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復原画の著作物性
「復原仏画事件」
平成241226日東京地方裁判所(平成21()26053 

1 原告仏画1の著作物性について
(1)ア 前記前提事実のとおり,原告仏画1は,いずれも国宝又は重要文化財として指定されている仏画又は曼荼羅を原図とし,これを復原する意図で制作されたものであり,F氏が,既存の著作物である原図1ないし10に依拠し,各原図においてその制作者により付与された創作的表現を,その制作当時の状態において再現・再製するべく制作したものであると認められる。
 そうすると,原告仏画1において,各原図の制作者によって付与された創作的表現ないし表現上の本質的特徴が直接感得できることは,当然に予定されているものというべきであるところ,これに加えて,原告仏画1に,各原図における上記創作的表現とは異なる,新たな創作的表現が付加されている場合,すなわち,復原過程において,原図の具体的表現に修正,変更,増減等を加えることにより,F氏の思想又は感情が創作的に表現され,これによって,原告仏画1に接する者が,原告仏画1から,各原図の表現上の本質的特徴を直接感得できると同時に,新たに別の創作的表現を感得し得ると評価することができる場合には,原告仏画1は,各原図の二次的著作物として著作物性を有するものと解される。その一方で,原告仏画1において,各原図における具体的表現に修正,変更,増減等が加えられているとしても,上記変更等が,新たな創作的表現の付与とは認められず,なお,原告仏画1から,各原図の制作者によって付与された創作的表現のみが覚知されるにとどまる場合には,原告仏画1は,各原図の複製物であるにとどまり,その二次的著作物としての著作物性を有することはないものと解される。
 なお,原告仏画1の復原画としての性質上,原告仏画1において,各原図の現在の状態における具体的表現に修正等が加えられているとしても,上記修正等が,各原図の制作当時の状態として当然に推測できる範囲にとどまる場合には,上記修正に係る表現は,各原図の制作者が付与した創作的表現の範囲内のものとみるべきであり,上記修正等をもって,新たな創作性の付与があったとみることはできない
イ 原告らは,原告仏画1の創作性に関し,F氏の復原手法が独自のものである旨主張する。しかし,原告仏画1の著作物性については,上記アでみたとおり,原告仏画1において,各原図の制作者によって付与された創作的表現とは別の創作性が,具体的表現として表れているか否かによって検討するべきであり,独自の復原手法を採用した結果として,F氏の個性が原告仏画1の具体的表現において表出していれば別論,手法の独自性から,直ちに原告仏画1の創作性が導かれるものではない
ウ 以上を前提に,原告仏画1に著作物性が認められるか否かを個別に検討する。
(2) 原告仏画1(1)(大仏蓮弁毛彫)について
 (略)
エ 以上によれば,原告仏画1(1)には,原図1の拓影によって写し取られている大仏蓮弁毛彫における創作的表現が,復原模写として忠実に再現されており,原告仏画1(1)から,上記アでみた,盧舎那仏の広大無辺な世界観という原図1又は大仏蓮弁毛彫における表現上の本質的特徴が直接感得されるものということができる。しかし,原図1の再現を超えて,上記原図1の創作的表現に加えて,F氏の思想又は感情が創作的に表現されている部分を見出すことはできない。したがって,原告仏画1(1)に,原図1の二次的著作物としての著作物性を認めることはできない。
 (略)
(11) 原告仏画1(10)(高雄曼荼羅胎蔵法曼荼羅)について
ア 原図10は縦横約4メートルの紫綾地に金泥及び銀泥で描かれたものであり,中央に中台八葉院が置かれ,その周囲を内院,中院,外院に区切り,400体以上の諸尊を描いたものであるとされるが,損傷が激しく,諸尊の形状や配置,内院,中院,外院の区切りなどの点において,判別できない部分が相当程度存在する。
() ただし,前記前提事実のとおり,F氏は,三本両部曼荼羅集を参照して諸尊等を描いたものとされるところ,上記曼荼羅集には,原図10の損傷前の状態における諸尊等の形状が表現されているものであると認められる。
 そして,原告仏画1(10)に描かれた諸尊,侍仏等のうち,中台八葉院,遍知院,金剛手院,蓮華部院,釈迦院,文殊院,除蓋障院,地蔵院,虚空蔵院及び蘇悉地院に描かれた諸尊等は,同曼荼羅集の各尊の形状と,細部におけるまでほぼ同一であることが認められ,持明院及び外金剛部院に描かれた諸尊等の形状についても,三本両部曼荼羅から把握可能であり,かつ,これと同様の形状のものが原告仏画1(10)に描かれていることにつき争いがない。そうすると,諸尊等の個別の形状については,原告仏画1(10)に,F氏独自の創作性を認めることはできないものというべきである。
