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名誉毀損-肯定事例(5)-
「不正研究疑惑告発事件」平成250829日仙台地方裁判所(平成22()1314等)

【コメント】本件本訴事件は、金属材料科学分野の研究者であって、国立大学法人E大学の総長であった原告が、被告Aを代表者とする「原告の研究不正疑惑の解消を要望する会(フォーラム)」のホームページ(以下「本件ホームページ」)上において、原告が過去に発表した金属材料科学分野に関する論文にねつ造ないしは改ざんがあるとしてE大学に対し原告を告発する旨の被告ら作成の文書が掲載された結果、原告の名誉が毀損されたと主張し、被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償として、連帯して所定の金員の支払を求めるとともに、名誉回復処分(民法723条)として、本件ホームページ上における上記文書記載の記事の削除及び謝罪文の掲載を求めた事案です。
 一方、本件反訴事件は、被告(反訴原告)らが、@原告による本訴提起が被告らからの研究不正疑惑の追及を阻止するために行われた不当提訴に当たるとともに、A本訴提起の理由等をマスコミに公表した原告の行為が被告らに対する名誉毀損に当たると主張し、原告(反訴被告)に対し、不法行為に基づく損害賠償として、所定の金員の支払を求めた事案です。 


1 本件に関連する知見
 …によれば,以下の知見が認められる。
 (略)
2 争点1(本件各記事による原告の社会的評価の低下の有無)について
(1) 判断の枠組み
 一般に,文書による特定の表現の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは,一般の読者の普通の注意と読み方を基準に判断すべきであるところ(最高裁昭和31720日第二小法廷判決),文書に記載されたある記事を読む一般の読者は,通常,当該記事のうち,名誉毀損の成否が問題となっている記載部分のみを取り出して読むわけではなく,記事全体及び記事の前後の文脈から当該記事の意味内容を認識ないし理解し,これに評価を加えたり感想を抱いたりするものであると考えられるから,ある記事が他人の社会的評価を低下させるものであるか否かを判断するに当たっては,名誉毀損の成否が問題とされている記載部分の内容のみから判断するのは相当ではなく,当該記載の記事全体における位置付けや,表現の方法ないし態様,前後の文脈等を総合して判断するのが相当である。
 また,ある表現行為に関し,事実の摘示による名誉毀損と意見ないし論評による名誉毀損をどのように区別するかについては,当該表現が証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を明示的又は黙示的に主張するものと理解されるときは,当該表現は,上記特定の事項についての事実を摘示するものと解するのが相当である(最高裁平成999日第三小法廷判決)。
(2) 判断の枠組みに照らした検討
 本件各記事は,本件ホームページ上にリンクが貼られた本件各告発文の一部であって,インターネットにアクセス可能な者全てが閲覧することのできる文書であるから,本件各記事による名誉毀損の成否は,研究者に限定されない通常人の普通の注意と読み方を基準に判断すべきであるところ,本件各記事は,一般読者に対し,原告が著者である本件各論文にねつ造ないし改ざんがあるとの印象を与えることは明らかである。本件各記事には「原告らによる説明ないし証明がされない限り」という趣旨の留保が付されているものの,@本件各記事の内容と同内容の日本金属学会宛告発が科学的合理的理由があるものとは認められないとして,原告らによる説明や証明がされることなく不受理とされていること,Aその後に,被告らがE大学に対して日本金属学会宛告発と同内容の本件各告発文を提出するとともに本件ホームページ上にその内容(本件各記事)を掲載したこと,B上記@からAまでの間に,本件ホームページ上で,上記@の不受理が暴挙であり,L教授の疑問点に対して原告らが真摯に回答していないことなどの指摘がされていること,C上記@ないしBの経緯については本件ホームページ上に連続的に掲載されていることを踏まえると,本件各記事をその前後の文脈と併せ読めば,本件各記事は,実際には今後も「原告らによる説明ないし証明」がされる見込みがない状況下で掲載されているとの印象を一般読者に与えるものといえるから,上記の留保が付されていることは上記の結論を左右しない
 被告らは,本件各記事の内容が意見ないし論評の表明に当たる旨主張するが,本件各論文にねつ造ないし改ざんがあるか否かは証拠等をもってその存否を決することが可能であるから,被告らの上記主張は採用することができず,本件各記事は,事実を摘示して原告の社会的評価を低下させるものであるというべきである。
3 争点2(目的の公益性の有無)について
 民事上の不法行為としての名誉毀損については,その行為が公共の利害に関する事実に係り,専ら公益を図る目的で行われた場合において,摘示された事実がその重要な部分について真実であると証明されたときは,当該行為は違法性を欠き,不法行為に当たらないと解される(最高裁昭和41623日第一小法廷判決)。一般に,当該行為が専ら公益を図る目的に出た場合に該当するというためには,事実摘示の表現方法や事実調査の程度等の事情を考慮の上,事実を摘示した主たる動機が公益を図ることにあればよいものと解するのが相当である(最高裁平成元年1221日第一小法廷判決参照)。
 そこで検討するに,被告らが本件各記事において指摘する内容が,原告の個人的な事情を取り上げたものではなく,日本金属学会に提出された学術論文自体の問題性を指摘するものであることに加え,被告らがインターネット上に本件各告発文等を掲載するに先立って日本金属学会に対する告発を行っていることなどを踏まえると,被告らの主たる動機は原告が執筆に関与した本件各論文における研究不正の有無を明らかにする点にあると見るのが相当であるから,被告らによる本件各記事の掲載行為は,公益を図る目的で行われたものであるということができ,これに反する原告の主張は採用することができない。
4 争点3(真実性の有無)について
(1) 判断の枠組み
