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名誉毀損の行為者が刑事第一審判決資料として事実を摘示した場合における当該事実を「真実と信ずるについての相当の理由」の有無
「書籍『
賄賂の話』事件」平成111026日最高裁判所第三小法廷(?平成9()411 

一 本件は、上告人が執筆した「賄賂の話」と題する出版物中の文章が、被上告人B1の名誉を毀損するものであるとして、被上告人B1が上告人に対して損害賠償を請求するものであり、原審の確定した事実関係等は、次のとおりである。
1 上告人はH大学法学部の刑法学の教授であり、被上告人B1H電話株式会社の代表取締役社長であった者である。
2 被上告人B1は、会社業務と関係のない買物に係る領収書(レシート)と引換えに現金を受領するなどの方法によって会社資金を着服横領し、かつ、会社の所有する美術品等を自宅に持ち帰って横領したとして、昭和55426日に業務上横領罪で起訴され、昭和60426日に第一審で一部有罪、一部無罪の判決の言渡しを受けたが、平成3312日に言渡しを受けた控訴審判決では、第一審判決が一部有罪とした会社資金の横領についてはすべて無罪となり、会社所有の美術品等を自宅に持ち帰った事実の一部のみが有罪とされ、その後、控訴審判決は確定した。
3 上告人は、右刑事事件の第一審判決言渡し後である昭和61225日に株式会社J社が発行した「賄賂の話」と題する書籍(G)を執筆し、その中において、右刑事事件を取り上げ、同書の26頁から28頁まで及び113頁に5箇所にわたって被上告人B1に関する記述をしたが、そのうち27頁には、被上告人B1が、「ネグリジェ、ハンドバッグ、紳士靴、時計のバンド、牛肉、洋酒、冷蔵庫と手当たり次第、会社業務と全く関係のないレシートを会社に持ち込んで現金化したり、会社のハイヤーを妻の買物などにも自由に使わせ、一流レストランから社費で昼食を自宅に運ばせたり、妻との海外旅行の仕度金、家族とのゴルフ代まで会社に負担させるといったように、公私混同のかぎりをつくした。」との記載(以下「Gの文章(2」という。)がある。
4 Gの文章(2)のうち、ネグリジェなど会社業務と全く関係のない買物のレシートを会社に持ち込んで現金化したとの記載(以下「甲の部分」という。)に係る事実は、第一審判決が業務上横領に該当するとして有罪とした事実である。しかし、控訴審判決は、被上告人B1がこれらのレシートを会社に提出したこと自体は否定しなかったものの、そのうち「ネグリジェ、紳士靴、時計のバンド、牛肉」に関しては、会社の業務に関する贈答品として購入されたものでないとは言い切れないとし、その他のレシートに関しては、被上告人B1において妻から小封筒に入れて交付されていたレシート類をそのまま会社に持ち込んで現金を受け取っていたもので不法領得の意思を認め難いとして、いずれも無罪とした
5 Gの文章(2)のうち、妻との海外旅行の支度金を会社に負担させたとの記載(以下「乙の部分」という。)に係る事実は、被上告人B1が妻を同伴して海外に出張した際、正規の支度金の外に支度金名目で会社から金員を受領したとして業務上横領として起訴されたが、第一審判決が、その外形的事実の存在と右金員の受領は会社の内規に違反する交際費資金の不当な流用であることを認めたものの、会社のためにする出費という側面のあることを否定し難いとの理由から、会社資金を不法に領得したものと断ずることはできないとして無罪とした事実である。
 なお、上告人は、Gの文章(2)に続いて、第一審判決で有罪とされた事実と無罪とされた事実について、右判決を要約してやや詳しい説明を加える記述(以下「Gの文章(3)」という。)をしており、右文章中において、妻との海外旅行の支度金を会社に負担させた行為は、会社と無関係と断定できないとして無罪になったと紹介している。
6 Gの文章(2)のその余の記載(以下「丙の部分」という。)に係る事実(会社で費用を負担するハイヤーを妻に自由に使用させたり、会社の費用でレストランから食事を自宅に運ばせたほか、家族と行ったゴルフの費用も会社に負担させるといった甚だしい公私混同の行為を行ったこと)は、第一審判決の量刑の理由中に記載された事実である。
7 上告人は、第一審判決を資料としてGの文章(2)を執筆したものであり、摘示した事実を真実であると信じていたが、執筆当時、右判決に対して被上告人B1が控訴をしたことを知っていた。
二 原審は、右事実関係の下において、Dの記事に基づく損害賠償である50万円及びこれに対する平成5113日から支払済みまで年5分の割合による金員に加えて、次のように判示して、Gの文章(2)の記述について上告人の被上告人B1に対する名誉毀損による不法行為責任を認め、同じく不法行為責任を認めた同一書籍中の他の記述(Gの文章(1))と併せて、被上告人B1の請求を、30万円及びこれに対する平成5113日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を命ずる限度で認容した。
