著作権重要判例要旨[トップに戻る]







学術的文章の侵害性が問題となった事例
「解剖実習基本書事件」平成130927日東京高等裁判所(平成13()542 

【コメント】本件は、大学医学部の解剖学担当の元教授である控訴人が、後任の教授である被控訴人は、控訴人の執筆した解剖実習の基本書である「解剖実習の手引き」(「本件書籍」)の内容を模倣した被告文書を発行して学生に頒布して、本件書籍に関して控訴人が有する著作権及び著作者人格権を侵害しているとして、被控訴人に対し、被告文書の発行・頒布の中止等を求めた事案です。

 
控訴人が本訴で主張したのは、被告文書が全体として本件書籍全体を複製ないし翻案するものであるということではなく、被告文書の所定の記載部分が、本件書籍の対応部分を複製ないし翻案するものであるということでした。 


 著作権法における著作物の複製(著作権法2115号,21条)とは,既存の著作物に依拠して,これと実質的に同一のものを有形的に再製することをいうと解すべきである。
 
これに対し,著作権法における著作物の翻案(同法2111号,27条)とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいうものと解すべきである。そして,著作権法は,思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(同法211号参照),既存の著作物に依拠して創作された著作物が,思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現それ自体ではあるものの表現上の創作性がない部分において,既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,翻案には当たらないと解するのが相当である。(最高裁平成13628日第一小法廷判決参照)
 
言語の著作物の複製ないし翻案は,当該著作物の一部についても成立し得るというべきである。しかし,そもそも複製ないし翻案は「著作物」を基に行われるものであるから(著作権法21条,27条),複製ないし翻案されたと主張される当該部分が,その部分だけで独立して,著作権法211号にいう著作物であると認められることが必要となるのは,当然というべきである。
 本件書籍は,主として医学部の学生を対象とした解剖学実習のための手引き書であり,…これを全体としてみれば,著者の思想を創作的,個性的に表現した学術の著作物であると認めることのできるものとなっている。…
 
しかし,本件書籍に記載されているような,人体の各器官の構造,各器官と動静脈及び神経叢との各位置関係等についての客観的な事実はもちろん,解剖の手順・手法も,これらに関する考え(アイデア)も,それ自体は,本来,誰に対しても自由な利用が許されるべきものであって,特定の者に独占させるべきものではないことは,当然というべきである。したがって,解剖実習書である本件書籍についていえば,著作権法上の著作物となる根拠としての表現の創作性となり得るのは,表現された客観的事実自体,手順・手法自体やアイデア自体の有する創作性ではなく,これらの創作性を前提にし,これを当然の出発点としてもなおかつ認められる表現上の創作性に限られるものというべきである。他方,本件書籍のような学術の著作物においては,解剖の手順・手法,人体の各器官の構造,各器官相互の位置関係,各器官と動静脈や神経叢との位置関係等について,これを正確に表現することが重視されるため,個々具体的な表現においては,個性的な表現がむしろ抑制される傾向が生じることは,避けられない。そして,これらのことが相まって,このような解剖の手順・手法,人体の各器官の構造,各器官と動静脈及び神経叢との個々的な位置関係についての事実,ないし,これらの手順・手法や事実を前提とした単一の特定のアイデアを記載するときには,個々の文としてみる限り,著作権法上の著作物としての性質(著作物性)の根拠となる表現上の創作性(創作的ないし個性的な表現)は,その存在の余地がなくなる,あるいは,存在は認められても,その類似範囲(それに類似しているとして権利を及ぼすことのできる範囲)は非常に狭くなる場合が多くなることも,避けられないところとなる。もっとも,本件のような学術の著作物においても,ある手順・手法や事実を前提とした単一の特定のアイデアではなく,複数の事項を前提としたあるまとまりをもったアイデアないし思想についてみれば,その表現の仕方には,広い幅にわたって多数のものがあることになるから,著作の幅が広がり,個々の著作者の考え方によって,創作的ないし個性的な表現を採ることが十分に可能になるということができる。
 
本件書籍についても,その全体を典型とする,あるまとまりのある部分をみれば,上記のような特徴を持った解剖実習のための手引き書として,思想又は感情を創作的に表現した著作物として保護されるに値するものということができる。しかし,その中の単一の特定のアイデアを一つないし二つの文にまとめたにすぎない部分だけを取り上げると,その表現上の創作性ないし個性を認めることができず,これを独立の著作物として認めることができない場合が多いであろうことは,容易に予測されるところである。
 
(略)
 
以上のとおり,被告テキストの,控訴人が指摘する51項目のいずれについても,本件書籍の対応部分を複製ないし翻案したものと認めることはできない(本件書籍は,前記のとおり,解剖実習については定評のある書籍であり,また,被告テキストには,本件書籍のものと同一の,あるいはこれと類似する内容,あるいは,短文ないし文節単位で見れば,本件書籍のものと同一の,あるいはこれと類似する表現が,他の類書に比較して多く,被告テキストは,本件書籍へ依存しており,その依存度には大きいものがある,という印象が否めないものである点は,原判決が指摘するとおりである。しかし,著作権あるいは著作者人格権の侵害を,この依存によって根拠づけることはできないのである。)。











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