著作権重要判例要旨[トップに戻る]







模写作品の著作物性
「江戸浮世絵模写作品豆腐パッケージ事件」
平成180511日東京地方裁判所(平成17()26020/平成181129日知的財産高等裁判所(平成18()10057)/(別件)「江戸浮世絵模写作品(玉木屋)事件」平成110928日東京地方裁判所(平成10()14180 

【コメント】本件で問題となった「原告絵画」とは、亡B(控訴審の「亡A」と同一人物)が江戸時代に制作された浮世絵(「本件原画」)を参考にし、これを「模写」して制作したものでした。ここでの主要な論点は、本件原画の模写作品である原告絵画の著作物性(模写作品を原作品の単なる「複製物」と見るか、原作品から派生した「二次的著作物」と見るか)です。 

【原審】

 原告絵画が,本件原画を模写して作成されたことについては,当事者間に争いがない。「模写」とは,「まねてうつすこと。また,そのうつしとったもの。」(岩波書店「広辞苑」参照)を意味するから,絵画における模写とは,一般に,原画に依拠し,原画における創作的表現を再現する行為,又は,再現したものを意味するものというべきである。したがって,模写作品が単に原画に付与された創作的表現を再現しただけのものであり,新たな創作的表現が付与されたものと認められない場合には,原画の複製物であると解すべきである。これに対し,模写作品に,原画制作者によって付与された創作的表現とは異なる,模写制作者による新たな創作的表現が付与されている場合,すなわち,既存の著作物である原画に依拠し,かつ,その表現上の本質的特徴の同一性を維持しつつ,その具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が原画の表現上の本質的特徴を直接感得することができると同時に新たに別な創作的表現を感得し得ると評価することができる場合には,これは上記の意味の「模写」を超えるものであり,その模写作品は原画の二次的著作物として著作物性を有するものと解すべきである。
 機械や複写紙を用いて原画を忠実に模写した場合には,模写制作者による新たな創作性の付与がないことは明らかであるから,その模写作品は原画の複製物にすぎない。また,模写制作者が自らの手により原画を模写した場合においても,原画に依拠し,その創作的表現を再現したにすぎない場合には,具体的な表現において多少の修正,増減,変更等が加えられたとしても,模写作品が原画と表現上の実質的同一性を有している以上は,当該模写作品は原画の複製物というべきである。すなわち,模写作品と原画との間に差異が認められたとしても,その差異が模写制作者による新たな創作的表現とは認められず,なお原画と模写作品との間に表現上の実質的同一性が存在し,原画から感得される創作的表現のみが模写作品から覚知されるにすぎない場合には,模写作品は,原画の複製物にすぎず,著作物性を有しないというべきである。
 原告は,機械的模写でない限り,模写については模写制作者による創作性が認められることは,模写制作の各過程(認識行為と再現行為)において,それぞれ模写制作者の創作性が発揮されることからも明らかであるから,仮に原画と模写作品が酷似していても,常に創作性が認められると主張する。
 しかし,著作権法は,著作者による思想又は感情の創作的表現を保護することを目的としているのであるから,模写作品において,なお原画における創作的表現のみが再現されているにすぎない場合には,当該模写作品については,原画とは別個の著作物としてこれを著作権法上保護すべき理由はないというべきである。したがって,原画と模写作品との間に表現上の実質的同一性が存在する場合には,模写制作者が模写制作の過程においてどのように原画を認識し,どのようにこれを再現したとしても,あるいは,模写行為自体に高度な描画的技法が採用されていたとしても,それらはいずれもその結果として原画の創作的表現を再現するためのものであるにすぎず,模写制作者の個性がその模写作品に表現されているものではない
 また,原告は,美術界における模写行為の創作性及びその芸術的意義を強調し,尾形光琳と酒井抱一の各模写作品を比較検討し,その表現上の違いから,尾形光琳らによる創作性の付与を指摘すると共に,尾形光琳の模写作品は重要文化財として高く評価されているし,横山大観やゴッホらも多くの模写作品を残しているとも主張する。しかし,模写作品が二次的著作物として著作権法上の保護を与えられるべきか否かについては,個々の模写作品毎に,著作権法に基づく法的な判断,すなわち,著作権法における著作物性の概念を前提に判断されるべきであり,本件においては,本件原画と比べた原告絵画の著作物性について論じれば足り,美術界において論じられている模写行為の創作性及び模写作品の芸術的意義一般について論じる必要性はないし,また,著名な画家が過去に制作した模写作品の著作物性を本件において論じる必要性もない(尾形光琳と酒井抱一あるいは横山大観,ゴッホらの各模写作品の著作物性については,別途詳細に議論されるべき問題であり,本件においては,本訴の訴訟物である原告絵画の著作物性について検討すべきである。)。原告絵画が本件原画の二次的著作物か複製物にすぎないかは,本件原画と原告絵画を比較し,原告絵画について新たな創作的表現が付与されたと認められるか否かにより判断すべきである。

