著作権重要判例要旨[トップに戻る]







複製権又は翻案権侵害の判断基準(6)
「『赤穂浪士』舞台装置事件」平成120919日東京高等裁判所(平成11()2937 

【コメント】本件で問題となった「本件第一著作物」とは、控訴人Aが制作した「復活を待つ群」と題する一群の造形美術作品の中の一部(25点)のことで、控訴人Aは、韓国に伝わる古代巨石墓のうちで、三枚以上の支石墓の上に天井石を乗せた構造物(ドルメン)を素材とし、天井石の外された個々の支石墓に、抑圧から解放され、復活を待つ死者を観念し、この個々の支石墓の形態を、衝立状の麻布貼りパネルの上に、金泥と藍染めの技法を用いて、主題である「復活を待つ死者」を象徴する円柱様の形状のものとして描きました。控訴人らは、この「本件第一著作物」のそれぞれに依拠し、類似したものが「G作品」に存在するので、当該G作品は「本件第一著作物」につき控訴人Aの有する著作権を侵害していると主張しました。 

 著作権法は、その21条で「著作者は、その著作物を複製する権利を専有する。」と規定し、その27条で「著作者は、その著作物を…若しくは変形し、…その他翻案する権利を専有する。」と規定して、著作者に「著作物」を「複製する権利」(複製権)や変形などの方法で「翻案する権利」(翻案権)を与えている。
 
著作権者にこれらの権利が与えられる「著作物」とは何かについて、著作権法211号が、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」と規定していることからすれば、著作権法によって保護されるのは、直接には、「表現したもの」(「表現されたもの」といっても同じである。)自体であり、思想又は感情自体に保護が及ぶことがあり得ないのはもちろん、思想又は感情を創作的に表現するに当たって採用された手法や表現を生み出す本(もと)になったアイデア(着想)も、それ自体としては保護の対象とはなり得ないものというべきである。
 このような立場を採った場合、思想又は感情あるいはそれを表現する手法や表現を生み出す本になったアイデア自体に創作性がなくても、表現されたものに創作性があれば、著作権法上の保護を受け得ることの反面として、思想又は感情あるいはそれを表現する手法や表現を生み出す本になったアイデアに創作性があって、その結果、外観上、表現されたものに創作性があるようにみえても、表現されたもの自体に、右アイデア等の創作性とは区別されるものとしての創作性がなければ、著作権法上の保護を受けることができないことになる。そうでなければ、表現されたものの保護の名の下に思想又は感情あるいはこれを表現する手法や表現を生み出す本になったアイデア自体を保護することにならざるを得ないからである。
 右に述べたところを前提に、著作権法によって著作権者に専有権の与えられている複製あるいは翻案(以下、これらをまとめて「複製・翻案」という。)とはどういうものであるかを具体的にいうと、既存の著作物に依拠してこれと同一のものあるいは類似性のあるものを作製することであり、ここに類似性のあるものとは、「既存の著作物の、著作者の思想又は感情を創作的に表現したものとしての独自の創作性の認められる部分」についての表現が共通し、その結果として、当該作品から既存の著作物を直接感得できる程度に類似したものであるということになる(最高裁判所昭和55328日第三小法廷判決参照)。
 なお、ここで注意すべきことは、複製・翻案の判断基準の一つとしての類似性の要件として取り上げる「当該作品から既存の著作物を直接感得できる程度に」との要件(直接感得性)は、類似性を認めるために必要ではあり得ても、それがあれば類似性を認めるに十分なものというわけではないことである。すなわち、ある作品に接した者が当該作品から既存の著作物を直接感得できるか否かは、表現されたもの同士を比較した場合の共通性以外の要素によっても大きく左右され得るものであり(例えば、表現された思想又は感情あるいはそれを表現する手法や表現を生み出す本になったアイデア自体が目新しいものであり、それを表現した者あるいはそれを採用した者が一人である状態が生まれると、表現されたものよりも、目新しい思想又は感情あるいは手法やアイデアの方が往々にして注目され易いから、後に同じ思想又は感情を表現し、あるいは同じ手法やアイデアを採用した他の者の作品は、既存の作品を直接感得させ易くなるであろうし、逆に、表現された思想又は感情あるいはそれを表現する手法や表現を生み出す本になったアイデア自体がありふれたものであり、それを表現した者あるいはそれを採用した者が多数いる状態の下では、思想又は感情あるいはアイデアが注目されることはないから、後に同じ思想又は感情を表現し、あるいは同じ手法やアイデアを採用した他の者の作品が現われても、そのことだけから直ちに既存の作品を直接感得させることは少ないであろう。)、必ずしも常に、類似性の判断基準として有効に機能することにはならないからである。
 (略)
 本件第一著作物に共通する、頂部が偏平、等辺又は不等辺の山形とされた縦長の四角形あるいは五角形のパネルに、「内側に∩状先端を有する円柱様形態」の円柱様の造形物が描かれており、その彩色が濃い藍色と金色であるという点は、「表現された」本件第一著作物の表現手法あるいは表現を生み出す本になったアイデアであり、「表現された」本件第一著作物自体ではないことが明らかである。したがって、たといそこに創作性が認められるとしても、著作権法上の保護の対象とはなり得ないことは前述のとおりである。
 以上によれば、本件第一著作物において著作権法上の保護の対象として考慮すべき創作性は、円柱様の形状における多様なバリエーション、これとパネル、色彩、紋様との具体的な組合せにあるものというべきである。そして、本件の作品のように、単純な形状、構図、色彩によって思想又は感情を表現しようとする場合には、具体的な形状、構図、色彩の差によって、表現全体のイメージ(心象)が大きく変わり得ることは、当裁判所に顕著な事実である。
 (略)
 本件第一著作物とG作品とを対比した場合、一見、後者から前者が直接感得できるように感じられるのは事実である。しかし、これは、本件第一著作物における、頂部が偏平、等辺又は不等辺の山形とされた縦長の四角形あるいは五角形のパネルに、「内側に∩状先端を有する円柱様形態」の円柱様の造形物を描き、その彩色を濃い藍色と金色とするという表現手法あるいはアイデアについて、G作品も共通しており、しかも、右表現手法あるいはアイデアが本件第一著作物において目新しいものであったことによるものと考えられる。しかし、たとい右表現手法あるいはアイデアに創作性が認められるとしても、それ自体としては著作権法上の保護の対象となり得ないことは、前述のとおりである。
 一般論としては、著作物の保護範囲を決する際に行われる類似性の判断に当たって、表現手法あるいはアイデアにおける創作性が何らかの影響を与える可能性があることは、当然に予想されるところである。しかし、本件において、この点を検討してみても、右表現手法あるいはアイデアにおける創作性が、前記の類似性の判断を左右するような事情は、見出すことができない。
 仮に、前記表現手法やアイデアについて、著作権法上の保護を与えるならば、以後極めて長い期間にわたって、著作権者以外の何人も、頂部が偏平、等辺又は不等辺の山形とされた縦長の四角形あるいは五角形のパネルに、「内側に∩状先端を有する円柱様形態」の円柱様の造形物を描き、その彩色を濃い藍色と金色とするという表現手法やアイデアと同一あるいはこれと類似の表現手法やアイデアを含む創作活動を行うことができないこととなる。これが著作権という権利としてふさわしい範囲の保護といえないことは自明であり、著作権法1条にいう文化的所産の公正な利用に反し、文化の発展に寄与することを目指す著作権法の目的にも反するものというべきである。











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