著作権重要判例要旨[トップに戻る]







プロサッカー選手のプライバシー権の侵害を認定した事例
「書籍『中田英寿 日本をフランスに導いた男』事件」平成120229日東京地方裁判所(平成10()5887/平成121225日東京高等裁判所(平成12()1617 

【原審】

 プライバシー権の侵害について
 他人に知られたくない私生活上の事実、情報をみだりに公表されない利益ないし権利(いわゆる「プライバシー権」)は、個人の生活に不可欠な人格的利益として法的保護の対象となるものというべきである。そして、プライバシー権の侵害があるというためには、公表された内容が、(1)私生活上の事実又は私生活上の事実らしく受け取られるおそれのある事柄であって、(2)一般人の感性を基準として他人への公開を欲しない事柄であり、(3)これが一般に未だ知られておらず、かつ、(4)その公表によって被害者が不快、不安の念をおぼえるものであることを、要するものと解するのが相当である。
 (略)
 右認定の事実によれば、本件書籍の記述及び掲載された写真等のうち、原告がプロサッカー選手になった以降の原告に関するもの、並びに、プロサッカー選手になる以前の事項であっても、ジュニアユース等の日本代表選手として活躍した様子や、中学校及び高等学校のサッカー部での活動状況に関するものは、その少なくとも一部はこれまでに新聞、雑誌等で報道された事項であると解されるし、また、プロサッカー選手であるという原告の立場を勘案すれば、これらの事項は一般人の感性を基準として公開を欲しない事柄であるとまではいえないから、本件書籍中の右の記述は、プライバシー権を侵害するものでないということができる。
 これに対し、原告の出生時の状況、身体的特徴、家族構成、性格、学業成績、教諭の評価等、サッカー競技に直接関係しない記述は、原告に関する私生活上の事実であり、一般人の感性を基準として公開を欲しない事柄であって、かつ、これが一般の人々に未だ知られていないものであるということができる。そして、これが公表されたことによって原告は重大な不快感をおぼえていると認められる。さらに、幼少時代に出席した結婚披露宴でのものなど、サッカーという競技に直接関係しない写真や、本件詩についても、右と同様に解することができる
 したがって、本件書籍にこれらを掲載した行為は、原告のプライバシー権を侵害するものというべきである。
 この点に関し、被告らは、原告が公的人物であること、公表を承諾していると推認できる範囲内の事項であること、原告の社会的評価の低下をもたらすものでないことなどを主張して、本件におけるプライバシー権の侵害を争うので、これにつき検討する。
 著名人に関しては、その私生活上の事項に対しても世間の人々が関心を抱くものということができるから、その関心が正当なものである限り、国民の知る権利や表現の自由の観点から、私生活上の事実を公表することが許される場合があり得る。
 しかし、著名人であっても、みだりに私生活へ侵入されたり、他人に知られたくない私生活上の事実を公開されたりしない権利を有しているのであるから、著名人であることを理由に、無制限にこれが許容されるものではない。もっとも、国会、地方議会の議員や公職者ないしこれらの候補者等の場合は、民主政治の基盤を成す国民の判断の前提となる情報の提供という見地から表現の自由に対する保護が特に強く要請されるものであるから、これらの者については、私生活上の事項であっても有権者が正当に関心を抱くべき事柄として、これを公表することが許容される範囲も広いものと解することができるが、原告のようなプロスポーツ選手の場合を、これと同一に論ずることはできない
 また、プロスポーツ選手については、その活動の模様がマスメディアで報道され、その私生活上の事実に対しても一般市民が関心を抱くものであるので、その職業を選択した以上は、私生活上の事実についても一定の範囲では公表されることを包括的に承諾しているということができるにしても、プロになる以前の事柄に関しては、当該スポーツ分野における活動歴等を除く私的事項についてまで公表されることを一般的に承諾しているということはできない。加えて、本件においては、原告は、従来からプロサッカー選手になる以前の行動や写真につき一切公表したくないという基本的な考え方を持っており、プロになる以前の事柄については、取材を受けても一切話をしていないことに照らすと、原告の承諾が推定されるということは、到底できない。
 そして、私生活上の事実を公表されないという利益は、社会的評価の向上又は低下とは関係しないものであるから、本件書籍によって原告に対する社会的評価の低下がもたらされることがないとしても、そのことを理由にプライバシー権を侵害しないということもできない
 したがって、被告らの右主張は採用できない。