() また,三本両部曼荼羅集に描かれた諸尊には,光背が付されていないものが散見されるのに対し,原告仏画1(10)の諸尊には,いずれも光背が付されていることが認められる。しかし,上記光背は,各々,炎の流れる方向や大きさ等が微妙に異なるものの,三本両部曼荼羅集に描かれている,他尊に付された光背とほぼ同様のものであり,各尊の光背を個別にみた場合に,F氏独自の創作性を認めることのできるものではない。
() さらに,釈迦院中央の東方初門,外金剛部院東門については,三本両部曼荼羅集に,対応する記載がないことが認められる。しかし,同曼荼羅集には,外金剛部院西門,北門及び南門の図様が掲載されており,原告仏画1(10)における東方初門及び外金剛部院東門の図様は,これらの図様に若干の変更を加えたにすぎないものと解されるから,上記門の形状自体に,F氏の独自の表現とまでいうことのできる点を認めることはできない。
() また,中台八葉院内側の背景模様についても,三本両部曼荼羅集に対応する記載がないことが認められる。しかし,他の曼荼羅においても,中台八葉院内側を細かな正方形に区切り,その中に定型的な模様を描いたものが複数みられるところ,原告仏画1(10)の上記模様は,これらの模様と類似するものである。上記他の曼荼羅が記載された書籍は,原告仏画1(10)が掲載された「復原高尾曼荼羅」が発行された昭和50年より後の昭和51年又は昭和54年に発行されたものであるが,「復原高尾曼荼羅」の序文を執筆した田中一松は,「F’画伯はすでに昭和34年にこの子島曼荼羅の中,金剛界一印會の大日如来像を模写しているが」と記しており,F氏はこれらの曼荼羅を参照していたものと推認される。
 したがって,上記中台八葉院内側の背景模様自体に,F氏独自の創作性を認めることはできない。
() 各院を隔てる文様帯の中に描かれた文様については,三本両部曼荼羅集に,その形状が記載されていることが認められ,原告仏画1(10)に描かれている文様は,これとほぼ同一のものであると認められるから,文様の形状自体にF氏独自の創作性は認められない。
ウ しかし,外金剛部院の更に外側に描かれている外縁装飾(牡丹に似た花と葉の集まりや,角部に描かれている,蝶結び様の部分から伸びる鱗状の模様などの部分)については,F氏が参照したとされる「高雄曼荼羅の研究」においても,言語表現による説明がなされ,かつ,原図10に残存する,ごく一部の線描が映し出された写真が掲載されているのみであり,その具体的形状を把握することは困難であると認められる。上記写真が,原図10において比較的損傷の少ない部分を,紫色フィルターの使用により明瞭に映し出したものとされていることに鑑み,原図10からも,上記文献以上の情報を得ることはできないものと解されるのであって,上記の外縁装飾については,依拠することのできる資料は存在せず,F氏が独自に描いたものであると認められる
 また,原図10や三本両部曼荼羅集その他参考資料からも,各尊の微妙な位置関係,線の太さ,各尊の光背のバランス,文様帯の太さ,文様帯の中に文様をどのような大きさで何個描き込むか,背景をどの範囲でどの程度描き込むかなどは明らかではなく,これらは,F氏がその感性に基づき決定し,原告仏画1(10)において均質な美しさを感じ取ることができるよう描いたものであると認められる
 原告仏画1(10)は,これらの要素が集合し,一枚の曼荼羅を構成しているものであり,上記各要素において表れているF氏の独自の表現が集合することにより,原告仏画1(10)からは,均質かつ統一的で精緻な美しさと,壮大な世界観を感得することができるものというべきである。また,原図10の損傷が激しいことに鑑み,原告仏画1(10)における上記表現が,原図10の制作者によって付与された創作的表現の範囲内にとどまるものであるとは認め難い。
 そうすると,原告仏画1(10)には,上記のような点において,F氏の思想又は感情が独自に表現された部分があり,原図10に創作性を付加した部分を認め得るものであって,この点において,原図10の二次的著作物としての著作物性を認め得るものと解される。
2(1) 以上のとおりであって,原告仏画1(1)ないし(9)については,各原図に新たな創作性を付与された点はなく,各原図の二次的著作物としての著作物性は認められないが,原告仏画1(10)については,上記1(11)ウでみた点において,著作物性を認めることができる。











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