1 Gの文章(2)の記述は、被上告人B1の社会的評価を低下させる事実の摘示に当たるが、公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出たものと認められる。
2 しかし、摘示された事実はいずれも真実であることの証明があったと認めることはできない。
3 また、乙の部分に摘示された事実は、第一審で無罪となった事実であり、丙の部分に摘示された事実は、第一審判決の量刑の理由の中で述べられたにすぎない事実であるから、上告人において真実と信ずるについて相当の理由があると認めることができないことは明らかである。
 甲の部分に摘示された事実は、第一審で有罪となった事実であるが、上告人は刑法学者で、第一審判決に対して控訴がされ、これが争われていることを知っていたのであるから、右事実を真実と信ずるについて相当の理由があるとはいえない。
三 しかしながら、原審の右3の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 民事上の不法行為たる名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係り、その目的が専ら公益を図るものである場合には、摘示された事実がその重要な部分において真実であることの証明があれば、右行為は違法性がなく、また、真実であることの証明がなくても、行為者がそれを真実と信ずるについて相当の理由があるときは、右行為には故意又は過失がなく、不法行為は成立しない(最高裁昭和41623日第一小法廷判決、最高裁昭和581020日第一小法廷判決参照)。そして、刑事第一審の判決において罪となるべき事実として示された犯罪事実、量刑の理由として示された量刑に関する事実その他判決理由中において認定された事実について、行為者が右判決を資料として右認定事実と同一性のある事実を真実と信じて摘示した場合には、右判決の認定に疑いを入れるべき特段の事情がない限り、後に控訴審においてこれと異なる認定判断がされたとしても、摘示した事実を真実と信ずるについて相当の理由があるというべきである。けだし、刑事判決の理由中に認定された事実は、刑事裁判における慎重な手続に基づき、裁判官が証拠によって心証を得た事実であるから、行為者が右事実には確実な資料、根拠があるものと受け止め、摘示した事実を真実と信じたとしても無理からぬものがあるといえるからである。
2 これを本件についてみるに、上告人は、刑事第一審判決の言渡後、控訴審においてこれが覆される前に、右判決を資料として、摘示された事実を真実と信じてGの文章(2)を執筆したものである。そして、甲の部分に摘示された事実は、第一審判決が業務上横領に該当するとして有罪とした事実、丙の部分に摘示された事実は、右判決の量刑の理由の中に記載された事実である。また、乙の部分は、Gの文章(3)には、妻との海外旅行の支度金を会社に負担させた行為は第一審において無罪とされたことがおおむね正確に記述されているという前後の文脈やその記載内容を考慮すると、被上告人B1が、刑事裁判では無罪とされたものの公私混同と非難されるような態様で、妻との海外旅行の支度金を会社に負担させたとの事実を摘示するものと解するのが相当である。そして、第一審判決が、被上告人B1が妻を同伴して海外に出張した際、正規の支度金の外に支度金名目で会社から金員を受領したとの外形的事実の存在とこれが会社の内規に反する交際費資金の不当な流用であると認定していることからすると、判決の認定した右事実と乙の部分に摘示された事実との間に同一性があるとみて差し支えはないというべきである。右のとおり、Gの文章(2)に摘示された事実と刑事判決の認定事実との間には、同一性があると解され、前記特段の事情の存在がうかがわれない本件においては、上告人が摘示された事実を真実と信ずるについて相当の理由があるというべきであり、このことは、上告人が刑法学者で、第一審判決に対して控訴がされたことを知っていたとしても異なるところはない。なお、摘示した事実が第一審判決にのっとったものであることを読者が容易に知ることができるよう記載しておくことが望ましかったとはいえようが、そのことは右の結論を左右するものではない。
3 右のとおり、Gの文章(2)については、上告人に故意又は過失が認められないから、名誉毀損による不法行為は成立しないというべきである。右文章につき不法行為の成立を認めた原判決の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由がある。











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