著作権重要判例要旨[トップに戻る]







適法引用の要件
「バーンスタイン翻訳台本無断引用事件」
平成140411日東京高等裁判所(平成13()3677 

【コメント】本件は、米国の作曲家であるレナード・バーンスタインの著作に係る英語版演劇台本を日本語に翻訳し、その二次的著作物である翻訳台本につき著作権を取得した被控訴人(一審原告)が、控訴人(一審被告)らに対し、上記翻訳台本の一部を、被控訴人の承諾を得ず、かつ、同人の翻訳者としての氏名を表示しないまま、控訴人Aの著作に係る書籍に採録したとして、複製権侵害に基づく財産的損害の賠償金及び著作者人格権(氏名表示権)侵害に基づく慰謝料等の支払を請求したのに対し、控訴人が、上記翻訳部分の採録は著作権法321項所定の適法な引用に当たるなどと主張してこれを争った事案です。 

 控訴人らは,原告翻訳部分の本件書籍への採録は,著作権法321項の適法な引用に当たるから,著作権者の許諾を得ていなくとも,複製権侵害に当たらない,と主張する。
 著作権法321項は,「公表された著作物は,引用して利用することができる。この場合において,その引用は,公正な慣行に合致するものであり,かつ,報道,批評,研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われるものでなければならない。」と規定している。著作権法321項がこのように規定している以上,これを根拠に,公表された著作物の全部又は一部を著作権者の許諾を得ることなく自己の著作物に含ませて利用するためには,当該利用が,@引用に当たること,A公正な慣行に合致するものであること,B報道,批評,研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われるものであること,の3要件を満たすことが必要であると解するのが相当である。
 「引用」に当たるというためには,引用して利用する側の著作物(以下「引用著作物」という。)と引用して利用される側の著作物(以下「被引用著作物」という。)とが,明瞭に区別されていなければならないことは,事柄の性質上,当然である。被引用著作物が引用著作物と明瞭に区別されておらず,著作物に接した一般人において,引用著作物中にその著作者以外の者の著作に係る部分があることが判明しないような採録方法が採られている場合には,そもそも,同条にいう「引用」の要件を満たさないというべきである。
 前に認定したところによれば,本件書籍中において,原告翻訳部分は,括弧で区分され,本件書籍の他の部分と明瞭に区別されているから,「引用」の要件を満たしていることは,明らかである。
 控訴人Aによる原告翻訳部分の引用が,公正な慣行に合致するものと認められるか否か,についてみる。
 引用に際しては,上記のとおり,引用部分を,括弧でくくるなどして,引用著作物と明瞭に区別することに加え,引用部分が被引用著作物に由来することを明示するため,引用著作物中に,引用部分の出所を明示するという慣行があることは,当裁判所に顕著な事実である。そして,このような慣行が,著作権法321項にいう「公正な」という評価に値するものであることは,著作権法の目的に照らして,明らかというべきである。
 ここにいう,出所を明示したというためには,少なくとも,出典を記載することが必要であり,特に,被引用著作物が翻訳の著作物である場合,これに加えて,著作者名を合わせて表示することが必要な場合が多いということができるであろう(著作権法481項,2項参照)。
 前記認定によれば,本件書籍中には,… 被引用著作物が本件翻訳台本であることを示すには足りず,かつ,いずれの個所にも,翻訳者が被控訴人であることは記載されていない(…)から,これらの記述のみでは,出所を明示したということはできないというべきである。
 このように,控訴人Aは,本件書籍に原告翻訳部分を掲載するに当たり,原告翻訳部分を括弧で区分することによって,他の部分と明瞭に区別して引用であることを明らかにはしたものの,原告翻訳部分を本件翻訳台本から複製したものであることも,翻訳者が被控訴人であることも明示しなかったのであるから,このような採録方法は,前認定の公正な慣行に合致するものということはできないというべきである。
 この点につき,控訴人らは,罰則上,著作権侵害の罪とは別に出所明示義務違反の罪が設けられていることを根拠として,著作権法481項の出所明示義務は,同法321項により適法な引用と認められる場合に課される法律上の義務ではあるものの,この義務に反し出所明示を怠った場合であっても,著作権侵害が成立するわけではない,と主張する。
 しかしながら,控訴人らの上記主張は,出所を明示しない引用が適法な引用と認められる場合(出所を明示することが著作権法321項にいう公正な慣行に当たると認められるには至っていないことを,当然の前提とする。)には当てはまっても,出所を明示することが公正な慣行と認められるに至っている場合には,当てはまらないというべきである。出所を明示しないで引用することは,それ自体では,著作権(複製権)侵害を構成するものではない。この限りでは,控訴人らの主張は正当である。しかし,そのことは,出所を明示することが公正な慣行と認められるに至ったとき,公正な慣行に反する,という媒介項を通じて,著作権(複製権)侵害を構成することを否定すべき根拠になるものではない出所を明示しないという同じ行為であっても,単に法がそれを義務付けているにすぎない段階と,社会において,現に公正な慣行と認められるに至っている段階とで,法的評価を異にすることになっても,何ら差し支えないはずである。そして,出所を明示する慣行が現に存在するに至っているとき,出所明示を励行させようとして設けられた著作権法481項の存在のゆえに,これを公正な慣行とすることが妨げられるとすれば,それは一種の背理というべきである。
 控訴人らの上記主張は,採用することができない。
 原判決は,本件書籍への原告翻訳部分の引用は,引用の目的上正当な範囲内で行われたものということはできない,として,上記Bの要件該当性を否定する。
 しかしながら,前記で認定したところによれば,控訴人Aは,音楽とは何か,人間とは何か,という最終的なテーマと密接に関連し,同テーマについての控訴人Aの記述の説得力を増すための資料として,著名な指揮者・作曲家の見解を引用,紹介したものであるということができ,かつ引用した範囲,分量も,本件書籍全体と比較して殊更に多いとはいえないから,原告翻訳部分の本件書籍への引用は,引用の目的上正当な範囲内で行われたものと評価することができる。この点において,当裁判所は,原判決とは見解を異にする。
 以上述べたところによれば,本件書籍への原告翻訳部分の採録は,出所の明示を怠った点において公正な慣行に合致せず,著作権法321項の適法な引用には当たらないというべきであるから,複製権を侵害するものというべきである。
 (略)
 前記で認定説示したところによれば,本件書籍への原告翻訳部分の引用は,被控訴人の著作者人格権である氏名表示権をも侵害することは明らかである。











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