 前記23で見たとおり,本件各記事は,被告らが,本件各論文につき,ねつ造,改ざんがあるという事実を摘示したものであるから,当該事実がその重要な部分について真実であることが証明された場合に限り,被告らによる本件各記事の掲載行為は違法性を欠くこととなる。そして,上記真実性の有無については,事実審の口頭弁論終結時において客観的な判断をすべきであり,名誉毀損行為の時点で存在しなかった証拠を考慮することも許されると解されるので(最高裁平成14129日第三小法廷判決),以上の解釈を踏まえ,本件各論文について以下検討する。
 (略)
(4) このほか,被告らは,E大学における他の学術分野における告発事例に関する対応と比較するなどして,本件対応委員会の組織,運営実態,人選等について問題がある旨主張するが,上記事例は,本件とは事案を異にするものであって,直接の関連性を有するものではない以上,これに基づく被告らの主張は採用の限りでなく,他に被告らが縷々主張するところも,上記結論を左右するものとはいえない。
(5) 以上より,本件各論文にねつ造,改ざんがあるということはできず,被告ら作成に係る本件各記事が摘示する事実が真実であると認めるに足りない。
5 争点4(相当の理由の有無)について
(1) 判断の枠組み
 前示のとおり,民事上の不法行為たる名誉毀損については,摘示された事実が真実であることの証明がされなくても,その行為者において当該事実を真実であると信ずるについて,相当の理由があるときには,故意又は過失を欠くものとして,不法行為が成立しないと解される。そして,一般に,上記相当の理由の有無の判断に当たっては,名誉毀損行為当時における行為者の認識内容が問題になるため,行為時に存在した資料に基づいて検討することが必要であるが(最高裁平成14129日第三小法廷判決参照),被告らは,平成211011日から現在まで本件各記事を本件ホームページ上に掲載し続けているため,同日から現時点までにおける各時点において存在している資料や説明等を基に,被告らにおいて,本件各論文にねつ造,改ざんがあると信じたことにつき,相当の理由があるか否かについて検討する。
(2) 判断の枠組みに照らした検討
 被告ら作成に係る本件各記事により摘示された事実(本件各論文にねつ造,改ざんがあること)が真実であると認めるに足りないことは,前記4のとおりであるところ,@本件各記事の本件ホームページへの掲載に先立って行われた本件各記事と同内容の告発については,日本金属学会においていずれも科学的合理的理由があるものとは認められないとして不受理とされていることに加え,A被告らが本件各記事において指摘している点(論文上における写真や使用機材に関する説明の欠如,再現性の有無等)について記載することが本件欧文誌の投稿規程や執筆要領上,要求されていないことなどからすれば,被告らの指摘する点はいずれも学術論争において決着を図るべきものであって,本件各記事が最初に掲載された時点(平成211011日)を基準としても,被告らが指摘するような事情をもって,本件各論文にねつ造,改ざんがあると信ずるにつき相当の理由があるということはできず,他に被告らが縷々主張するところも上記結論を左右しない。
6 争点5(原告の本訴提起,マスコミに対する公表行為の不法行為該当性の有無)について
(1) 本訴の提起行為について
 訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは,当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものである上,提訴者が,そのことを知りながら,又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど,訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られると解するのが相当である(最高裁昭和63126日第三小法廷判決)。
 そこで検討するに,原告による本訴は,被告らによる本件各記事の掲載が原告に対する名誉毀損(不法行為)に当たるとして損害賠償を求めるものであるところ,前記24及び5のとおり,被告らによる本件各記事の掲載行為は原告の社会的評価を低下させる名誉毀損行為として違法なものであるから,原告による本訴の提起行為は,事実的,法律的根拠を有するものであり,被告らに対する不法行為を構成するものではない
(2) マスコミに対する公表行為について
 被告らは,原告が本訴提起に伴いマスコミに対して提訴理由等を公表した行為が被告らに対する名誉毀損に当たる旨主張するが,原告による上記公表行為は,本訴提起の理由(被告らが本件各記事によって虚偽情報を印象付けて原告らの社会的評価を著しく失墜させていると考えたこと)を示すとともに,被告らの行為が学術論争の次元を逸脱したものであるという原告の見解を示したものであって,いずれも原告及びGと被告らとの間において見解の相違があることを明らかにしたにとどまり,それを超えて,被告らの社会的評価を低下させたものであるとはいえないから,不法行為を構成するものではない
(3) 以上によれば,原告による本訴提起行為,マスコミへの公表行為は,いずれも不法行為に当たらず,これに反する被告らの主張はいずれも採用することができない。
7 争点6(損害等)について
 本件各記事により,原告の名誉が毀損された結果,原告は精神的苦痛を被ったと認められる。そして,本件各記事が掲載された当時における原告の社会的地位のほか,本件各記事が誰にでも閲覧可能な本件ホームページ上に掲載されていること,被告らの指摘する点について,日本金属学会や外部委員を含むE大学の本件対応委員会において,本件各記事の内容を含む告発について科学的合理的理由があるものとはいえない旨の結論が出され,さらに,本件訴訟を通じて原告から一定の説明がされたにもかかわらず,被告らが現在まで継続して本件各記事を掲載し続けていること等を考慮すると,原告が被った精神的苦痛は相当程度のものであると認められ,これに対する慰謝料は100万円とするのが相当である。
 また,被告らによる上記不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は,認容額その他の事情を考慮すると10万円とするのが相当である。
 
原告は,不法行為に基づく損害賠償請求に加え,名誉回復処分(民法723条)として本件各記事の削除や本件ホームページへの謝罪文の掲載を求めているが,原告の不法行為に基づく損害賠償請求が上記のとおり認容されることにより,原告が被った損害の回復は図られると考えられるので,原告の請求に係る上記名誉回復処分については必要性があるとは認められない。











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