虚偽であるとの証明がなく、また、本件記事における控訴人の経営姿勢ないし営業態度についての意見の部分は、本件記事において右意見形成の基礎たる事実が記載されており、かつ、その事実は真実であるか又は被控訴人の前示取材チームの構成員である記者又は被控訴人において真実と信じるについて相当な理由があったものといえるうえ、右事実から控訴人の経営姿勢ないし営業態度を不誠実であるとの意見を形成したことをもって不当、不合理とはいえないものというべきであり、したがって、被控訴人の本件記事等の公表は、不法行為を構成するとはいえないものというべきである。
 
したがって、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であり、控訴人の本件控訴は理由がないから、これを棄却すべきである。











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