【控訴審】

 プライバシー権の侵害について
 控訴人らは、表現の自由が民主政治の基盤を成す権利であることから、公衆の強い関心の対象となっているプロサッカー選手である被控訴人のプライバシー権は、国民の知る権利の観点からも、国会議員等の場合と同様、広くその制約を受ける旨主張する。確かに、表現の自由は民主主義社会において極めて重要な意義を持ち、民主政治の基盤を成すものであるが、その保護の観点から、どの程度、範囲において個人にプライバシー権の制約を受忍させることを正当化することができるかを考えた場合に、被控訴人のようにプロサッカー選手として公衆の関心の対象となっている個人に関する情報を公表する行為と、国会議員等の公職者やこれらの候補者に関する情報のように、国民の政治的意思決定の前提となる情報を公開する行為とを同列に論ずることはできないのであって、控訴人らの右主張は失当というほかはない。
 次に、控訴人らは、著名人の伝記本においては、その業績に直接関係ない私生活上の事実の公表も許されるべきであると一般に認識されている旨主張する。しかし、…によれば、本件書籍以外にも、プロサッカー選手の半生やその考え方等を紹介した書籍が多数出版されているが、その大部分は、当該選手がインタビューに答えたり、自身の文章を載せるなどしてその出版に協力しているものであること、例外的に本人の承諾なく出版販売が企画された「ミスターJリーグ武田修宏」と題する書籍については、当該選手からパブリシティ権に基づいて書籍の出版販売頒布の禁止等を求める仮処分が申し立てられた(もっとも、右申立ては被保全権利の疎明を欠くとして却下された。)ことが認められる。右事実に照らすと、本人の同意を得ることなく、プロサッカー選手の私生活上の事実を公表する伝記本の出版をすることが、社会通念上一般に許容されているとは到底いうことはできない
 また、控訴人らは、本件書籍には、犯罪歴や特殊な家庭環境、身体的な欠陥、特異な性癖等の私事性の強い事柄に関する記述はないから、プロサッカー選手になる以前の事柄で、サッカー競技に直接関係のない事実であっても、一般人の感性を基準として公開を欲しない事柄ではない旨主張する。しかし、本件書籍には、被控訴人の出生時の状況、身体的特徴、家族構成、性格、学業成績、教諭の評価等に関する記述が含まれていることは前示のとおりであり、その内容が、控訴人らの例示する犯罪歴等を含む記述ではないとしても、私事性の強い被控訴人の私生活上の事実であることに変わりはなく、一般人の感性を基準として公開を欲しない事柄に属するというべきである。
 さらに、控訴人らは、原判決がサッカー競技と直接関係がないとした事実も、プロサッカー選手Bの重要な構成要素である同人の身体能力、精神力、技術力、判断力そしてサッカーに対する姿勢、信念等に関連する事項であるから、プライバシー権を侵害するものではない旨主張する。しかし、プロサッカー選手としての個人が同時に私生活を営む一私人でもある以上、選手としての身体能力、精神力、技術力、判断力等の要素は、同人のすべての身体的、人格的な側面と関連するから、このような事項を公表してもプライバシー権の侵害は成立しないものとすれば、事実上プロサッカー選手には保護されるべきプライバシー権がないというに等しいこととなるが、そのような広範なプライバシー権の制約を受忍させるべき合理的な根拠は見いだせない
 以上のとおり、プライバシー権の侵害に関する当審における控訴人らの主張はいずれも理由がない。











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