【控訴審】

 しかしながら,控訴人絵画は,亡Aが本件原画を模写して制作したものであるところ,上記で引用した原判決が説示するように,絵画における模写とは,一般に,原画に依拠し,原画における創作的表現を再現する行為,又は,再現したものを意味するものをいうから,模写作品が単に原画に付与された創作的表現を再現しただけのものであって,新たな創作的表現が付与されたものと認められない場合には,原画の複製物として著作物性がないものといわざるを得ない。そうであれば,模写作品である控訴人絵画に著作物性があるか否かを判断するに当たっては,控訴人絵画を本件原画と対比して,新たな創作的表現が付与されたものと認められるか否かを検討すべきである。
 (略)
 しかしながら,上記で引用した原判決が説示するように,著作権法は,著作者による思想又は感情の創作的表現を保護することを目的としているから,模写作品において,なお原画における創作的表現のみが再現されているにすぎない場合には,原画とは別個の著作物としてこれを著作権法上保護すべき理由はないのであって,模写行為の制作過程において発揮された模写制作者自身の自主的な個性,好み,洞察力,技量が制作者の「精神的創作」行為と評価されるものであるとしても,その結果としての模写作品に新たな創作的表現が付与されたと認めることができなければ,著作物性を有するということはできない
 (略)
 … なお,ここにいう新たな創作的表現とは,模写作品に接する者が原画の表現上の本質的特徴を直接感得することができると同時に,新たに別な創作的表現を感得し得ると評価することができるものであれば足りるのであって,「模写の対象である原画も含めて先行する著作物に対して,他に類例がないとか全く独創的であること」までをも要するものではなく,このことは,上記の著作権法の目的に照らして明らかである。

【コメント】別件ですが、一連の「江戸浮世絵模写作品事件」のはじめの事案(「江戸浮世絵模写作品(玉木屋)事件」平成110928日東京地方裁判所(平成10()14180))を参考までに掲載しておきます。 

 被告は、本件絵画は本件原画の単なる模写であるから著作物性を有しない旨主張する。
 
本件絵画は、前記のとおり本件原画を参考にして制作されたものである。しかしながら、…によると、@本件原画及び本件絵画は、いずれも江戸時代の煮豆売りが荷箱を前後に下げた天秤棒を肩で担ぎ右手で右天秤棒を持っている姿を描いたものであるが、本件原画は、後ろの荷箱の途中から後ろの部分及び前の荷箱の右側の下半分の部分が描かれていないのに対し、本件絵画は、煮豆売りの姿全体が描かれていること、A本件原画は、天秤棒が前の荷箱の上面の左端にあり、また、人物の左足が後の荷箱に隠れて足首の下しか見えないのに対し、本件絵画は、天秤棒が前の荷箱の上面の中央やや左よりの位置にあり、また、人物の左足のうち太股及びすねの一部以外は後の荷箱に隠れていないなど、荷箱、天秤棒及び人物の位置関係が異なっていること、B本件原画は、人物の描き方が、肩をいかり肩にし、太股を太くするなど全体として力強さを強調した表現になっているのに対し、本件絵画は、肩はなだらかで、太股も太くなく、人物をそのまま自然に描いたものであること、C人物の各部位の描写も、本件原画では右手の肘が袖に隠れているのに対し、本件絵画では右手の肘が見えており、また、本件原画では顔は一切描かれていないのに対し、本件絵画では右の眉毛らしきものが描かれているなどの違いがあること、以上の事実が認められる。これらの事実によると、本件絵画は、本件原画をそのまま機械的に模写したものではないことは明らかであって、本件絵画は、創作性を有するものと認められる。したがって、本件絵画に著作物性を認めることができる。











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