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犯行の動機を推論する内容の新聞記事と「事実の摘示」
「‘ロス疑惑’A新聞記事事件」平成100130日最高裁判所第二小法廷(平成6()1084 

一 本件は、被上告人の発行する新聞に掲載された記事が上告人の名誉を毀損するものであるとして、上告人が被上告人に対して、不法行為に基づく損害賠償を請求するものであり、原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 被上告人の発行する「朝日新聞」紙の昭和631119日付け朝刊紙面の第29面に、第一審判決別紙のとおりの記事(以下「本件記事」という。)が掲載された。本件記事は、「何を語る 推理小説137冊」との見出しのほか、「A、ロスのすし屋に”蔵書“」「『異常な読み方』ジャンル選ばず手当たり次第に」等の小見出しを付した八段抜きの記事である。
2 上告人は、昭和56年に他の者をして妻を銃撃させ昭和57年に同人を死亡させて殺害したとの公訴事実により、昭和631110日に公訴を提起されていたところ、本件記事は、(1)そのリード部分において、右殺人被告事件についての上告人に対する捜査は間もなく終了しようとしていると報じ、続いて、「自供を得られず、物証も乏しいものの、Aが金欲しさに仕組んだという事件の構図については、捜査陣の確信は揺らいでいない。しかし、なぜ殺人に至ったのかという動機の奥深い部分は、なぞのままだ。その手がかりになりそうな一枚のリストが、警視庁の捜査本部にある。Aはいつも小説本を離さず、読み終えるとロス市内のすし屋にあげていた。ほとんどが殺人事件を素材にした推理小説。リストはその一覧表だが、『ここからAの深層心理を読み取るしかない』と刑事たちはいう。」と記載されており、(2)その本文の前段部分においては、上告人が、昭和53年ころからしばしば利用していたアメリカ合衆国カリフォルニア州ロス・アンジェルス市郊外所在の飲食店に対し、前記殺人被告事件等の疑惑が表面化した昭和591月までの間に、読み終えた推理小説137冊を寄贈していたこと、捜査本部は、これらの書物について調査した結果、動機の背景に上告人が犯罪小説におぼれたことがからんでいないかと注目するに至ったことを報じた後、「事件後にAが見せた芝居がかった行動、セリフには『金欲しさ』だけで説明しきれない異常さがある。それは何に由来するのだろうか。(中略)『Aが自分で犯罪小説を創作し、自ら演じようとしたのではないか』とする見方も、捜査員の中には生まれている。」と記載されているほか、本文の後段部分においては、D協会の理事長が、上告人の読書歴に関し、「『ロスへ行った時期に出版されたものを手当たりしだいに読んだ、という感じですね(中略)素材の犯罪そのものに対する興味かもしれないが、ちょっと異常な読み方だと思います』」と述べたことが紹介されており、(3)記事の左側部分に、「『狙撃者』『迷宮捜査官』『結婚関係』…」との小見出しを付して、飲食店に寄贈された書物のうち106冊の題名が列記されている。
3 上告人については、昭和59年以来、前記殺人被告事件の嫌疑のほか、右殺人の犯行前に妻を殺害しようとしたとの殺人未遂の嫌疑等についても、数多くの報道がされていた。被上告人の担当記者は、同年4月ころ、上告人が前記のとおり飲食店に多数の書物を寄贈していることを知った後、現地の協力者を通じてその書物の内容について調査し、その一部が右飲食店に現に存在することを確認した上で、捜査担当官及びD協会の理事長に対する取材を行って、本件記事を作成した。
二 上告人は、本件記事は一般読者に対して上告人が前記殺人被告事件を犯したとの印象を強烈に与えるもので、上告人の名誉を毀損するものであるなどと主張している。
 これに対し、原審は、以下のように判示して、上告人の請求を棄却した。
1) 本件記事は、全体として、一般読者に対し、上告人が金欲しさ又は犯罪小説を自作自演しようとの動機の下に前記殺人被告事件を犯したとの印象を与えるものであることは否定できない。(2)しかしながら、本件記事は、上告人の犯罪行為という公共の利害に関する事実に係るものであり、また、その公表の目的は専ら公益を図ることにあった。(3)そして、人の行為の動機は、深層心理にかかわる事柄である上、人の思考過程が複雑かつ多様であり、必ずしも合理的なものとはいえないこと等にかんがみると、人の行為の動機を他の者が判断する客観的基準があるとはいえず、その真偽を客観的に証拠により証明することが可能なものであるとは到底いえないから、他人の行為の動機についての記載は、意見を表明(言明)するものに当たる。(4)本件記事における上告人の前記殺人被告事件の動機についての記載は、本件記事が掲載頒布された時点において、既に新聞等により繰り返し詳細に報道されて社会的に広く知れ渡っていた上告人の前記のような嫌疑に関する事実と、被上告人の担当記者の取材に係る真実の事実又は同記者において相当の理由に基づき真実と信じた事実とを基礎として、捜査担当機関の評価も加味し、上告人の動機を推論するもので、その推論をもって不相当、不合理なものともいえない。(5)したがって、たとえ本件記事が読者に前記の印象を与え、上告人の社会的信用を低下させることがあり得るものであっても、不法行為を構成しない。
三 しかしながら、まず、原審の右(3)の判断を是認することができない
 新聞記事中の名誉毀損の成否が問題となっている部分において表現に推論の形式が採られている場合であっても、当該記事についての一般の読者の普通の注意と読み方とを基準に、当該部分の前後の文脈や記事の公表当時に右読者が有していた知識ないし経験等も考慮すると、証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を右推論の結果として主張するものと理解されるときには、同部分は、事実を摘示するものと見るのが相当である本件記事は、上告人が前記殺人被告事件を犯したとしてその動機を推論するものであるが、右推論の結果として本件記事に記載されているところは、犯罪事実そのものと共に、証拠等をもってその存否を決することができるものであり、右は、事実の摘示に当たるというべきである。
 立証活動ないし認定の難易は、右判断を左右するものではない
四 次に、原審の前記(4)の判断も是認することができない。
 ある者が犯罪を犯したとの印象を与える新聞記事を掲載したことが不法行為を構成しないとするためには、その者が真実犯罪を犯したことが証明されるか、又は右を真実と信ずるについて相当の理由があったことが認められなければならない。そして、ある者に対して犯罪の嫌疑がかけられていてもその者が実際に犯罪を犯したとは限らないことはもちろんであるから、ある者についての犯罪の嫌疑が新聞等により繰り返し報道されて社会的に広く知れ渡っていたとしても、それによって、その者が真実その犯罪を犯したことが証明されたことにならないのはもとより、右を真実と信ずるについて相当の理由があったとすることもできない。このことは、他人が犯罪を犯したとの事実を基礎に意見ないし論評を公表した場合において、意見等の前提とされている事実に関しても、異なるところはない。
五 以上のとおり、原審の前記(3)及び(4)の判断並びにこれらを前提とする同(5)の判断は、法令の解釈適用を誤ったものというべきであり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、更に審理を尽くさせる必要があるから、原審に差し戻すこととする。











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